雨の日にだけ出会える、謎だらけでミステリアスなお姉さんの正体について。 作:お姉さんに「キミ」とか呼ばれたいだけの人
七月中旬。今日は久しぶりに雨が降っていた。夏の蒸し暑さを感じる、じっとりとした雨模様だった。こんな日は全身に冷水でも浴びれば、さぞ気持ち良かろうと
湿気を帯びて張り付いたワイシャツに鬱陶しさを覚えながら、刀馬が通学路にある公園を通り過ぎようとしたその時、楽しげな声を耳にした。なんと無しにそちらに意識を向けてみれば、聴き覚えのある声音だったのだ。
「何やってるんだ……?」
公園に居たのは刀馬の後輩に当たる少女、
二人の出会いは、つい二ヶ月ほど前の事にすぎない。
相容れない……というよりも、叶笑が一方的に刀馬を敵視するような関係性にあった。普通であれば、そんな歪な関係は遠ざかっていくだけであるが、どうにもそうはならなかった。
恋敵でもあり、何処か気の許せる相手でもある。
彼らの相性は案外悪くないのかもしれない。
「……げっ、先輩ですか」
叶笑は、刀馬の姿を認めて露骨に嫌な顔をして見せた。同じ学校に通っている二人が放課後に出会うのは然程珍しい事でも無いが、驚くべきだったのは叶笑のその格好だったのだ。
「なんで
そう、今現在の叶笑はというと些かこの場には似つかわしくない格好であった。
すらっとした少女の体にぴっちりと纏われた学校指定のスクール水着。やや起伏に乏しい体付きをしている叶笑ではあったが、それでもその姿はアスリートのように磨き上げられた体躯をしていた。これに心躍らないで男と言えようか。年頃の健全な、それでいて女性としての魅力に溢れている少女の水着姿だった。
「うわ〜、いっやらしい。目付きが厭らしいですよ先輩!」
刀馬の視線を感じ取った叶笑は、手で体を覆い隠すようにする。
「こんな場所で、そんな格好してたら普通は見るだろ!?」
軽蔑の色を混じえた声に、さすがの刀馬も反論する。鴨が葱を背負って歩いて来たら、好都合だと思う前に誰だって目を見開いて驚くはずなのだ。千家叶笑が水着を着て公園を練り歩いていれば、それは同義である。
「雨が降ってたので良いかなって?」
「良いかなって……」
「それに、独りでやってるわけではないので……」
「独りじゃない……?」
刀馬は叶笑の言葉に首を傾げた。周囲を見渡しても同行者がいるようには見受けられなかったからだ。
けれど、心の何処かに予感はあった。叶笑が一緒に水着を着てはしゃぐような相手は限られているのだから。
「それって……」
「──もういいじゃないですか! 折角二人っきりの楽しい時間になりそうだったんですから、邪魔しないでくださいよ!」
『ほら、帰って帰って』と言わんばかりに叶笑は刀馬の体を強引に押す。少年と少女、力関係で言えば男が勝る場合の方が多い。しかし、相手は千家の戦士だ。その体の何処にこれ程のパワーを持ち得ているのか、と刀馬が目を見開く勢いで、気付けば
けれど、好奇心は時として思いもしないような潜在能力をも引き出す。刀馬は負けじと踏ん張って、居座り続けた。
「うっ……!」
「くぅ……!」
二人がそうした一悶着を続けていると、公衆トイレの方から誰かが近付いて来た。
「叶笑ちゃん、これサイズ少しキツいんだけど……あれ?」
現れたのは雨の日にしか出会えない、謎だらけのミステリアスな女だった。
刀馬がその人物の登場に驚いたのは一瞬の事であり、次の瞬間には視界的な暴力が身を襲う。度肝を抜かされる光景に、ただ押し黙るしかなかった。それは叶笑とて同じことであったのだろう。
