狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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十三話  藤原純友、神参りにて散財す

 

 東から白み始めた空の下、純友の馬を引いて歩きながら。貞明は、さて、と切り出した。純友は騎乗せず一緒に横を歩いている。

「君たちが仇を討つに当たっての問題は二つ。一つ、賀茂忠行の居場所が特定できていない。二つ、忠行を殺せるだけの力が君たちにあるという確証、それがない」

 

 それは無論そのとおりだ。宙を遊ぶモノらを操り、火や風と化す術はあの日以来、練習を重ねてはいたが。忠行があの日、式神とやらに使わせたほどの威力はない。

 そもそも、童子丸たちが使う力は。自分たちのような、モノや鬼を見ることができる者には効く。忠行の式神に対しても効いた、鬼の類にも通じるのだろう。

だが、それらを見ることのできない人間に対してはほぼ効かない。わずかに火の熱さなり風の圧を感じる、その程度だ。似非(えせ)陰陽師を演じたときにそうであったように。

 

 さらにいえば、物体を破壊する力も決して強くはない。これも陰陽師を演じたときに枝葉に炎を浴びせたが、ほんの少し焦げた程度。たとえ全力を出したとして、あの枝を焼き尽くすことはできなかっただろう。

 一方、忠行の操る式神の力は、床や屋根さえ砕いていた。童子丸と尾花丸が、仮に忠行一人を相手にしたとしても、真正面から戦う限りは明らかな戦力差がある。

 

「それを、二つながらに解決する(すべ)がある。そしてそれを、丁度私たちもやろうとしていたところでね。ああ、気を遣う必要はない。君たちの目的に関係なく、私たちにはそれが必要だからね」

 

「どういうことです」

 

 童子丸が聞くと、純友が口を挟んだ。

「どうってこたねえんだあ! ちょいとよお! お宝をよお、ドロボウしに行くのよお!」

 

 童子丸は眉根を寄せる。

「……? それは、どこから何を? 大体泥棒とは、お二人は海賊退治に向かうとうかがったはずじゃが」

 貞明が苦笑する。

「今のでは分からないだろうね。要は、特別な力を持った宝を手に入れに行く。忠行の力など、問題にもならないほど強力な宝をね。そして、それを盗み出したことを忠行に知らせてやれば。奴にも全く関わりのないことではない、必ず追ってくる。つまり、おびき出せるというわけさ」

 

 その宝が何なのか、忠行とどう関係するのかはともかく。筋としては通っているようだった。忠行の居場所は分からないにせよ、賀茂の屋敷にその内容の(ふみ)でもよこしてやれば、そこから連絡がゆくだろう。

 

 尾花丸が口を開く。

「良イのか? ドロボウなんて……それニさ、仕事は?」

 

 貞明はその肩を優しく叩いた。

「なに、仕事は仕事でやるさ。それに心配はいらない、正確には盗みに行くのではない。――取り返しにゆく、私のものを。かつて五十二年前まで、私のものであったそれをね」

 貞明は頬を歪ませた。その顔には、くすぶるような笑みが浮かんでいた。

 

 

 数日後のことであった。

 夕日は右手の海の向こうに沈み、空は左手から夜の藍色に包まれつつあった。海の上で漂うようにくすぶる、炭火に似た残り日がわずかにそこへ抵抗を示していた。入り混じる光と影が赤と黒との(あわい)の色に辺りを重く染め、誰の顔もおぼろげにしか見えない。()(がれ)時。

 打ち寄せては引く波の音を聞きながら、童子丸は重い荷車を引いていた。隣では尾花丸が目を細め、潮の香りに鼻をひくつかせている。

 横では貞明が馬上の人となり、ゆるゆると馬を歩ませていた。周囲には童子丸と同じく、(むしろ)をかぶせた何台もの荷車を引く男たちがいた。それぞれに太刀を()いた、純友の部下だった。騎乗の者らもおり、鞍をつけているが誰も乗ってはいない、替え馬を何頭も引き連れていた。

 純友はそれらの先頭で、(ひづめ)の音を悠々と響かせていた。腰には黒漆塗りの長大な太刀と、一升も入るかと思われる大瓢箪(ふくべ)が揺れている。

 

 道の右手には白い砂地が広がっていた。そこには、大人の腕でも抱え切れぬほどの幹を具えた松が、まるで海への道を塞ぐように生い茂っている。いずれも見上げるほどに高く、天へと昇る龍のように思い思いの方へ身を歪めつつ、砂地に岩のような根を盛り上げていた。

