「どうしてあたしの赫子で作ったクインケしか使わないの?」
「……。別にいいだ」
「良くない!色んなのを使ってた方が明らかに戦い方に幅が出る。アタシは赫子4種類使えるって言っても限界はあるんだ。捜査官と戦えばクインケなんて手に入る。…入手はできるけど今まで使ってこなかったのには何か特別な理由でもあるの?」
璃奈は捲し立てるように早口になる。表情から察するに怒っている訳ではなさそうだが、疑念が浮かんでいるようだ。
「合理的な話だけど、クインケは赫子の発現過程であるRc細胞放出→形状変化・固定→分解のサイクルを再現することはできない。だから赫子に比べれば形状は一様に限られ柔軟性に欠けるってことを
「そりゃあ…璃奈が好きだからだよ。これ以外に理由なんてないさ。」
藍が理由をそれっぽく説明するが、璃奈はそれをとても不愉快そうな顔をして一蹴した。
「……は? 真面目に答えて? あたしたちの今後にも関わってくるんだけど?」
璃奈は鱗赫を複数出して藍の顔に刺さるスレスレまで近づける。先のテキトーな藍の答えにイラついているのか、いつもより赫眼の周囲に血管が集まっており、般若の面をつけたようになっている。
「……オレは自分が殺した喰種のクインケしか使いたくない。だから人のクインケは基本使わない。自分で殺した喰種の赫子についても…璃奈のを使った上でそれを使うのは確かに合理的だ。でも、使いたくない。」
トーンを落として話す藍を見て、璃奈は今度はお巫山戯ではないと感じた。藍は独白を続ける。
「人間にとって喰種ってのは確かに一般的な感性を持っていれば、その食性から和解は困難だろう。でも互いに生命であるという点に於いては変わらない。喰種だって極端に言えば人間がいなければ餓死するし、人の使うクインケは元々喰種の赫子だ。この場合においてもどちらも命を利用して生きていることには何の違いもない。」
ここで藍が顔を初めて璃奈の方へと向けた。
「まあ、結局何が言いたいかって言うと、璃奈。オレは生きている君のクインケを使うにあたって感謝の意を常に忘れたくないんだよ。死んだ喰種のクインケを使うと、恐らくさっき言ったことなんか忘れて乱暴に、ぞんざいに扱ってしまうと思う。それはオレはやりたくない。」
言い終わると藍はふぅ、と一息ついて後ろの壁にもたれかかった。スッ…と向けられていた赫子が引いていくのを確認して璃奈に呆れたような目を向ける。
「至近距離でそんなに威嚇されるのは久しぶりだからか、ちょっとだけ恐怖を感じたよ。」
「……その意見を否定するつもりは無いけど、仮にそれで死んだとしてもあたしは知らないから。現実はそんなに甘くない。」
「くーっ、やはり厳しい現実を生きてきた喰種は実に合理的かつドライですなぁ。捜査官達の目を掻い潜るだけある。」
若干挑発的なニュアンスを含みながらも璃奈を褒める藍。そして遠き日を振り返るように話し始めた。
「オレは捜査官になる前は何になりたかったと思う?」
「いきなり何?自分語りなんて珍しいね。」
「まあいいからさ、答えてみてよ?」
「うーん、あまり人間の仕事のことはよく分からないけど……何か頭良さそうだから大学の先生?っていうの?あ、教授って奴!」
「お、結構いい線行ってるな。正解はまあ先生と言うよりは研究がしたかったんだ。」
藍は過去を思い返していく。
「アカデミーに入るキッカケとも言えたのが職場見学で食肉工場に行ったことだな。自分たちが普段食しているモノが何なのかを見ることができた。そんで喰種も同じく食して生きているけど果たして我々と同じ意味で食べるということをしているのかと疑問に思った。勿論まだ若かったからそこまで研究者じみた疑問じゃなかったけど。そこからは其れを否定する為にアカデミーの門を叩き、卒業してからお前と再会したってとこだ。」
「ふーん。白鳩だった頃からヘンな奴とは思ってたけど、よりヘンな奴って印象が強まった。その考え方してて喰種を駆逐するのに抵抗はなかったの?」
「戦闘することそのものはほとんどそういうのはなかったかな。どっちかというと自分で殺した喰種の赫胞で作ったクインケを使うってなった時がつらかったかな。」
「あたしと初めて会った時のも自分で殺した喰種の?」
「そうだ。さすがにもう慣れてたから気分が悪くなったりはしないが、何というか言葉にできない違和感はあったよ。敢えて例えるなら…死んだ人間の臓器を勝手に移植した、みたいな?」
「そう言われると確かに人によっては嫌かも…?」
「納得してくれたか?」
「まぁ。」
藍は満足そうに笑うと璃奈に何かを投げつけた。
「輸血用の血液パック。最近粗悪なモノしか食べてないと思ってこの前20区で盗っといた奴だ。傷んでるかもしれないが、我慢してほしい。」
「相変わらず回りくどいのね。素直に『これで赫胞治して』と言えばいいものを。」
璃奈はパックを開封して血を啜る。久々のマトモな食事に思わず赫眼を発現させてしまう。
「この前の学生らがCCGにチクってる可能性は正直非常に高いだろうから、すぐにでもここに下見に来るだろう。こちらの戦力強化をしておく分には悪くないだろう?」
「誰が来ると思う?」
「…向こうはここにいる喰種が『オレたち』ってことは彼女達の発言から分かるはずだから、それなりに腕利きの捜査官を寄越すと思う。が、だからといって特等捜査官を何人も連れてきたりは出来ないハズ。確実に殺したいならもっと入念に準備する必要があるのと、たった2人にに大規模な戦力を割ける余裕は先の20区の戦闘で無くなっているからだ。」
「つまり…白鳩が来るなら少数精鋭で、直ぐに来ないなら沢山来る可能性が高いのね。」
「どの道来たらここを捨てる覚悟はしておいた方が良さそうだ。根無し草生活も暫くしなくていいと思ってたんだけどなぁ。」
そう言いながら藍はクッションを敷いた長椅子に横たわって意識を手放した。
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同日、数刻前…。CCG20区支部のオフィスにて、2人の女性がタブレット端末を挟んで話し合っていた。
「金森さん、奴らの動向は?」
「今の所は動きなし…って言いたかったけれど昼に人間を集めて何か催し事をしていたみたい。これからは昼間は民間人が集まってくる可能性が高いわ。先手を打たれてしまったみたい。」
そう言うと金森は若干眉に皺を寄せつつ、タブレット端末の地図アプリと睨めっこする。
「そうですか…。しかし仕掛けられないとなると指を咥えて見てるって言うのは中々悔しいです…。」
そうもう1人が言った所で金森がきっぱりと反論した。
「いや、待たなくていい。この状況を打破し得る作戦はある。」
「と言うと?」
「要するにね、彼等を確実に仕留めてくれそうな人選をしつつ、お膳立てをしてあげればいいのよ。」
そう言うと金森は書類を纏め上げて部屋を出ていった。部屋に1人残された若い捜査官は溜息を着いた。
(はぁ。
女捜査官は欠伸をして席を立ち、CCGラボへと足を運ぶ。
(私が白黒つけてやりますよ、海野先輩!)
藍の後輩の名前は次回明らかにします故、しばしお待ちを。