東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

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第42話 鬼との約束

飯綱丸の屋敷。

 

静かな広間に、一枚の扉がゆっくりと開く。

 

そこから姿を現したのは、茨木童子、隠岐人、そして肩に担がれた芳香だった。

 

待ち構えていた飯綱丸は、三人を見るなり少しだけ目を見開く。

 

「隠岐人……と、童子様。」

 

「本日は何用でしょうか。」

 

童子は面倒そうに手を振った。

 

「お前ん家広いだろ。部屋を一つ借りるぞ。」

 

そう言って肩の芳香を親指で示す。

 

「この人間もしばらく住むからな。」

 

飯綱丸は一瞬だけ芳香を見つめ、それ以上は何も聞かなかった。

 

「……承知しました。好きに使ってください。」

 

それだけ言うと、飯綱丸は部屋を後にした。

 

静寂が戻る。

 

「むー! 降ろせ!」

 

肩の上で暴れる芳香に、童子は盛大なため息を吐く。

 

「はぁ……。」

 

そしてそのまま――

 

ドサッ。

 

「ぐへっ!」

 

床へ遠慮なく落とした。

 

芳香は腹を押さえながら涙目になる。

 

「私は病人だぞ!

 もう少し労ってもいいんじゃないのか!」

 

童子は腕を組み、鼻を鳴らす。

 

「はぁ……全く。」

 

「同じ人間を二度も誘拐する羽目になるとはな。」

 

隠岐人が苦笑しながら言う。

 

「説得していたところだったんですよ。何故邪魔したんですか、童子。」

 

童子は眉をひそめる。

 

「あぁ?」

 

「そんなもん、あの邪仙がヤバそうな奴だからに決まってるだろ。」

 

芳香はすぐさま反論した。

 

「青娥は確かに怪しいところもあるが、私には優しいぞ。」

 

童子は鼻で笑う。

 

「そりゃ優しいだろうな。」

 

「お前が生きている間は、先生として利用できるんだから。」

 

芳香は首を横に振る。

 

「青娥はそんな悪い奴では……」

 

童子は短く、一言だけ口にした。

 

「丹薬。」

 

その瞬間。

 

部屋の空気が変わる。

 

誰も言葉を続けられなかった。

 

隠岐人が最初に口を開く。

 

「あの劇薬が、どうかしたんですか。」

 

童子は芳香の額へ視線を向ける。

 

「隠岐人から芳香の先生とやらの話を聞いて、まさかとは思ったがな。」

 

ゆっくりと札を指差す。

 

「その札。道教の札だ。」

 

芳香が目を見開く。

 

「ま、まさか……。」

 

「青娥が丹薬を広めたとでも言うつもりか?」

 

童子は肩をすくめる。

 

「証拠はねぇ。」

 

「だが、丹薬は中華の道教で用いられる薬。」

 

「その道教を修めた怪しい女が、お前の先生をやってる。」

 

「俺様から見りゃ、真っ黒だ。」

 

隠岐人は腕を組む。

 

「待ってください。」

 

「芳香なんか利用して、何か得がありますか?」

 

童子は呆れたように笑った。

 

「金なら自分で稼げる。」

 

「だがな。」

 

「貴族社会の人脈だけは、金じゃ買えねぇ。」

 

芳香へ指を向ける。

 

「宮古家、貴族、官位、身分。」

 

「人間にしか通じねぇ価値だが、それがある。」

 

「芳香を利用すれば、朝廷の上にまで手を伸ばせる。」

 

「そうなれば、丹薬を広めることも難しくねぇ。」

 

隠岐人は、ゆっくりと息を呑んだ。

 

(……神子が丹薬を広めていた。)

 

(あれも、青娥が神子へ近づいた結果だったのか。)

 

一つ一つの出来事が、頭の中で繋がっていく。

 

もし童子の推測が正しいなら――。

 

霍青娥は最初から、芳香を弟子ではなく「貴族社会へ入り込むための足掛かり」として見ていたことになる。

 

芳香だけは首を振った。

 

「……それでも。私は青娥を信じたい。」

 