動くたびに、女の豊満なバストが、どたぷんっと揺れ、その重量感と凶器性を主張する。サイズが少々合っていないのか、柔肌に食い込んだビキニタイプの水着がやけに官能的で、それはもう、男の理性を狂わせるには十分なだけの、悩殺兵器と呼べる代物であった。これだけのモノを間近で見られるなどというのは、人生においても一度か二度有れば良い方の貴重体験であり、手を合わせて感謝の言葉を述べるのが礼儀とすら思えるほどだ。
「こ、これはちょっと……やばすぎますね……っ」
叶笑は思わず口に手を当てた。粛々と、この世界を噛み締めるが如く、自分の軽率な言葉が相手の機嫌を損ねて踵を返してしまわないように。
「おやおやまあまあ、お二人さん仲の良いことで。仲良きことは美しきかな、ってね」
女は、先までは居なかった少年の登場に、ニヤニヤと年頃の男女を揶揄った。けれど、一方的な武力で殴りつけられた二人は、何も言わない。いや、あまりの光景に舌も緩み切ってしまったのかもしれない。ごくり、っと生唾を飲み込む音ですら、やけに煩く響いたような気さえしていた。
その音で、少女がハッとする。そして────。
「はい、万死──ッ!!」
叶笑はそう言うと、刀馬の双眸に目掛けて二本の指を勢い良く突き刺そうとする。
「なにすんだよ!?」
既の所で不意打ちを避けられた刀馬が反抗の声を張り上げた。男の頬を掠った指先を見て、叶笑は「チッ」と舌打ちを漏らす。確実に殺意の込められた一撃であった。両者の睨み合いが加速する。
「先輩みたいな思春期男子が、何の徳も積まずに、お姉さんの水着をタダで見る事など万死に値しますッ!」
叶笑は両の手を蟹にして、刀馬に襲い掛かる。その様子は一見、戯れ合いの様にも見えた。
「まぁまぁ二人とも、何があったかは知らないけど落ち着こうよ」
自分が原因であるとも知らずに、女は二人を宥めた。
「そもそも、私と先輩とでは本気度が違います!“雨の日ソワソワするんです。やっとお姉さんに会えるぞ……!!”って」
叶笑がピシリと刀馬を指差した。それはもう、不良を糾弾する生真面目な風紀委員長みたいに。銃口の如き指先が、少年に向けられる。
「ほーん? ふーん? へぇ〜? なんだいなんだい、私の悩殺ボディーに釘付けになってしまったというわけかな?」
二人の状況を察してか、女はニヤリと不敵に笑う。
「それはもう、仕方のない事だよ。なんなら、こんな機会は滅多に無い、目に焼き付くまで存分に見れば良いさ」
そう口にすると、女は「ほらほら」と青年誌で表紙を飾るグラビアアイドルみたいにポーズを取って魅せた。こちらの悶々とした情欲さえ手に取って転がしているかのような余裕に満ちた態度だった。
「わぁ! わぁ! やめてください! 私が用意した水着なのに!」
叶笑は慌てて女と刀馬の直線上に入り、視界を遮るように壁となって忙しなく動く。
「と、と言うか……その水着でキツいってどれだけなんですか……」
叶笑は自身の胸部と女の胸元とを見比べて、手で相当するサイズの弧を宙に描いて見せた。彼女が持ち得ない、豊かな女性の象徴に胸躍らせる。
「自分でも、どうしてここまで育ったのやら」
ふにふにと、女は自分の乳房を持ち上げたり軽く押したりする。変形する球体。本人にだけ許された乱暴な扱いに、
「超弩級、ってやつか……」
「先輩、それセクハラですよ?」
刀馬はしみじみと噛み締める。そんな思春期男子の姿を見て、叶笑は露骨に顔を歪ませた。
雨粒が大きな起伏に沿って滴り落ちる姿は、大山をも想起させる。大きく、それでいて柔らかい山脈。
「……にしても、雨の中で水着を着るなんて突飛な提案だと思ってたんだけど、案外悪くないね」
女は濡れた長髪をばさりと掻き上げた。大人の色香が舞う。見る者をくらくらと酔わせてしまう、そんな傾城傾国。
「はい! ご馳走様でした!」
「ご馳走様……?」
叶笑が手を合わせて感謝の言葉を述べる。
