「で、その飯田さんはなんでこの町に入りたいわけ?」
「主に運び屋としての喧伝だな。必要であればなんでもやろう」
運び屋だと名乗る飯田に、蒼は意外そうな顔で首を傾げた。
「喧伝って事は、何かを届けたいわけではないの?」
「あぁ。これから物、手紙、食材……依頼され、可能であればなんでも請け負いたくてな」
「え、無理すぎる。その信用がないし、積み重ねもできないんだからこの話はここで終わりだよ」
これが例えば別の町から何かを運んできた上で、自分はこういう仕事をしていますので利用してくださいと言うのであればまだわかる。
しかし、なんら実績はなく、他所の信用があるわけでも無い者が物品を運ばせてくれと言ったところで誰がそれを利用するというのか。
「これからそれを勝ち取りたいという話なんだが」
「考えが甘すぎる。前提として、信用が無い奴が町にいる時点でいい顔をされない。たとえそれが良いことを成そうとする人であっても部外者は部外者だよ」
「あぁそうだ。お前みたいな奴とかな」
「黙ってて?」
横から聞こえた見張り役の声に青筋を浮かべながら、蒼は飯田の話に首を振った。
考えも、根回しも、何もかもが足りていない。
「町に入れたとき、齎す対価は?」
「物を運ぶことだな」
「それじゃ足りないよ。信用の担保として価値が無い。何かを人質として預けてようやく釣り合いが取れるぐらいなんだから」
運送という職業には信用性が必須である。
物品を預けても送り先に確実に届くという信用ありきで事業が成り立つ運送業の再建は今の時代では非常に難しい。
襲撃者もいれば、配送を行う人間もまた品物を抱えて失踪なんてこともあり得る。
困窮した人間を運送に就かせることはできず、かといって余裕のある人間は仕事を必要としないため、働き手の選定が難しいことから運送業は未だ復興の兆しを見せていない。
これについて実際のところ、ヤクザが運送業を牛耳っていた時代の方が運送に関しては安定していた。
働かせる末端に最低限の飯と住居を与え、盗人や裏切りに対して罰を与える側に置き、己にそれが振るわれないよう自制を促して職務を全うさせるやり口は搾取そのものでありながら労働として成り立っていたのである。
少なくとも、都市伝説のように語られる運送トラックの運転手がその社会を操作する上層を消し飛ばすまでは、ヤクザ間の横繋がりとはいえ物資の相互供給は上手く回っていた。
そんな運送基盤を破壊した女は、少しだけ考えるように上を向く。
「うーん、なんかないの?」
「なんかとは」
「実力が保証される経験だったり、信用の担保に値するものだったりとか」
「……臨時公務員だったことはそれにあたるか?」
「微妙だね。話の顛末次第」
市民からの通報などにより辞めさせられたと言うのであれば信用には値しない。
臨時公務員は募集要項について制限なく、採用人数もその役所次第で変わってくるため判断材料としては弱い。
蒼はこの真面目そうな面をした人間がそのような理由で職を失うとは思っていないが、偏見にて話を進めるのもおかしいため話を促すことにした。
「職については、自ら辞職した。虚偽の申告を強要され、揉めた事が原因だ」
「……へぇ」
意図せず、蒼の口から低い声が漏れる。
汚職。
無いとは思っていなかった。
むしろ、世では当たり前のように横行しているのだろうとすら思っていた。
それでも、この町の老人のようにそこに暮らす人々を思い、働いている善性を間近で見ていたからこそ蒼は不愉快さを覚える。
人が人を殺して奪う事が当たり前の時代に生きているものの、港町のように普通に生きようと努力する人間の周囲で生きていれば感性も善性へと傾くものだ。
少なくとも蒼は裏社会に生きていた頃の性質が抜け切ってはいないものの、変質する程度には人間らしい情緒を備えている。
「証拠はないけど、まあいいや。続けて」
「できないと言った時、職を盾にされた。立場上、逆らえばそれを通すことができる人間であり、職を続けるには従う以外にない状況を作られていた」
「……」
「だから、思い切り蹴り飛ばした」
「何してんの?」
突如として語られた暴力に、目を点にした蒼は驚きのまま口から言葉を溢した。
「胸倉を掴み、本気で彼に正義とは何かを説いた」
「何してんの?」
「最終的に彼は考えを改めたので満足し、害を加えた事実によって僕は自ら職を辞した」
「何してんの?」
「そして運送屋になろうと思ったんだ」
「そしてって何?」
言っている事が分からない。
蒼は心の底から恐怖した。
飯田という男は正しい。
強要に対して彼は否定し、結果として職を失うのであればせめて意識だけは変えようとして最善を模索したのだろう。
