狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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二話  妖(あやかし)の母子と、そうではない父と

 弟、尾花丸の体が自分とは違うと――狐そのものであると、そうして余人の目には見えていないと――気づいた頃。とっくりと、改めて弟を眺めてみた。

 二足(ふたあし)で歩く狐、ただし手は長い指を具えた人間の手。稲穂色の毛に覆われてこそいたが、指の太さも長さも童子丸とそっくりだった、二人で手を合わせてみて分かった。それに童子丸の目と、弟の目は同じ色をしていた。余人とは違う、くすんだ空色の目。子狐の目。

 

「そっクりダな、おれタちは」

 二人、手を合わせたまま。狐の長い口を開け、狐の長い舌で尾花丸はそう言った。

 童子丸も大きくうなずく。人間(ひと)の小さな口を開け、人間(ひと)の短い舌で言う。

「当たり前じゃ。双子ぞ、兄弟(あにおとうと)ぞ。わしらは」

 

 

 宙を遊ぶモノを、目で追うのが好きだった。童子丸も尾花丸も。

 朝の光を浴びてたゆたう(あぶく)が、地から湧いては屋根まで浮かぶ。風もないのにそれらは巡り、ときには沈み、地に跳ね、互いに押し合っては一つにくっつく。気が済んだかのように形を崩し、たらたらたらと流れて消える。

 それらの横では虫が舞っていた。緑の羽根、樫の固い葉に似た分厚い羽根を震わせる(あぶ)の、震えるような音。

 そこから離れて群れる小虫どもは、火の渦を巻いていた。蜉蝣(かげろう)に似た小さな羽虫が、その身から火の粉を散らしていた。その渦のどれが羽虫かどれが火の粉か、兄弟の目にはもう分からなかった。

 足下では鈍く光る金属(かね)の甲羅を背負った亀が瞬きだけして、じ、とそこに居て。その前を甲虫(かぶとむし)が、石造りの角を掲げて堂々と歩む。

 

 余人には、これらのモノが見えないらしかった。兄弟と母以外の人間の目には。

 兄弟は、これらのモノを捕まえては母に見せるのが好きだった。たいてい、見せる前に手の中で消えてしまうのだが。

 

 夕方、暮れゆく日の下で、燃えるような光を浴びて舞うそれらを見るのが好きだった。母と兄弟、三人肩を並べて、宙を遊ぶモノを指差し数えた。

 尾花丸は稲穂色の毛に覆われた手を伸ばし、それらをつかもうとし。逃げられては、ふさふさとした尾を振り立てて追う。

 童子丸は弟を追って走る。頭の後ろで高く結わえた黒髪、枯れ草にも似て荒れたそれを、尾のように揺らして。

 やがて尾花丸が転んで泥にまみれ、童子丸がその手を引いて母の下に帰る。

 母は、そんな子らを何も言わず()でた。尾花丸の泥を拭き、童子丸もろとも抱き寄せ。目を細めて何度も()めた。

 

 父は、何も言わなかった。ただ眉根を寄せて、離れたところで三人を――いや、母と童子丸を――見ていた。口はいつも、ほんのわずか開かれていた。何か言いたげに、あるいは何を言うべきか測りかねているように。

 

 父、安倍益材(あべのますき)はいつもそうだった。宙や地面で遊ぶモノらも、尾花丸のことも見えてはいなかった。

 尾花丸の声は父に届かなかった。妻と童子丸の声に呼ばれ、父が傍に来るとき。その足は体は、尾花丸の体をすり抜けた。そこに何もないかのように、尾花丸が座っているそこに、重なるように父も腰を下ろしていた。

 童子丸は父に非難の声を上げる。尾花丸が父へ甘えるようにすり寄り、ふさふさとした尾を、なでるようにすりつける。

 そんなときだけ、父はびくり、と身を震わせる。辺りを見回しながら身を引き、尾花丸になでられた箇所を、寒気でもしたように手でこする。父はいつもそうだった。

 母はいつもそんな父子を、目を細めて眺めていた。狐のように目を細めて。

 

 

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