狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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十五話  神宝護る式神 対 狐の子たるセイメイ兄弟

 

 紙造りの鬼神らが兄弟の方へと踏み込み、大剣を振るう。白紙で造られた剣は風を切る音を立て、分厚い床板を穿(うが)ったが。兄弟はすでに飛びすさり、反撃の体勢を整えていた。

 

 童子丸は、ひゅ、と短く口笛を吹く。

「水のモン集まれ、渦を巻けッ!」

 (ちり)のように辺りを漂うモノらが、かざした掌の上へと集まる。虫のような透明の羽根を持つ、小指の先ほどの海月(くらげ)(わし)の翼を(そな)えた飛魚(とびうお)目高(めだか)ほどの大きさの龍の群れ。

 それらが融け合い、丸くたゆたう水の塊となり。やがて渦巻く流れへと姿を変え、片方の鬼神へと殺到した。

 

 尾花丸もそのときにはもう、ち、ち、と短く舌を鳴らしていた。

砂礫(されき)となリ打テ、土のモノども!」

 黄土色の毛に覆われた手の上、宙を遊ぶモノらが集う。瑪瑙(めのう)造りの青く透けた羽根を震わす蜻蛉(とんぼ)手毬(てまり)のように跳ね回る柔らかい石。(せみ)の羽根と丸い目玉、刺すような長い口吻(こうふん)(そな)えた勾玉(まがたま)

 それらが輪郭(りんかく)をなくし、混ざり合い。砂塵(さじん)と石の群れとなって、擦れ合う音を立てながらもう片方の鬼神へと覆いかぶさった。

 

 だが、貞明は苦く顔をしかめる。

 果たして。二体の鬼神は白紙の剣を軽々と振るい、絡め取るように水流と砂礫(されき)を受け流し、散らした。紙の鎧には染み一つなく、飛沫と砂煙が辺りに漂うばかりだった。

 

「何ィ……!」

「そん、ナ……」

 

 ふむ、と貞明は一つうなずく。

「二人とも悪くない術だった、天賦(てんぷ)の才、いや母君の血かね。では、その力がなぜ通用しなかったのか? 忠行の力がそれほどに優れているから、ではない。ここ数日、君たちには教えていたはずだが。陰陽道の(ことわり)(いわ)く――」

 

 四書五経を紐解くように貞明が淡々と語る間にも。

 式神の片方、神荼(しんと)と胸に書かれた方が剣を持たない片手を掲げる。角張って折られた口が動き、擦れるような低い声を上げた。

「【葦縄(アシナワ)】」

 その鎧の袖口から、紙で()られた縄が幾十本も、二人を覆うように放たれる。

 

「なッ!?」

「グぅ……!」

 童子丸が縛られた手足をばたつかせ、尾花丸が絡みつかれた体をよじらせ、紐を噛みちぎろうと苦戦する。

 

 式神のもう片方、鬱塁(うつるい)と書かれた方が手を掲げる。

「【虎風(トラカゼ)】」

 鎧の袖口から、宙を遊ぶモノどもがこぼれ落ちる。それらはたちまち融け合い、青緑の光を帯びて渦を巻き。そのまま光る風となって、吹き荒ぶ音と共に二人へ向かってきた。

 

 童子丸はもがくことも忘れ、縄の群れに縛られたまま。口を開けて、その光景を見ていた。

 ――これは。この力は、同じだ。母が殺されたあのときの、紙造りの龍が放ったものと。母を殺した、忠行の力だ。

 

 貞明が足を踏み出し、両手を前へと突き出す。

金気(きんき)よ! 【鉄楯(くろだて)】!」

 二人の前で、金属の気を帯びたモノども――針金の脚と触覚を持った飛蝗(ばった)。泡のようにたゆたう、(とろ)けた銀の塊。刃の鱗を(そな)えた子蛇が自らの尾を咬み、その輪に別の蛇が尾を通して咬み、幾匹も鎖のように連なったもの――が集まり、融け合い、平たい鉄の塊となり。音を立てて二人の前に落ちた。

 鬼神の視界から二人を塞ぐほど大きなそれら鉄板は、風を散らす楯となり。同時にその下端が、二人を縛る紙紐を断ち切っていた。

 

「さて、授業の続きだ。陰陽道が説く五行説(ごぎょうせつ)においてこの世の事物は五つの属性に分けられるという。すなわち(もく)()()(ごん)(すい)。そしてそれら五つの間には生かす力関係――相生(そうしょう)――と殺す力関係――相剋(そうこく)――があるわけだが。つまり君たちの攻撃はそれに反するが故に通じず、私の力は――」

 

 淡々と続く貞明の話を、童子丸は聞いてなどいなかった。

 それより、体が内から震える。あの光景、目の前に光る風が迫るあの光景を見て。それはきっと、母が死ぬときに見た光景。

 震える。震える。体が震える。恐怖のためなどではない。

 もしも今、貞明が助けに入っていなければ。死んでいた、自分が。何より、弟が。

 もしも、助けが間に合わなかったら。尾花丸までも母と同じに、忠行に殺されていた。

 