そのうえで彼は暴力を振るった事を悪行と自覚し、職に相応しくない行いだと自ら認めた。
そして、彼なりにできることを探した結果として運送を選択したという経緯であることはわかる。
そう、内容はわかる。
しかしなぜそうできたのかがわからない。
この時代を生きるにしてはその在り方はあまりにも真っ直ぐすぎる。
恐怖の眼差しを向けながら、蒼は息を吐いた。
「……嘘じゃなければ信頼できそうではあるんだけどさ」
「嘘ではない」
「はいはい。でもさあ、悪人だって同じ事を言うだろうから困ってるんだよね」
「それは、そうだな。だが運送屋をやりたいと思ったのには理由がある。結局、誰かを倒して人を護ることには向かず、誰かに物を届けることこそが私にできる最大限の人助けだった。向き不向きがある中で私には運送が向いていた」
そう語る飯田の目には、確かな悔いがあった。
人助けにおいて間接的な、目の前にいる人間をその手で護るには不向きであった異能に対し、飯田はそれでも何かないかと考えて答えを出している。
ここまでを聞いた蒼としては後に継がれていく遺伝子に真っ当という成分が含まれているのかなどと思いつつ、しかし現実的に個人に依る運送屋がこの時代にできるか否かを考えてしまう。
海外から輸入された重要物資は課題の多い陸路ではなく、海運にて国が運んでいる。
この町の役割は待機所であり、そのおこぼれの殆どがこの町で完結しているからこそ他所へ何かを届けるという事は殆ど起こり得ない。
電気の復旧も役所や病院と限定されているものの、ここ最近である程度整備されたことで書類などを運ぶこともなく。
ついでに通販なんて、まだまだ復興できているはずもない。
「あれ、ここまで聞いたけどこの町だと仕事ないかも」
「なんだって」
港町はこの時代にしては栄えている。
しかしそれは内で回っているだけで、むしろ外部からの影響を遮断することで保たれている安寧である。
町の中で働く事を考えた時、蒼には飯田に任せたい仕事が思いつかなかった。
「───なあ、アンタさ。どれぐらいの物を運べるとかってあるのか」
「む、重量の話か?」
「重量もだけどどこまで運べるとか、そういう話」
ここで口を出したのは見張り役の男。
話を聞かずに町に入ろうとしたため止めていたが、第三者である蒼によって冷静に話を聞くことができたため、その態度は軟化していた。
「重量は背負うことさえできればなんとかなる。距離については……燃料次第でどこまでも走り続けられるからなんとも言えないな」
「走り続けられる、ってのは異能の性能?」
「そうだ。燃料……言ってしまえば高カロリーの液体さえあればそこまで疲労を感じることなく走り続けられる。一般的なジュース1Lで50kmといったところだな」
「はぁ……!?」
その言葉に思わず声を漏らした蒼。
ジュース1Lで50kmを走り続けることができる。
飯田が自供したそれは、多くの異能を見てきた蒼にとっても強力すぎると認識するに足る内容であった。
「ご、50キロ?」
「まあ、正確に測った事は無い。流石に重量次第で距離は落ちるが、大体それぐらいは走れるだろう」
「なんでアンタこんなとこにいんの?」
異能姓を持たず、なおかつ強力な異能を持つ飯田に対し、蒼は本気で首を傾げた。
───前提として、強い異能を持ちながら
今でこそある程度は機能を取り戻しているが、ここ20年は役所が機能していなかったため親から授けられた名前すら知らずに生きている人間もそれなりにいる。
当然ながら名字も同様で、だからこそ異能姓などという文化が形成されていった。
強い異能は必ず目を引く。
幼児性の万能感によって軽率に晒せば、瞬く間に目をつけられ、親ですら制御不能な時代の混沌に周囲ごと巻き込まれるものだ。
強い異能を持っていたとしても、子供であることに変わりはない。
そうして強い異能を持つ子供の多くは、自らを原因として親との離別を経験している。
この時代では、強い異能を持っているだけでそこに意味を見出されてしまう。
これは蒼も当事者であり、被害者でもある話だ。
例外は、ヤクザや富裕層など一般人から手を出されにくい場所にいる強い異能を持つ人間ぐらいである。
港町では特異点のような異能持ちは未だ産まれていないが、秀でた異能はやはり目立つ。
強い異能を持ちながら異能姓を名乗らないというのは、目立ちながらも
「なんでと言われても、先程説明した通り役所と揉めたので、こちらの意思はどうあれ向こうとしても気まずい思いをするだろうと思ったからだが……」
蒼の言葉に当惑の色を見せる飯田は、明らかに強力な異能を持っている。
