梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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 ───足音。

 靴やサンダルではない、素足が地面を叩く音に雪はほんの少しだけ不愉快そうに口を歪めた。

 

「前回から思っていたけど、古手の側から離れてばかりで問題ないのかい?」

 

 返答はない。無論、返答された所でその答えを聞き取ることなど叶わないのだが。

 ダム建設現場跡地に放棄された、かつて竜宮レナが寝泊まりをしていた車の屋根に腰を掛ける少年は、羽入がいるであろう方向をぼんやりと眺めたまま、続けて口を開く。

 

「此処には僕達しかいないんだし、実体化の一つぐらい披露したってバチは当たらないだろうに。君は雛見沢に存在する唯一神なんだ。()()()()のような後発宗教じゃないんだし、雛見沢に縁もゆかりもありまくる神様側が多少道理を歪めたところでお咎めなんてないと思うけどね」

 

 過去、羽入がストーキングしていたその時は彼の傍に必ず誰かしらが存在したせいで実体化が出来ていなかった。そう決めつけてみた雪だったものの、未だ彼の視界には羽入は現れず。

 

「加えて、君は君が見た情報の十全を古手に伝えちゃいない。前回のカケラで僕の後を付けていた割には、古手は想定よりも僕についてしらないままだった。無論、()()についてもね」

 

 それは雪が暫く抱いていた疑問であった。

 祭りに突如現れた魅音、彼女達が知るところの園崎詩音が現れた時も、図書室で()()に話しかけられた時も、梨花は全くそれを把握していなかった。

 当然、その結果とそして自身の経験則から、羽入が梨花に全てを話していない理由など概ね想像は出来るのだが。しかして一向に現れない神様の様子に、雪は溜息を吐き出し。

 

「強情だね、君は。こう見えても僕は僕なりに、制限の中でかなり譲歩していると思うんだけどなぁ…。ねぇ、□□□?」

 

 まるでそこに誰かが居ると言わんばかりに、右に顔を向けて同意を求める雪の姿に、羽入はただ無言のまま自らの左角をそっと撫でた。

 少なくとも()()()()()はず。再びそれを確かめた羽入だったが、全く聞き取ることが出来なかった言葉に目を細めたのだった。

 そんな羽入の様子を確認することなど出来ない雪は、隣にいるナニカの言葉にやれやれと肩を竦め。

 

「はいはい、この状況で君に同意を求めたのは僕が間違えマシタ。ま、いいや。どうせそんな回答が返ってくるのは目に見えていた……、違うか。聞くまでも無かったことだし。そもそも君には期待して───、ちょっと、叩くふりをしないで貰ってもいいかな!?当たらないってわかってても見えると怖いんだからね!?」

 

 反射的に体を仰け反らせて何かを回避するような行動をとり。ふぅ、と肩で息を吐きながら羽入の方へと視線を戻す。

 

「さて、おバカは放っておいて、独り言を続けさせてもらうね。もし返答する気になったら好きに返答してもらっても構わないよ」

 

 どうせ返答なんてするはずもないだろうが。そう分かり切っていることを考えながら、口を開こうとした雪は、目の前に現れたソレについ意図せぬ言葉を零してしまうのだった。

 

「……マジか、そっちはアリなんだ」

 

 〇

 

 人生で何番目かと数えられるぐらいには最悪の寝起きだった。

 そんな感想を噛み殺しながら椅子に腰かけた梨花は、ただただぼんやりと悪戯の準備を進める沙都子の様子を眺めていた。

 北条悟史の存在と、間宮リナの現状。その情報の咀嚼はまだ追い付いていないままだし、昨晩から羽入は再び姿を眩ませているしの状況で。梨花は込み上げてくる溜息の行方にも困っていたのだった。

 

 果たして、雪は何を企んで悟史を救い、間宮リナを手にかけたのだろうか。いや、手にかけたで括るのならばあの二人も、か。

 あの夫婦に引き取られた以上、悟史の症状が進行するのは自明の理であり、どんなに控えめに見積もったところで二年目の沙都子と同じ程度にはなっていたのではないだろうか。

 それをどう持ち直したのかは定かではないが、兎角沙都子程度に持ち直したものの、雪か入江か、或いは鷹野の考えで悟史はあそこに軟禁されていると見て間違いはないだろう。どうせ聞き出そうとしたところでまたしてもはぐらかされるのがオチだろう。

 やれ、奇跡には真実がどうのこうの、と。シャーロック・ホームズや江戸川乱歩、エルキュール・ポアロのような探偵物に毒されているのかもしれない。

 

「真実、真実ね……。なんかこう、虫唾が走るというか……」

 

 なんと言っていいのやら。自分でもよく分からないが、真実という言葉の響きそのものに違和感を覚えている。

 何故真実を積み重ねた先に奇跡があるのか。冷静に考えなくとも、真実がゴールであるべきなのでは、と。もう少し言い方を工夫するのならば、奇跡が真実を手繰り寄せる、とでも。

 どんな考えをしていたら奇跡がゴールになるのだろうか。奇跡を確実に引き寄せられるのならば、それは奇跡でもなんでもないだろうに。

 