「まぁ、こんな事で何か少しでも二人の役に立てたのなら良かったのかな……」
女はホッと安堵した。どうして肩の荷が降りたかの表情をしたのか、二人には見当もつかない。
「でも、そろそろ着替えようか」
「えっ!? とことん楽しもうと思って水鉄砲や水風船まで持って来たのに!?」
がさごそと鞄を漁れば、水遊びで使えそうな玩具が出るわ出るわ。水鉄砲に水風船、終いには浮き輪やビニールプールまで出てくる。どれも使った形跡の無い、新品の物だった。
「学校になに持って行ってんだよ……」
呆れた口振りで刀馬が言う。
「先輩だってお姉さんに会えるんじゃないか、って期待しなかったわけじゃあないんでしょ?」
「…………ノーコメントで」
大きな沈黙が場を制する。
「くしゅんっ!」
短くて長い静寂の末に、可愛らしい破裂音が空気を変える。犯人は誰だったか、他の二人がかぶりを振れば目に入ったのは恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いた少女の姿だった。
「うぅ……」
「冷えちゃったかな? やっぱりそろそろ着替えた方がいいよ」
「ち、違います! ただくしゃみしちゃっただけなんです! あぁ、どうしてくしゃみなんてしちゃったんだろ……」
叶笑は嘆く。
「でも、だいぶ時間も経ったし帰りが遅くなってしまうよ。水遊びはまた……ね?」
「本当に、ほんとうにまた遊んでくれますか!?」
「うん、約束する」
時計を見れば、もう十七時を過ぎていた。これ以上は望ましく無いだろう。夏とはいえ今日は悪天候で、日が落ちれば暗くなる。それに加えて叶笑にとっても、帰宅が遅れれば“千家の御役目”に支障が出兼ねないのだから。
「ほら、タオルも持って来てるんでしょ?」
「……はい」
叶笑はしゅんとして身支度を始める。
「かわいいね、小学生の水泳でしか見ないタイプのタオルだ」
ボタン止めをして体に巻く形式のタオル──ラップタオルに身を包んで、水気を拭いていく。その姿はまるで照る照る坊主みたいでキュートだった。
「じゃあ少年、君には夏の思い出にコレをあげよう」
いつの間に撮ったのやら、女が刀馬に手渡したのは『トウマくん江♡』と描かれた水着姿のチェキだった。しかし──。
「──これは、私が貰っておきますね!」
刀馬が熟視するよりも前に、叶笑が強奪して行ってしまう。
「それでは、お先です!」
「あらま、行っちゃったよ……」
『水着……今度洗って返せばいいか』と考える女の横で、刀馬は一瞬の出来事にただ呆然と立ち尽くしていた。
「もうすぐ夏休みだね」
「……そう、ですね」
常日頃、多くを望まぬ刀馬とて欲しい物の一つや二つ無いわけではない。況してや一度は自分自身の手の中にあった物なら、所有欲は増す一方であろう。
しとしとと降る雨は、少年の心ともマッチしているように思えたのだった。
***
入り組んだ路地裏にひっそりと居を構えるバー『酒池肉林』でバイトする女学生には、近頃気になるお客様がいる。
雨の日にだけ来店する、謎だらけのミステリアスなお姉さん。
歳は二十半ばから後半といったところか。多くを語らない、寡黙でクールな雰囲気が彼女にとっての大人の女性像と重なった。
「いらっしゃいませ」
来店を報せるドアベルが鳴ると、女学生……アルバイターは反射的に挨拶を向ける。
「こんばんは、マスターいるかな?」
客は件の女だった。慣れた動作でカウンター席に腰掛けると、アルバイターに問う。
「今ちょっと忙しいみたいで……」
アルバイターが裏に目を向けると、女も一緒に目で追った。
「……そっか。それなら、コレ渡して貰えるかな?」
