狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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十四話  神の宝を護るもの

 

 背を低めて手綱(たづな)を握り、馬を駆けさせつつ貞明が言う。

「住吉大社を管理するのは津守(つもり)氏、付近一帯の土地と港を(つかさど)る大豪族だ。無論、彼らが警備する大社において、神宝を正面から奪うことなどできはすまい。忍び込んで盗むにしても、見咎(みとが)められればどうなるか。考えたくもないところだ」

 小さくかぶりを振って続けた。

「だが、神社(かみやしろ)というものは神を奉るのが仕事……さらにいえば、人から祭り上げられるのが仕事でね。襲撃してくる者ならばともかく、祈願と言祝(ことほ)ぎに参った者、大騒ぎするにせよ銭を寄進に来た者らを、無下に捕らえるわけにもいかない。押し留めようとはするだろうが、その対処が決定されるまでにまず時間がかかる」

 

 馬の背に揺られながら童子丸は笑う。

「その隙にお宝をいただこうっちゅうんじゃから、さても(ばち)当たりなお人じゃ。……そこまでして、銭もあんだけばら()いて、手に入れようっちゅうお宝。いったい何なんです」

 

 貞明は風の中、口笛のように細く息をついた。

「……いやしかしいい気分だ、若い頃を思い出すね。君たちぐらいの頃にはよく屋敷の庭で馬を駆けさせたものさ、こうして風を切ってね。無論、大人どもにはいい顔をされなかったがね。――さて、ここだ」

 

 ()塗り柱と桧皮葺(ひわだぶき)の社を通り過ぎ、板張り壁に高床(たかゆか)(そな)えた板校倉(いたあぜくら)造りの倉を通り過ぎ。たどり着いたのは、松林に埋もれるように建てられた小さな倉庫。先程の倉を小さくしたような高床の造りではある。

 

 尾花丸がのぞき込むように身を乗り出す。

「……こんナ物置みたイな所にあルのか? あノ大きな倉とか、(やしろ)に奉らレてるとかじゃナく?」

 

 下馬した後、近くの松へと馬を引いて繋ぎながら貞明が言う。

「そもそもここに在るはずのない、在ってはならない代物なのでね。堂々と奉るわけにも、宝として収めるわけにもいくわけがない。あるとすればそう、忘れられたような小さな倉。それでいて湿気から保護するため、地面から離れた高床の造り。ここだ」

 

「そりゃええとしても、そんな大事なもんなら錠前か何ぞが――」

 童子丸は倉の扉に目をやったが。そこに錠の類はなかった。ただ両の扉に細く、日に焼けていない部分が――錠前がかかっていたであろう跡が――見えるだけだった。

 

 歩みながら貞明が笑う。

「なに、私もこれで顔が広い方でね。ここの者の一人に言って、こっそり外してもらっている。相応の銭を握らせてね」

 

 後をついて歩みながら童子丸は言う。

「そんなら、中のもんもそいつに盗ませちゃあ……ああ、そこまで背負わすには責任がでか過ぎる、ッちゅうわけですか」

 

 貞明は振り向かず、倉の階段を上がる。

「その事もあるがね。おそらくそれは不可能なのだよ、そもそも。……さ、開けるぞ」

 

 貞明が扉の片方に手をかける。童子丸も反対の扉に手をかけ、尾花丸も手を添えた。

 

「一、二ノ、三!」

 尾花丸のかけ声に合わせ、扉を引き開ける。

 

 がらん、とした部屋であった。物置のような外見に反して――ただしよく見れば板壁も床も分厚く、針を差し込む隙間もないほどきちりと造られている――、何もない部屋であった。

 ただ、その真ん中に。机のような台が置かれていた。その上には古びた木箱が載せられており、木箱の両脇には供え物でもするかのように高杯(たかつき)が置かれていた。

 木箱は細長いものだった。横幅は大人が片腕を伸ばしたよりまだ少し長い。高さと奥行きはいずれも、大人の手首から指先ほどの長さ。何にせよ、決して大きなものではない。漆が塗られるでも黄金細工に飾り立てられるでもない、板肌が古びて灰色にくすんだ木箱だった。

 

 これが本当にお宝なのか、中に何が入っているというのか。童子丸はそう思ったが。

 

「おお……!」

 ()かれたようにふらふらと、貞明は箱へと歩み寄っていた。

 

 そのとき、尾花丸が匂いをかぐように鼻を鳴らす。とたん、鼻柱に歪んだしわを寄せ、うるるる、と怒ったように喉を震わす。

「危ナい!」

 毛むくじゃらの手を伸ばし、貞明の衣を引っつかんだ。

 

 貞明の歩もうとした先では。かたかたと音を立て、二つの高杯(たかつき)が震えていた。いや、その上に置かれたものが。一分の狂いもなく真四角に、分厚く畳まれた白紙が。

 

 それが何なのか気づき、童子丸の頬が引きつる。

「こいつは……!」

 

 うるる、と変わらず(うな)りながら、尾花丸はそれをにらんでいる。

「奴ノ、忠行ノ、式神……!」

 

 貞明は苦く笑っていた。

「いやすまない、待ち望んだ宝をいざ目の前にすると、思わず夢中にね。ただ、こうなることは予想していた。住吉大社で執り行なわれる八十嶋祭(やそじまのまつり)――天皇の即位儀礼に属する祭礼、日本国土の神々の力を帝へ降ろすための儀式とされる――には陰陽道の要素が色濃い。陰陽師たる忠行が住吉と関わっていても不思議はないわけだ。このような秘事に、その護りに関わっていてもね」

 

 そう喋る間にも式神は震え、高杯(たかつき)を倒し。床にひらりと落ちた後、ぱたりぱたりと広がって、山折り谷折り立ち上がり。人に近い形を成していた。

 角張った紙の鎧冑(よろいかぶと)、唐風のそれを身にまとい、白紙の剣を構えた武人。いや、口から牙をのぞかせ、並の人の背丈を越えて頭を天井にこするような、それらは二体一対の鬼神。

 

 童子丸はいつの間にか、自分の腕を押さえていた。母が殺されたとき、式神の火の粉を浴びた箇所が、焼けつくように痛んでいた。尾花丸も同様に、自身の肩を押さえていた。

 

 貞明は式神の胸元に目をやる。紙の内に書かれてでもいたのか、それらの名前らしきものがあった。

「『神荼(しんと)』『鬱塁(うつるい)』……なるほど、鬼門――(うしとら)、北東の方角――を守護すると伝えられる一対の門神、悪鬼を(あし)で縛り上げて虎に食わすというそれを模したか。つまりこれらは奴の【式神神荼(しんと)】【式神鬱塁(うつるい)】といったところ……うむ、神宝であると同時に慎重に忌むべきものでもあるところのこの宝を守護するには正にふさわしい選択と言えようね、なるほどなるほど、奴もさすがだと――」

 

 納得したように貞明がうなずく中、童子丸はすでに身構えていた。

「ンなこと呑気(のんき)に言うとる場合かッ、どけや貞じい! やるぞ尾花(ハナ)、いざ仇討ちの練習といこうや!」

 

 牙を剥いた尾花丸がうなずく。

「おウ、童子! 奴ノ式神、母さまノ仇! 微塵(みじん)に裂イて捨テてくレる!」

 

 

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