「僕達にとっては悪くはない兆候だけど、もう少し人がいないときに浮かべるべき表情だよ、それ」

「───っ!?」

 

 何時の間にか登校していた雪の呆れた声音に、梨花は思わずビクリと体を跳ねさせた。どんな表情を浮かべていたのかと慌てて自身の頬を擦る梨花の姿に、雪は半笑いで言葉を続ける。

 

「お、驚かせないでちょうだい……」

「目の前から声をかけたのに?ま、それはそれとして安心していいよ。今の所、僕にしか見えてなかった筈だし、まだ園崎も前原達も登校しちゃいないしね」

「………因みに、どんな顔をしていたのかぐらいは教えてくれるのかしら?」

「そうだねぇ…。何を考えてたのか、なんて僕には想像もつかないことだけど、随分あくどいことを考えていそうな顔だったよ」

「あくどい…?」

 

 はて、そんなことを考えていただろうか、とつい先程の思考を振り返ってみるが、残念ながらあくどいに当てはまる様な考えには到底。

 雪の言う真実やら奇跡やらについてを考えていただけの梨花がそんな表情を浮かべる理由は無いと思われるのだが。

 あくどいと言われるような表情を浮かべる要因など閃くはずの無い梨花は、ただ雪に言い返そうと口を開きかけ、ふと見えたソレに顔を顰めるのだった。

 

「……首のソレ、昨日は無かった筈よ」

「………ああ。昨晩色々と考えてたら無意識のうちにね」

 

 首に貼られた、幅が少し広い絆創膏をなぞり、雪は浮かべていた薄ら笑みを辞める。前回の世界では癖だ何だと言っていたが、ほぼほぼ間違いなく雛見沢症候群の症状だろう。

 何を考えていたのかを問いただしたところで答えるはずもないだろうが、しかし、わざわざ症状を進行させうるような考えとは、穏便とは言い難く。彼自身もそれを理解しているからこそ、ほんの少しだけ言いづらそうにしていたと見える。

 

「色々、ね。そんなに悩みを抱えているようにはとても見えないけど?」

「悩みについても色々なものがあるだろう?例えば、問答無用で泊まっていく園崎達の食費はどこから捻出しよう、とか。園崎の将来の結婚相手は見つかるだろうか、とか。今の前原レースで園崎はどの程度の位置にいるだろうか、とかさ」

「………本当に、魅音と詩音が羨ましくなるぐらいシスコンね。私もそれぐらい好かれていたら直ぐに助けてもらえたのにね」

「ははは、僕の手には君は余るよ。現に二人の相手で両手は埋まってるしね」

「…………そういうところが羽入にシスコンって呼ばれる所以なのよ」

 

 目の前にいる笑顔の救われない男に、梨花はただただ悪態をつくことしかできなかった。本当に間宮リナと血が繋がっているのかと思ってしまう程のシスコンぶりは、あの羽入ですら呆れてしまうものなのだし。

 

「ちょっと雪さん、また梨花と内緒話ですの?」

 

 墨汁を片手に、不機嫌そうな表情を浮かべながら声をかけてきた沙都子の姿に、雪は苦笑いを返す。

 

「内緒話って…。ただの世間話だよ、ねぇ古手」

「そうなのですよ。今日の雪は朝から魅ぃと詩ぃの自慢話をしていたのですよ」

「…まあ、雪さんったら相変わらずですわね。私も魅音さんと詩音さんくらい可愛がって頂きたいものですわ」

「あの、語弊がある言い方はやめて欲しいなぁ……」

「それは雪さんの態度と誠意次第ですわ。ねぇ、梨花」

「みー、ふぁいとなのですよ、雪」

 

 満足気にニヤリと微笑んだ沙都子は、何事も無かったかのように悪戯の準備へと戻り。

 対して、沙都子相手には受け手に回ることしか出来ない雪はただ口を尖らせていた。

 

「二人の自慢なんてしてないと思うんだけどなぁ……」

「基準が違うのよ、シスコンなアンタとは」

「羽入さん、シスコン呼びは訂正してください…。お願いしマス……」

「……残念だけど、昨晩出掛けてからまだ帰ってきてないのよ。訂正なんて暫く出来ないわね」

 

 アンタの傍に居るんじゃないの、と。そんな意味合いを込めた視線を雪に向けた梨花だったものの、視界に映った雪の表情は珍しく困惑気味であった。

 理解出来ないと言わんばかりに眉をひそめ、左手で口元を押さえた雪は聞き取れない程の小さな声で何かを呟くこと十数秒。

 意を決したかのような、もしくは有り得ないと馬鹿にしているような。形容したがい面持ちで梨花の目を見つめた雪は、ただ至極真っ当な疑問を投げかけた。

 

「一応確認しておくけど。まさか、僕と北条兄妹以外の誰かが発症した、なんてことは無いだろうね?」

「………」

 

 ───知るか、そんなこと。羽入がそこらを彷徨いているのはいつもの事だろうに、何でお前はそういうことは知らないんだ、と。

 そう吐き捨てそうになった言葉を飲み込み。梨花はただ知らないと言わんばかりに肩を竦めて、否定を返すのだった。

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