女は一枚のメモ用紙を手渡す。何事かが書き綴られているようではあったが、一店員に過ぎない自分が見るのは慮外に抵ると思い、アルバイターは目を逸らす。
「頼んだよ、店員ちゃん。渡せば解るだろうから」
「……? わかりました」
アルバイターは裏に引っ込んでマスターに伝言用紙を届ける。幸いにも今夜は客足が少なく、フロアを留守にしても差し支えなかった。
「店長、コレお客様からです」
「なに?」
「黒髪のお姉さんが渡してくれって。ラブレターですかね?」
「……はぁ、またか。すぐに行く。キミも馬鹿を言ってないで働け」
店長と呼ばれた男が作業を止め、振り返る。白髪混じりで落ち着いた、それでいて草臥れた佇まいをした壮年男性は、メモを一瞥し、溜息を溢した。
とばっちりを受けたアルバイターは、しゅんっと落ち込んで、すぐにケロッと態度を変える。マスターである男はそんな彼女にもう一度釘を刺すと、待ち人の待つカウンターへと向かった。
「あぁ、マスター。こんばんは」
「こんな物、どうする気なんだ?」
紙を叩きつけ、問いただす。
「白菊の岩、吸血樹の黄昏、刹那の護符……他にも色々。こんな物すぐには手に入らないぞ」
「でも、マスターの伝手を使えば用意できなくもない。そうですよね?」
「……一、二週間は掛かる」
「上々です」
うんうんと頷いては、女は手帳を取り出し予定を記載していく。びっしりと予定の埋まったスケジュール欄は、覗き見るだけでは何が書かれているかさえ判らない。
「本当に大丈夫なのか?」
「お金なら幾ら掛かっても構いません」
「そういう意味じゃない、キミがまた厄介事に首を突っ込んでいるんじゃないかって心配しているんだ──!」
マスターが声を荒らげた。普段の温厚な雰囲気からは想像できない剣幕に、アルバイターの女学生は驚く。
「大丈夫です、私はヘマはしません。引き際は弁えているつもりですから」
女の瞳がギラっと輝いた。それでもう御終い。壁が隔たれて、二人の会話もぷつりと途切れる。
どうにも気まずい空気が流れたその時、ドアベルが鳴る──。
「あれぇ〜? お邪魔だった?」
呑気な声色によって冷や水が浴びせられた。内心冷や冷やしていたアルバイターにとっては、思わぬ救世主だった。
「いや、大丈夫だよ」
マスターは先までの険悪な様子を切り替えて、バーの店主に徹する。
「それじゃあ、私はこれで」
女が立ち上がる。バーとしての注文は一切無しに、用は済ませたという具合に。
けれど──。
「え〜? お姉さんもう帰るの? 一杯! 一杯だけ私と付き合ってくれない?」
新しい来客が引き留めた。女にとって見れば、厄介な迷惑客に絡まれたように思えたかもしれない。事実、その表情に困惑の色を隠せていなかった。
「まずはぁ、自己紹介! 何事も相手を知る事から始まるんだから! 私の名前はねぇ、
客……紅子は胸を張って名乗る。
「こうこ……?」
「そう! 紅に子供の子で紅子よ!」
そんな様子に、女はきょとんとした様子で聞き返した。
「……そう、そうなんですね。……一杯どう?ってナンパしたからには紅子さんが奢ってくれるんですか?」
「もっちろん♪」
「それなら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
砕けた、柔和な笑顔。アルバイターの瞳には肩に力が入っていた女が、絆されたように映った。
そうして暫くの時間、楽しげな談笑がバー『酒池肉林』の中に響き渡った。店員である女学生もつい立場を忘れて、釣られ笑いしてしまう程の楽しい一時が流れたのだった。
鮫「久しぶりの投稿でエッチな水着回をやって読者を怖がらせましょう!」
じゃあなんすか?オリ主は雨の日に原作キャラに頼まれたら何でもするって言うんすか!?