狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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十六話  神の剣よ、我が下に還れ

 

 貞明は円く口を開けていた。それから肩を震わせ、息を吹き出し。背を折り曲げ、震えながら笑っていた。

「ふふ、はは、そうだ、それだ! いや実に頼もしいな君は、五行の力を使いながら五行の(ことわり)を無視するか! そうだっ、それだ、そもそも陰陽道などと! 下らぬ!」

 両手の指を震わせ、折り曲げ。握り潰すように拳を作る。払うようにそれを振り回し、唾を飛ばして言葉を並べた。

「なぁぁにが陰と陽だ五行だ! 二だの五だのとそんな数字でこの世を測ったつもりか分かったつもりか自分のものとしたつもりか! 実に唾棄(だき)すべき愚かな悪習だ愚かだ! そんなもので測ったつもりかこの世をこの私を――この私を!」

 

 童子丸は、尾花丸も、目を瞬かせて無言でいた。

 いったい。どうしたというのだ、突然。だいたいお宝は手に入れたのだ、すぐにでもここを離れるべきではないのか。

 いや、そもそも。この人は、いったい何者――

 

 そのとき。部屋の奥から何か引きずるような音がした。

 見れば、焦げた紙と裂かれた紙とが――童子丸たちが倒したはずの式神が――寄り集まり、震えながら立ち上がり。焦げた腕を掲げると、貞明へと黒い爪を振り下ろした。

 

「! 危な――」

 

 童子丸たちが動くよりも早く、貞明は机の上の木箱を手にし。その(ふた)を開けていた。

 光が洩れた。目を射るような光が。

 思わず目をつむり、手を目の前に掲げた童子丸だったが。薄目を開けてみて分かった、光などではなかった。

 光を帯びた、無数のモノ。火の水の木の土の金の、色とりどりの気を帯びたモノらが箱の内から、辺りを埋め尽くすように立ち昇っていた。

 無数のモノらの向こう、箱の中身がわずかにのぞき見えた。それは剣。

 

 全長三尺――90センチ――にも満たない、両刃造りの小振りな直剣。全体がざらざらとした黒錆(くろさび)に覆われており、古びた印象は拭えない。もっとも、鉄を芯まで喰い尽す赤錆(あかさび)と違い、黒錆(くろさび)は表面のみを覆って中身をむしろ腐食から守る。あるいは故意に錆びさせているのかとも思えた。

 その刀身自体はごく当たり前の形ではあったが。(つば)は、(つば)の形を成していなかった。その部分と柄頭(つかがしら)だけが、まるで切り出した鉱石そのままのような、いや、岩山そのもののような姿を分厚く重くさらしていた。その間の(つか)はいくつかの節が立っており、それぞれ節目から節目へと内反りの曲線を描く造りだった。ちょうど竹のよう、いや、骨のような。

 果たしてこれは打ち鍛えられた剣なのか。山から削り出した石塊(せきかい)か、あるいは巨大な生き物を殺して取り出した骨ではないのか。そのいずれとも取れる姿であった。そして光が洩れ出るかのように、その身から無数のモノらが湧き出、昇り立ち、叢雲(むらくも)のように取り巻いていた。

 

 ――何だ、これは。

 その剣を見たのは一瞬のことだった、それでも目が離せなかった。

 こんなものは見たことがなかった――まるで宙を遊ぶモノらが凝縮され硬く打ち鍛えられ、鋼へ変じたかのような姿。実体を伴った、巨大なモノ。

 体の芯が呼ばれるようにうずいた。ことに、母を討った炎を浴びた腕が焼けつくように痛み、思わず腕を握った。なぜか、母の断末魔の声を耳の奥で聞いた。

 隣では尾花丸も、かつて火の粉を浴びた肩を押さえていた。

 

「我が剣よ。打ち(はら)え」

 貞明の声と同時に、金の気を帯びたモノが宙に集う。それらは両刃剣の、ちょうど箱の中身を模した、ただし真新しい剣の形を成していた。

剣は音もなく宙を(ひらめ)き、敵を二つに裂いた。式神はそのまま崩れ、灰となって散り、二度と立ち上がってはこなかった。

 

 真新しい剣が再び金気となってほころび、姿をかき消す中。貞明が愛おしげに箱をなでる。

「我が剣よ、ようやく還ってきてくれたね。もっとも、私も見るのは初めてだが。『古事記』いうところの神宝『草那芸之大刀(くさなぎのたち)』を」

 

 草那芸之大刀《くさなぎのたち》。その名は童子丸にも、聞き覚えがないではなかった。つまり――草薙剣(くさなぎのつるぎ)。かつて荒ぶる神が、討ち果たした悪しき大蛇(おろち)神の尾から取り出し、天へと献上したという剣。そしていうまでもなく、天皇位継承の証たる三種の神器の一つ。

 

 尾花丸は震える指で貞明と剣を交互に指す。

「そっ、そんナもの盗っテ大丈夫、いヤ、といウか、貞じい、あんた、いったイ……」

 

「言ったはずだよ。五十二年前までこれは、私のものだったと」

 貞明は二人へと向き直る。その背筋は天と糸で繋がっているかのように真っ直ぐに伸びていた。その声は天から降るように重く、穏やかに響いた。

(うじ)はない、かつての名は貞明親王(さだあきらしんのう)。そしておそらく、死後にはこう送り名されるだろう。私の住まう陽成院(ようぜいいん)から取って、陽成上皇(ようぜいじょうこう)――第五十七代、かつての『陽成(ようぜい)天皇』とね」

 

 陽成院(ようぜいいん)は、太上天皇(だじょうてんのう)その人は、嘲笑うように微笑んだ。

「私を知る者は陰でこう呼ぶよ。『物狂(ものぐる)いの(みかど)』とね」

 

 

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