とある物語を読まないと入れない場所。それがここだ。
感想を話せる場所と聞いてやってきたが、少し早めに着きすぎただろうか。あたりを見回しても誰もいない。
地面はあるが、それ以外が存在していない。
満点の星空の中にポツンと浮かぶ石畳の床。そんな表現がきっと正しい。
一羽のフクロウが飛んできた。
白銀の光を放つフクロウは、どこか暖かく柔かな動きで静止した。
気づかなかったが、そこに止まり木があるらしい。影のように黒いようで見えていなかった。
『 1章「非常に低確率の日」』
見た目に反して、機械的な音声が響く。どうやらこの部屋の名前らしい。
今時いくらでも人間らしいアバターを使うことも、合成音声を使うこともできるだろうに。
何かこだわりでもあるのか?
ここはとあるVR空間に作られたプライベートなワールドだった。
メタバースで読書会というのはまぁ別に珍しくはないが、全部読んだ後ではなく一話ごとに解放され区切られる読書会というのは今まで聞いたことがない。
というかこの状況がまず変だ。
毎日読んでいた小説の更新が止まり、クソ長い後書きに書かれた作者の自分語りを読んだ。
そこにあったのはなぜか別作品をおすすめで、自分は気づけばここにいる。
よく分からなかったが、あまりの熱量に押されて読んでみたのだが…
そうしていると、白く光るティラノサウルスがそこにいた。
きっと本物のティラノのアバターだってあるだろうにティラノの着ぐるみアバターを着込んでいる。
「え、ごめん。これで合ってる?声、聞こえてる?」
低めの男の声がティラノサウルスから響く。
彼はリアルの友達で、そしていきなりVR空間とはいえ心細かったからついてきてもらった。
「早く着きすぎたっぽい。でもあってるよ。たぶん。それより、ちゃんと読んだ?」
「読んだよ。ハリーポッターのことすごい忘れてたわ。特に序盤とか、マジで覚えてない。雰囲気だけは覚えてたけど。ていうかそれ、なんだっけ。なんの動物?」
ティラノが短い腕をこちらに向けてくる。おお、ちゃんと動かせているじゃないか。こちらは棒立ちだというのに。
「カモノハシ。好きな動物があったからこれにしたけど、どう?」
「人間大の小動物ってこわい」
「社会人の感想じゃないなそれ。Tレックスに言われたくないわ」
そんな他愛もないやり取りをしていると、フクロウの動きが変わった。
『すみません。お待たせしました。もう時間ですね』
この会の主催者が、中に宿ったようだ。
落ち着いた声が響いて、ようやく正しかったのだと安心できた。
『では、早速。お話ししましょう。決まりは特にありませんから、好きに話しましょう。好きなところでも、気に入らないところでも。気になったところでも。なんでもいいですよ。どうでした?』
フクロウの首が自分に向いていたので、自分へと声をかけていることがわかった。
VR空間での対話はzoomとは違って面白いな。ちょっと現実に近い。
「え〜っと。面白かったです。はい。ただ、久々にちゃんと長い文章読んだなぁっていうのと、そういえば原作も一巻の最初って地味だったような。一回そこで読むの諦めたことを思い出しました」
『ほうほう。どんなところが面白かったですか?』
え、そこ掘られるのか。そうだな。どこだろう。
というか、ホーホーというのはフクロウを意識してるのか。いやここはスルー。
別のウインドウで一話を開きつつ思い出そうとする。
ああ、見てると思い出すな。
「ハリーが全然違う人になってて、笑いました。これもうオリジナルじゃないかって。完全に別人ですよね」
「あ、それは俺も思った。可愛いラドクリフ君のイメージだったのに。なんか全然そういう感じじゃないわ。可愛くないどころじゃなくてクソガキって感じ」
ショタコンのティラノサウルスが反応する。やはりそういう目線で見ているようだ。
こいつとは感じ方は違うだろうけど、可愛くないというのは自分もそう思った。ぶっちゃけこんな子供はやだ。
ティラノの語りに勢いがついてきた。
「ダドリーの名前が一応で出て笑ったな。ダドリー好きだからよかった」
「珍しいなお前」
「え?ダドリー坊や嫌いな人なんているの?」
「いや普通にいるでしょ。いじめっ子だよあいつ。最初の敵だっただろ」
きっとこいつと自分の可愛いや好きの基準は大きく違うらしい。
はは!と唐突に恐竜が笑った。どうした?
