狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
東から白み始めた空の下、純友の馬を引いて歩きながら。貞明は、さて、と切り出した。純友は騎乗せず一緒に横を歩いている。
「君たちが仇を討つに当たっての問題は二つ。一つ、賀茂忠行の居場所が特定できていない。二つ、忠行を殺せるだけの力が君たちにあるという確証、それがない」
それは無論そのとおりだ。宙を遊ぶモノらを操り、火や風と化す術はあの日以来、練習を重ねてはいたが。忠行があの日、式神とやらに使わせたほどの威力はない。
そもそも、童子丸たちが使う力は。自分たちのような、モノや鬼を見ることができる者には効く。忠行の式神に対しても効いた、鬼の類にも通じるのだろう。
だが、それらを見ることのできない人間に対してはほぼ効かない。わずかに火の熱さなり風の圧を感じる、その程度だ。
さらにいえば、物体を破壊する力も決して強くはない。これも陰陽師を演じたときに枝葉に炎を浴びせたが、ほんの少し焦げた程度。たとえ全力を出したとして、あの枝を焼き尽くすことはできなかっただろう。
一方、忠行の操る式神の力は、床や屋根さえ砕いていた。童子丸と尾花丸が、仮に忠行一人を相手にしたとしても、真正面から戦う限りは明らかな戦力差がある。
「それを、二つながらに解決する
「どういうことです」
童子丸が聞くと、純友が口を挟んだ。
「どうってこたねえんだあ! ちょいとよお! お宝をよお、ドロボウしに行くのよお!」
童子丸は眉根を寄せる。
「……? それは、どこから何を? 大体泥棒とは、お二人は海賊退治に向かうとうかがったはずじゃが」
貞明が苦笑する。
「今のでは分からないだろうね。要は、特別な力を持った宝を手に入れに行く。忠行の力など、問題にもならないほど強力な宝をね。そして、それを盗み出したことを忠行に知らせてやれば。奴にも全く関わりのないことではない、必ず追ってくる。つまり、おびき出せるというわけさ」
その宝が何なのか、忠行とどう関係するのかはともかく。筋としては通っているようだった。忠行の居場所は分からないにせよ、賀茂の屋敷にその内容の
尾花丸が口を開く。
「良イのか? ドロボウなんて……それニさ、仕事は?」
貞明はその肩を優しく叩いた。
「なに、仕事は仕事でやるさ。それに心配はいらない、正確には盗みに行くのではない。――取り返しにゆく、私のものを。かつて五十二年前まで、私のものであったそれをね」
貞明は頬を歪ませた。その顔には、くすぶるような笑みが浮かんでいた。
数日後のことであった。
夕日は右手の海の向こうに沈み、空は左手から夜の藍色に包まれつつあった。海の上で漂うようにくすぶる、炭火に似た残り日がわずかにそこへ抵抗を示していた。入り混じる光と影が赤と黒との
打ち寄せては引く波の音を聞きながら、童子丸は重い荷車を引いていた。隣では尾花丸が目を細め、潮の香りに鼻をひくつかせている。
横では貞明が馬上の人となり、ゆるゆると馬を歩ませていた。周囲には童子丸と同じく、
純友はそれらの先頭で、
道の右手には白い砂地が広がっていた。そこには、大人の腕でも抱え切れぬほどの幹を具えた松が、まるで海への道を塞ぐように生い茂っている。いずれも見上げるほどに高く、天へと昇る龍のように思い思いの方へ身を歪めつつ、砂地に岩のような根を盛り上げていた。
潮気を帯びた風がぬるく吹き抜け、雨のような音を立てていくらかの松葉が散った。その中で風に乗って遊ぶモノ、あるいは松葉にまとわりついて共に飛んでゆくモノらが、童子丸の目には見えていた。水泡の群れや、海草のひれを持つ魚、宙をたゆたう
道の左手には松原に沿うように延々と垣根が続いている。その向こうには大きな
――我々の知る歴史において。現在の大阪府・住吉大社は海から数キロ隔たった内陸の地に位置しているが、上古においては海岸線のほど近く、遣唐使船も旅立った重要港湾・住吉津を臨む位置に鎮座していたと考えられている。――
松風の音の中、そびえる大鳥居の前へと至る。
純友らは馬を降りた。全員が鳥居の前にて居並び、深く二礼。打ち払うような音を立てて二拍手。再び、深々と一礼。
純友が胸を張り、高々と声を上げた。
「とざい! とう~~~~ざあ~~~~~い!! 銭
童子丸と純友の部下らは一斉に荷車の
「とざい東西! 銭
全員で叫び、天へと投げつけるように、両手の銭を振り
何事かと、そこかしこから
純友が大きな両腕を広げ、満面の笑みを彼らに浴びせた。
「万歳! 万歳っ!
太い腕で大桶を軽々と抱え上げ、集まった人々へ浴びせるように銭を
「寄進だ! 寄進だああ! 銭
部下らも片手に銭を握り、片手を口に添えて声を上げる。
「寄進じゃ、寄進じゃ! 銭
「航海平安、武運長久! 海賊鎮撫の御加護
「
雨のように振り
「やあやあやあ! 伊予住みの長き田舎者にて
片腕で相手を軽々と抱え上げ。提げていた大
「さあさ、どなたもこなたも
同じ言葉を繰り返し叫び、部下らが大社の敷地を駆ける。手にした
騎馬の者らの中には、貞明も混じっていた。童子丸もまた、その後ろに相乗りしていた。二人だけは銭も
「銭
そのまた後ろ、馬の尻に後ろ向きで乗った尾花丸だけは、大口開けて叫んでいたが。その声は無論、二人の他には誰にも聞こえない。