対象は自分のみであるが、単に速く動けるのとはまた違う。
燃料がある限り疲労に影響されず走り続けられるというのは自らを強化するのとは異なり、異能によって自身のポテンシャルを超える能力を引っ張り出せているということ。
未来における異能の発達を見るに、ここから性能を上げて燃費を落とす方に転じていくのだろうが、いくら高速度が出せないとはいえその異能は並外れて有用である。
陸路を人の足で疲労無く走り続けられる事は、段差の移動に苦慮する車両とはまた違う有用性を持つものだ。
発現してからここまで隠せるようなものでもなかっただろうに、未だ飯田を名乗っているのは家柄を薄々ながら伺わせる。
何より、蒼の知る限りこの時代で眼鏡をかけているような若者は大体貧困に喘いでいない層だった。
目が悪く、視界の焦点を矯正することが出来るということを知らないまま生きている若者は沢山いる。
「あー……思ったより使えるな。ここで働くとは違う形になるかもしれないが、ちょっとジジイに言ってくるから待っててもらっていいか?」
「勿論だ」
見張り役の男が前向きに考えていることを察し、飯田はすぐに首を縦に振った。
そうしてこの場で待機する事となった飯田に対し、興味本位で頭を突っ込んだ蒼はこれ以上ここにいても意味がないので場を離れようとする。
「じゃ、私帰るから」
「君のおかげで場が収まった。本当にありがとう」
「はいはいはい。町の人間に迷惑かけるなよ」
「……君は、町の人間じゃないのか?」
他人事のように言う蒼に疑問を抱く飯田だが、当の本人は手をヒラヒラと振るだけ。
「アンタと一緒の余所者だよ。仕事で入ってるだけで私の家はアッチ」
「……その目、大丈夫なのか?」
「見えてるようなもんだよ。君の裸眼より、ずっと鮮明にね」
飯田としては元より目を隠しながらも普通に近寄ってきた時点で知覚に関わる異能とは思っていたものの、町の外へスタスタと歩き出したため一応は心配の色を見せる。
蒼は振り返らないまま手を振ってその問いに答え、真っ直ぐに修善寺家へ向かった。
「買ったぞー」
「おかえり。ありがとね」
蒼の住む廃屋とは異なり、補修によってきちんと機能を取り戻したドアを開けて声をかければ、のそのそと腹の膨らんだ羽衣香が現れ、野菜を受け取って代金を支払う。
「修善寺は?」
「釣りに出てったよ」
「……やっぱ、ういういは町に住んだほうがいいんじゃないの?」
「出産間近になったらね」
あくまで修善寺の嫁として振る舞う羽衣香は、身重ながら町に降りようとはしなかった。
献身という意味と残さず搾り取るという二重の意味で尽くす性質の羽衣香が、修善寺から離れる選択肢を選ぶわけもなく。
「一応明日も町に出るから、渡してくるのあったら言って」
「ちょっと待ってて。まだ整理が終わってなくて」
「それなら明日出るときに声かけるから。一応、グロい写真の剥き出しとかはやめてね」
「見慣れてるんじゃないの?」
「解剖とか症例とかの写真って無機質でゾワゾワするんだよね」
「へぇ〜」
以前、書類と同時に何気なく渡された人間の中身の写真を思い出し、蒼はゲンナリとした顔でそう溢した。
死体や損壊している屍肉が日常の隣にあるような時代を生き抜いていたので慣れているといえば慣れているのだが、なんとなく感性に合わないのでそういった写真に苦手意識を抱いている節が蒼にはあった。
「あと連絡、なんか町に警察が来るらしいよ」
「へぇ、蒼ちゃんも捕まる時が来たか」
「……忘れてた。ギリあり得るな」
「え、本当に?」
「流石に嘘。でも下手なことすると捕まるのは間違いないから、ちょっと気にすることとか増えるかな」
最悪の場合は蒼が全ての罪を背負ってここから逃げ出す方向で話を合わせたいが、修善寺は難色を示すだろうし、羽衣香もまた納得しないだろう。
蒼は心の底で困りながらも、それを表に出すことはしなかった。
「一応ちゃんとした警察のはずだから、変なのじゃなければ修善寺とも協力体制を敷けるとは思う」
「……蒼ちゃんは?」
「まだなんとも。例のアレソレにも問題があるし、最悪は私だけ顔を出さないようにする事も視野に入ってくる」
修善寺は隠し事をしても羽衣香が興味を持てば隠すことはできないため、蒼は自らが行っている密航者への対応と、自らの異能の一部を話していた。
羽衣香としては完全消失という処理については特に言うこともない。
いずれ訪れる時代の超越とは、そのような形で成されるべきものではなく、想定される目的もまた平和ではないという時点で文化として迎えるべきものでは無いことぐらい、羽衣香にもわかっている。
