狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
紙造りの鬼神らが兄弟の方へと踏み込み、大剣を振るう。白紙で造られた剣は風を切る音を立て、分厚い床板を
童子丸は、ひゅ、と短く口笛を吹く。
「水のモン集まれ、渦を巻けッ!」
それらが融け合い、丸くたゆたう水の塊となり。やがて渦巻く流れへと姿を変え、片方の鬼神へと殺到した。
尾花丸もそのときにはもう、ち、ち、と短く舌を鳴らしていた。
「
黄土色の毛に覆われた手の上、宙を遊ぶモノらが集う。
それらが
だが、貞明は苦く顔をしかめる。
果たして。二体の鬼神は白紙の剣を軽々と振るい、絡め取るように水流と
「何ィ……!」
「そん、ナ……」
ふむ、と貞明は一つうなずく。
「二人とも悪くない術だった、
四書五経を紐解くように貞明が淡々と語る間にも。
式神の片方、
「【
その鎧の袖口から、紙で
「なッ!?」
「グぅ……!」
童子丸が縛られた手足をばたつかせ、尾花丸が絡みつかれた体をよじらせ、紐を噛みちぎろうと苦戦する。
式神のもう片方、
「【
鎧の袖口から、宙を遊ぶモノどもがこぼれ落ちる。それらはたちまち融け合い、青緑の光を帯びて渦を巻き。そのまま光る風となって、吹き荒ぶ音と共に二人へ向かってきた。
童子丸はもがくことも忘れ、縄の群れに縛られたまま。口を開けて、その光景を見ていた。
――これは。この力は、同じだ。母が殺されたあのときの、紙造りの龍が放ったものと。母を殺した、忠行の力だ。
貞明が足を踏み出し、両手を前へと突き出す。
「
二人の前で、金属の気を帯びたモノども――針金の脚と触覚を持った
鬼神の視界から二人を塞ぐほど大きなそれら鉄板は、風を散らす楯となり。同時にその下端が、二人を縛る紙紐を断ち切っていた。
「さて、授業の続きだ。陰陽道が説く
淡々と続く貞明の話を、童子丸は聞いてなどいなかった。
それより、体が内から震える。あの光景、目の前に光る風が迫るあの光景を見て。それはきっと、母が死ぬときに見た光景。
震える。震える。体が震える。恐怖のためなどではない。
もしも今、貞明が助けに入っていなければ。死んでいた、自分が。何より、弟が。
もしも、助けが間に合わなかったら。尾花丸までも母と同じに、忠行に殺されていた。
「忠行ィ……忠行! 畜生が……ッ!」
震えて火打ち石のようにかち合う歯を、噛み締めた。震える指を握り締めた拳に、体温以上の熱を感じた。
そして頭に浮かぶ、母が見たであろうもう一つの光景。紙造りの大鳥から放たれた、炎。
体が、震える。燃えるほどに。
「あああ……ォあああッッ!」
童子丸の叫びと共に、体中から吹き上がる。赤く火の気を帯びたモノどもが。それらは赤熱して融け合い、互いを赤く燃やし合い、高く渦を巻いて火柱を成し。その渦がある形を取る。
燃え盛る炎の翼を広げ、その背から舞う火の粉が飾り尾のように低く散る。火の首を高く掲げたそれは、炎で形作られた
尾花丸が隣で大口を開け、貞明さえ目を剥いた。
「ナっ……」
「何……だと……!?」
童子丸は叩きつけるように叫ぶ。
「焼き、尽くせェッ!」
火の粉を散らして羽ばたき、炎の鳥が敵へと翔ぶ。鬼神が放つ風を受け、よろめくもなおも羽ばたき、風を切る。振り下ろされた紙の剣もその行く手を阻めはせず、たちまちに焦げ、よじれ、燃え落ちた。
炎の鳥に打ち当たられた、鬼神の体も同様だった。大穴を開けられ黒く焦げ、灰となてこぼれゆき。自らの体を支えることももはやできず、灰煙を上げて崩れ落ちた。
尾花丸が尻尾を逆立て、それから強く打ち振った。
「すっ……ゲ、すゲえ! 俺だっテ……!」
火のモノを集めかけていた尾花丸を、貞明が手で制する。
「待て、まずは
「斧……『金』のモノ!」
再び放たれた紙の縄へ、尾花丸は軽く腕を振るった。縄はいずれもその体へ届くことなく、分かたれて床へと落ちた。
尾花丸の指先からは長く、爪が伸びていた。白い刃を
金の気を帯びたモノがさらに寄り集まり、尾花丸の体を覆い。その体毛を針へと変えた。さらには肘から膝から背中から、
「ほう……!」
貞明が目を見開き、そして笑う。
突進する尾花丸は、振り下ろされた紙の剣を苦も無く裂き。鬼神へ体ごと打ち当たり、
やがて炎の鳥や、尾花丸に生え出た刃が、霧が引くように姿を消す。貞明が現出させた楯もすでにかき消えていた。
貞明は笑みを浮かべたまま二人を見回し。何か言いかけるように口を開いたが。
「ふ……ふっはは、ははは、あはははは! 素晴らしい、いや実に! 実に愉快だ、素・晴・ら・し・い!」
手を一つ打ち、尾花丸を見る。
「まず尾花丸、上手く
童子丸に顔を向ける。
「そして童子丸、大したものだ、大したものだ! 確かに確かに『
「別に」
面白いわけでもなく、童子丸は視線を落としてつぶやいた。
「何でもない。焼かれて死なん生き物などおらん。それだけじゃ」
およそこの世に、火に強い生物など存在はしない。
童子丸は拳を握る。その手に焦げるような熱が宿り、指の間から火の粉が昇る。
――奴も、いずれそうしてやる。母の痛みを、味わわせてやる。