その声には、まだ迷いが残っていた。

 

 

童子は肩をすくめ、小さく鼻を鳴らした。

 

「まあ、信じる信じないはどっちでもいいんだが。」

 

そう言うと、百薬枡を取り出す。

 

酒をなみなみと注ぎ、芳香へ差し出した。

 

「飲めば鬼になる代わりに、お前の病気は治る。

 鬼の秘具――百薬枡だ。隠岐人の頼みだから、特別に使わせてやる。」

 

芳香は恐る恐る枡を受け取る。

 

酒の香りが鼻をくすぐる。

 

だが――。

 

その手は震えたまま止まり、一向に口へ運ぼうとはしない。

 

童子は眉をひそめた。

 

「何だ。」

 

「やっぱり化物から渡されたもんは飲めねぇか。」

 

芳香は慌てて首を横に振る。

 

「ち、違う!少なくとも、お主らが鬼だから嫌という訳ではない!」

 

「じゃあ何で飲まねぇ。」

 

芳香は枡を見つめたまま、小さく呟く。

 

「……怖い、のだ。」

 

「人でなくなった私が、本当に仙人になれるのかが。」

 

部屋が静かになる。

 

童子は呆れたように頭を掻いた。

 

「目先の寿命は伸びるんだから、鬼になれるだけで満足すりゃいいじゃねぇか。」

 

芳香は首を振る。

 

「青娥に言われたのじゃ。」

 

「『仙人になって、一緒に過ごしましょうね』と。」

 

「私は……その約束を信じたい。」

 

童子は盛大にため息を吐いた。

 

「はぁ~……。」

 

「馬鹿らしい。」

 

そして隠岐人を振り返る。

 

「おい、隠岐人。」

 

「手伝え。この馬鹿に無理やり飲ませるぞ。」

 

童子が一歩踏み出す。

 

だが、その腕を隠岐人が掴んだ。

 

「まあ待て、童子。芳香が望んでいないのなら、まだ……。」

 

童子は思わず振り返る。

 

「お前もかよ!」

 

「イライラするぜ、ったく!」

 

隠岐人は申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「……悪い。」

 

しばらく睨み合った後、童子は大きく深呼吸をする。

 

「……分かった。」

 

腕を組み直し、芳香を見る。

 

「なら一つ約束しろ。」

 

芳香も顔を上げた。

 

「約束?」

 

「鬼でも仙人になれるって証明してやる。」

 

「それを見たら、お前は百薬枡を使う。」

 

芳香は目を丸くする。

 

「そんなことが出来るのか?」

 

童子は不敵に笑った。

 

「非凡な人間様より、才能に溢れた俺様の方が早いだろ。」

 

「俺様が仙人になって証明してやるよ。」

 

「それなら文句ねぇだろ。」

 

芳香はしばらく考え込む。

 

やがて、小さく頷いた。

 

「……うむ。」

 

「それならば。」

 

童子は満足そうに笑う。

 

「よし。」

 

「小指出せ。」

 

「……小指?」

 

芳香は言われるまま小指を差し出す。

 

童子も自分の小指を絡めた。

 

そして、どこか真面目な表情で口を開く。

 

「指切りげんまん。」

 

「嘘ついたら針千本飲ます。」

 

「指切った。」

 

歌い終えると、小指を離す。

 

芳香はきょとんとした顔で、自分の小指を見つめた。

 

「……なんじゃ、今のは?」

 

童子は腕を組み、口元を吊り上げる。

 

「約束を破らねぇようにする、鬼のまじないだ。」

 

隠岐人は思わず苦笑する。

 

「……もしかして、本当にやるんですか?」

 

童子は隠岐人をちらりと見て、ニヤリと笑った。

 

「鬼との約束だ。」

 

「破ったら、それ相応の事をしてもらう。」

 

そう言うと、芳香へ視線を向ける。

 

「だから俺様も約束は守る。鬼でも仙人になれるのを証明してやる。」

 

芳香は思わず笑みを零した。

 

「……変な鬼じゃの、お主。」

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