「いや、カモノハシが小賢しいこと言っててなんか変、お前結構面白くなってるぞ」
Tレックスには言われたくないと繰り返し、次の話題へと進んだ。
>小刀のさきで H.J.P.E.V のイニシャルを刻印した。 どうせこんな狂気に堕ちるなら、かっこうよくやりたい。
「ここ好きだったな。なんか、いい。ロマンチストだよね。クソガキだなって思いながら読んでるけど、こういうところは好き」
「好感度の上下が1話で激しいかもしれない。確かに」
>お父さんはリヴィングルームで座って、自分をかしこくみせるために高等数学の本をよんでいる。
「めっちゃ笑った。ほんとこいつ性格悪いなって」
「お父さんオックスフォードの教授だよ?ファッションじゃなくてほんとに読んでるかもしれないのにね」
「くっそ頭いいはずなのにバカにされて、笑っちゃうけどハリーはそこまで頭いいのかな?」
こいつ性格やばくないかとひとしきり盛り上がる。
『ほうほう。他にはどんなところが印象深いなどありますか?』
フクロウはニコニコと聞いている。全部読んで先の展開も知っているだろうに、ネタバレの心配は全くなさそうだ。聞き役に徹しているのが伝わってくる。
「パパ教授とペチュニアの喧嘩のところは、やけにリアルでやだったよね。夫婦の口論。なんかわかるなぁ。バカとみなしたい男。罪悪感を背負わせたい女ってやつ。うわ。これ実家で見たわって」
『ほー!差し支えなけえればその時の気分をお聞きしても?』
「その時思ったのは、母親に肩入れしてた気がする。視覚的には泣きそうな母ちゃんが追い詰められているように見えるし。理路整然と詰める親父が悪者に見えたかも」
『では、戦略としてはお母様の方が効果的な方法を取られていたのですね。ほっほ』
「確かにそうかもですね〜。案外効果的なのか?いやでも普通に仲良く手してくれた方が良いなぁ。それにしたってハリーは子供じゃないな」
「流石に可愛いとは思えないかな?」
「いや、最後で可愛くなる。ぜんっぜん可愛い。最後なければ斜に構えたクソガキで終わったかもだけど」
『それはよかった。彼はどうやら科学的な思考が年齢不相応にできるようですよね。しかし、どうやら魔法をどこかで信じているような様子もある。そんなところには何を思いましたか?』
「なんか絶対このハリーは学校で大暴れするでしょ。だから、年相応の子供っぽさを残しておくともう整合性とかなくなりそう。同じ子供どころか、人間か?くらいまで行ってくれていい気がする」
「俺たちの子供の頃の魔法を信じている感覚とは違うんだろうね確かに」
「全く違う存在ということを叩きつけられた感じ。そんな感じですかねぇ」
ほほほ!とフクロウが笑い、なんだかもう緊張感とかは無くなっていた。
はい!とティラノが短い手を挙げる。
「わかんないところがあったんですけど、この部分」
>『
「なんか外国の言い回しなのかなって。ちょっと面白さがわかんなかったな。ていうかホグウォーツ?ホグワーツだろって!」
確かに。その部分は読み飛ばしていたが、読んでも意味はわからない。皮肉っぽさは伝わるが。
『絶対にこう!というわけではないですが、そうですね。その部分に関しては自分なりの解釈を伝えてみましょうか』
考え込むようにじっくりとした口調でフクロウさんが語る。
『ホグウォーツをハリーは理性で信じていないので、まるでふざけた冗談や子ども向けのファンタジーのようだとからかっているのです。実際に子ども向けファンタジーであるので、メタ的な皮肉でもありますね。ほほ!』
バサバサと翼を動かしながら語るフクロウは、ろくろを回している感じなのかもしれない。結構可愛い。
『古典的な魔女の呪文アイテムであるイモリの目を例に出して、普通そっちが先じゃないか?という意味で、「ああ、それはすでに予約済みだったのかい?」と皮肉を重ねているのではないかと思われますね』
ああ、そういうことなのか!ブリティッシュジョークというやつだろうか。日本人的に言えば京言葉かも。
「2話も読んできたんですけど、そっちの話もしていいですか?」
もはや、ついて来ているだけのはずのティラノが先行している。俺も負けていられない。
『ええ、もちろん。ですが、今日はもう二時間も経ってしまいましたね。あなた方はすでに多くの文字を読んでいるはずだ。次の機会にとっておいて、休み休みいきましょう』
フクロウと、カモノハシと、ティラノサウルス。
それぞれが柔らかな白い光で輪郭はあまりはっきり見えない。
和気藹々とした読書会は、一区切りだ。
PCの前を離れて背伸びをした。
なんだか、初めての体験でワクワクして来た気がする。
次の機会には珍しくお酒でもあけようかななんて思うなんて、ちょっと舞い上がっているみたいだった。
こちらを読んでから本作の次話へとお進みください。
2章「現実とその代替候補を比較する」
https://syosetu.org/novel/160391/2.html
皆様もお酒やコーヒー。ジュースでも飲んで一緒にごゆっくりいかがですか。