むしろ消失させる手段として使用されている蒼の異能、修善寺に伝えたものと同様にぼかして自供した異能の方が羽衣香の興味を誘うこととなった。
足を増やす異能と、包帯で隠された瞳より
物体を貫通し、それを直視すると
蒼のそれは、時代を超える性能と呼ぶにはあまりにも恐怖を与えるものだが、保有者の性格を知る羽衣香にしてみれば例の一つとして足がかりとするには丁度いい。
しかし安全性の確保が不可能である事からその一切を蒼から許可されない事で、興味と同時にまるでメデューサのようなどと羽衣香は思っていた。
ある意味で修善寺夫妻は二人ともが蒼の異能の輪郭だけで存在しない生き物を想起し、その本質を捉えている。
片や、思い浮かべているものは幻想性の欠片もない足ウニなどという珍生物ではあるが。
「いいところもあれば悪いところもあるって感じかな」
「思想に問題がなければね……」
超常第五世代におけるヒーロー制度は原作における解説からある程度知識として備わっているが、従来の公務員制度について蒼は多くを知らない。
警察がどのような就職形態なのかも知らないが、こんな時代に新たに採用をされているとは思えなかった。
───警察組織の形骸化から、既に20年以上が経過している。
蒼の預かり知らぬ部分の話をするのであれば、警察学校が実質的な閉鎖状態となったのもまた同時期。
つまり警察学校の最終卒業生の最年少は現在40歳あたりとなり、AFOより僅かに歳上である。
それが意味するところは、
年代については蒼も正確に把握しているわけではないが、異能持ちに傾いた思想は期待できないであろう事はなんとなく理解していた。
「……うぅん、ちょっと怖めではある」
「まあ私も詳しく知ってるわけでもないけどさ、あまりにも酷かったら逃げることも視野に入るかな」
「そうだね」
蒼より大きな背丈、優れたスタイルながら、実のところ蒼よりほんの少し歳下である羽衣香は警察については知っているだけで見た記憶がなかったため、蒼と同様に何が変わるのかもよくわかっていない。
出産ぐらいは落ち着いてやりたいとは思っているが、それすら怪しいとなるとどうしたものかと考えてしまう。
「あとは……運送して役立ちたいって人が来てたね。手紙や荷物の配達とかやってくれるかも」
「え、それはすごく嬉しいな。電気が復旧してない他所の先生と情報のやり取りがしやすくなるかもしれない」
「そうだね。……確保して独占したほうが良かったかな」
「病院に関係することは最終的におじいちゃんに話が通るから、ウチで独占は無理だと思うよ」
「あ、そっか。じゃあジジイの連絡待ちになるかな」
果たしてどんな判断をするのか分からないが、町の外との架け橋として使用するのであれば中へと入れるのも最低限で済む。
中で働かせてくれと頼み込むのではなく、外とのやり取りに使えるという点は確かな強みだった。
「聞いた話だとジュース1Lであんまり疲れずに50キロ走れるらしいよ」
「ご……ッ!?」
そして異能について聞いた羽衣香は、その規格外と言える性能に絶句した。
異能持ちの検診を多く担当する羽衣香にとって、肉体を強化する異能の性能は日頃より調査を行っている範囲である。
並外れて強い、町で一番の強化幅は1tを動かせるものであり、それは人間の10〜20倍に値するもので異能の可能性に目を見張ったものだ。
が、蒼の話した異能はそんなものではない。
その異能を持つ人間の走る速度が不明なものの、それなりの速度で走ったと計算しても、一切の疲労なく走れるのであれば概算で出したとしても通常の人間と比べて少なくとも100倍以上の強化率である。
羽衣香をもってして、それほどの異能は見たことがないと断言できる程だった。
「ヤバすぎヤバすぎ、まだ町にいるかな」
「あの感じだと明日も確実にいると思うよ」
「……朝から町に降りたいからちょっと助けてくれる?」
「修善寺に言いなよ」
「それもそうね。準備しとかないと……お買い物ありがとう、後でお裾分け持っていくわ」
「はいよ」
バタバタと中へ戻っていった羽衣香に、蒼は別れを告げて廃屋へと戻る。
機能の半分以上を喪失している玄関扉を開け、比較的綺麗に清掃されている居間に寝転がった。
テーブルの上に置きっぱなしだった先日のお裾分けである骨煎餅を齧り、一息。
「明日も忙しそう……」
想像もしていなかった人物との遭遇に、蒼は疲れと少しの面白さを滲ませてそう呟いた。
移りゆく時代の中、やり取りが増えれば外の惨状がどうなっているのか情報が多く流入するようになるだろう。
果たしてそれらが何を齎すのか、蒼にはまだわからなかった。