「忠行ィ……忠行! 畜生が……ッ!」

 震えて火打ち石のようにかち合う歯を、噛み締めた。震える指を握り締めた拳に、体温以上の熱を感じた。

 そして頭に浮かぶ、母が見たであろうもう一つの光景。紙造りの大鳥から放たれた、炎。

 体が、震える。燃えるほどに。

「あああ……ォあああッッ!」

 童子丸の叫びと共に、体中から吹き上がる。赤く火の気を帯びたモノどもが。それらは赤熱して融け合い、互いを赤く燃やし合い、高く渦を巻いて火柱を成し。その渦がある形を取る。

 燃え盛る炎の翼を広げ、その背から舞う火の粉が飾り尾のように低く散る。火の首を高く掲げたそれは、炎で形作られた(おおとり)。忠行が紙で造ったそれを、気づけば童子丸は火で再現していた。

 

 尾花丸が隣で大口を開け、貞明さえ目を剥いた。

「ナっ……」

「何……だと……!?」

 

 童子丸は叩きつけるように叫ぶ。

「焼き、尽くせェッ!」

 火の粉を散らして羽ばたき、炎の鳥が敵へと翔ぶ。鬼神が放つ風を受け、よろめくもなおも羽ばたき、風を切る。振り下ろされた紙の剣もその行く手を阻めはせず、たちまちに焦げ、よじれ、燃え落ちた。

 炎の鳥に打ち当たられた、鬼神の体も同様だった。大穴を開けられ黒く焦げ、灰となてこぼれゆき。自らの体を支えることももはやできず、灰煙を上げて崩れ落ちた。

 

 尾花丸が尻尾を逆立て、それから強く打ち振った。

「すっ……ゲ、すゲえ! 俺だっテ……!」

 

 火のモノを集めかけていた尾花丸を、貞明が手で制する。

「待て、まずは(ことわり)どおりにやってみたまえ。あれらが(かたど)った神荼(しんと)(あし)鬱塁(うつるい)は桃の化身といわれていてね。要は『木のモノ』、風もまた五行に当てはめれば木性(もくしょう)に属する。木を伐り倒すのはすなわち――」

 

「斧……『金』のモノ!」

 再び放たれた紙の縄へ、尾花丸は軽く腕を振るった。縄はいずれもその体へ届くことなく、分かたれて床へと落ちた。

 尾花丸の指先からは長く、爪が伸びていた。白い刃を(そな)えた爪。金気のモノで形作った、太刀の如き鋼の爪。

 金の気を帯びたモノがさらに寄り集まり、尾花丸の体を覆い。その体毛を針へと変えた。さらには肘から膝から背中から、(なた)のような分厚い刃が飛び出す。

 

「ほう……!」

 貞明が目を見開き、そして笑う。

 突進する尾花丸は、振り下ろされた紙の剣を苦も無く裂き。鬼神へ体ごと打ち当たり、縦横(じゅうおう)に爪を振るい抜き。紙屑へとその体を変えた。

 やがて炎の鳥や、尾花丸に生え出た刃が、霧が引くように姿を消す。貞明が現出させた楯もすでにかき消えていた。

 

 貞明は笑みを浮かべたまま二人を見回し。何か言いかけるように口を開いたが。(こら)えかねたように笑い出した。内から爆ぜたように。

「ふ……ふっはは、ははは、あはははは! 素晴らしい、いや実に! 実に愉快だ、素・晴・ら・し・い!」

 手を一つ打ち、尾花丸を見る。

「まず尾花丸、上手く相剋(そうこく)(ことわり)を使った、そう『金剋木(きんこくもく)』! いやそれ以上に、まさか自らを式神の如く使うとは! いやはや君ならではの妙技といえよう、素晴らしさの極みだね!」

 童子丸に顔を向ける。

「そして童子丸、大したものだ、大したものだ! 確かに確かに『木生火(もくしょうか)』、相生(そうしょう)(ことわり)に乗っ取ってはいるが。まさか敵の風すら跳ね飛ばすとはね、いったいあれは――」

 

「別に」

 面白いわけでもなく、童子丸は視線を落としてつぶやいた。

「何でもない。焼かれて死なん生き物などおらん。それだけじゃ」

 およそこの世に、火に強い生物など存在はしない。陰陽(おんみょう)五行(ごぎょう)のというより先の、それは明確な(ことわり)だった。人も木も虫も鳥も魚も獅子も、焼かれれば死ぬ。母がそうであったように。

 童子丸は拳を握る。その手に焦げるような熱が宿り、指の間から火の粉が昇る。

 ――奴も、いずれそうしてやる。母の痛みを、味わわせてやる。

 

 

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