 潮気を帯びた風がぬるく吹き抜け、雨のような音を立てていくらかの松葉が散った。その中で風に乗って遊ぶモノ、あるいは松葉にまとわりついて共に飛んでゆくモノらが、童子丸の目には見えていた。水泡の群れや、海草のひれを持つ魚、宙をたゆたう海月(くらげ)。やはりこの辺りは、水の気を帯びたモノが多い。

 

 道の左手には松原に沿うように延々と垣根が続いている。その向こうには大きな(やしろ)が見えた。

 (あか)()を塗られた柱に白い壁。桧皮(ひわだ)を分厚く葺《ふ》いた屋根の上には、交差した千木(ちぎ)屹立(きつりつ)している。武者兜の前立てや鍬形(くわがた)虫の大顎(おおあご)にも似たそれは、天を刺すかのように鋭い独特の造りだった。

 摂津国(せっつのくに)住吉(すみよし)。そこに鎮座する住吉大社。海と航海の神を奉るそこにこそ、貞明のいう神宝がある。

 

 ――我々の知る歴史において。現在の大阪府・住吉大社は海から数キロ隔たった内陸の地に位置しているが、上古においては海岸線のほど近く、遣唐使船も旅立った重要港湾・住吉津を臨む位置に鎮座していたと考えられている。――

 

 松風の音の中、そびえる大鳥居の前へと至る。

 純友らは馬を降りた。全員が鳥居の前にて居並び、深く二礼。打ち払うような音を立てて二拍手。再び、深々と一礼。

 純友が胸を張り、高々と声を上げた。

「とざい! とう~~~~ざあ~~~~~い!! 銭()くどおお!!」

 

 童子丸と純友の部下らは一斉に荷車の(むしろ)をめくる。姿を見せたいくつもの大桶の中に手を突っ込んだ。じゃらじゃらと音を立てる、銭の山に。

「とざい東西! 銭()くど!」

 全員で叫び、天へと投げつけるように、両手の銭を振り()いた。

 

 何事かと、そこかしこから禰宜(ねぎ)神人(じにん)らしき者らや敷地の松葉を掃いていた下人らがいぶかしげな顔をのぞかせ、鳥居の方へと寄ってくる。

 

 純友が大きな両腕を広げ、満面の笑みを彼らに浴びせた。

「万歳! 万歳っ! (ばん)(ばん)っ歳っっ! 正一位住吉大明神の御前にて、(かしこ)(かしこ)み申し上げるぜえ! それがし前伊予掾(さきのいよのじょう)、藤原北家が末の純友! この度御上より、海賊鎮撫を申しつけられたによって――」

 太い腕で大桶を軽々と抱え上げ、集まった人々へ浴びせるように銭を()いた。

「寄進だ! 寄進だああ! 銭()くど! 銭()くどおおおお!!」

 

 部下らも片手に銭を握り、片手を口に添えて声を上げる。

「寄進じゃ、寄進じゃ! 銭()くど!」

「航海平安、武運長久! 海賊鎮撫の御加護(ねご)うて、藤原の殿が神参りじゃ! 住吉様の神祭りじゃ!」

何方(どなた)此方(こなた)も寄ってこい! 明神様への賽銭じゃ、銭()くど、銭()くどお!」

 

 雨のように振り()かれる銭の中、おろおろと辺りを見回す禰宜(ねぎ)らの中。位の高いらしい年かさの者の方へと、純友は笑って歩む。

「やあやあやあ! 伊予住みの長き田舎者にて(わきま)えもなく、不調法御免なれ! 明神様を言祝(ことほ)(たてまつ)ろうと、浮かれ出でた次第にござる!  まあまあここは一献(いっこん)、それがしのおごりにて()まっしゃい!」

 片腕で相手を軽々と抱え上げ。提げていた大瓢箪(ふくべ)を、その口へと含ませた。

 

 酎酒(つくりかえせるさけ)の強さに早くも酔ったか、むせ返りつつ顔を赤くした男を離し。純友の大きな手は、別の者を捕まえた。

「さあさ、どなたもこなたも()まっしゃい()まっしゃい! 銭やっど、銭()くどおお!!」

 同じ言葉を繰り返し叫び、部下らが大社の敷地を駆ける。手にした(ざる)や袋から、銭を辺りに浴びせつつ。中には馬に乗って駆ける者もいた。

 

 騎馬の者らの中には、貞明も混じっていた。童子丸もまた、その後ろに相乗りしていた。二人だけは銭も()かず叫びもせず、一直線に駆けていた。

「銭()クど! 銭()クどぉぉ!」

 そのまた後ろ、馬の尻に後ろ向きで乗った尾花丸だけは、大口開けて叫んでいたが。その声は無論、二人の他には誰にも聞こえない。

 

 

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