狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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二十四話  二人で一人だったのに

 

 沈黙を破ったのは貞明の足音だった。

 いったいいつ入ってきたのか。船蔵を真っ直ぐに歩み、床に突き立った草薙剣を抜き取った。

 

「いったい、何事が起こったのかね。先ほどの女性(にょしょう)は?」

 いつものように穏やかな口調でそう言った。ただし、ひどく硬い声で。座り込んだままの二人の首元へ、切先を突きつけながら。

「話したまえ。君たちにはそうする責がある」

 

 そのままの姿勢でぽつぽつと、尾花丸は喋った。草薙剣に二人が触った後、母の幻が現れたこと。草薙剣さえあれば、母は蘇ることができると言ったこと。それで、剣を盗み出したこと。

 尾花丸が言ったのはそこまでで、だから後は童子丸が話した。

 力の抜け切った体から、絞り出すように語った――蘇った母は二人を喰らおうとしたこと。自分が蘇るために必要な血肉、あるいは力を得るための喰い物として、母は自分たちを見ていたこと。それで、童子丸は母を止めようとして――。

 

 話の途中、尾花丸が立ち上がる。童子丸を、殴った。

 力なく倒れる童子丸へ、覆いかぶさりながら何度も殴ってきた。

 童子丸は抵抗しなかった。弟の拳が自分の肉を打ち、脳を内臓を揺らすままにしていた。身をかわそうとは思いつかなかった。手を上げて防ぐ力とて、体のどこにも残ってはいなかった。

 

 ――だってそうだろう、だって。

 仇を討ってやりたかったはずの、また会えたはずの母は自分が殺した。

 護ってやりたかった弟の、一番大切なものは自分が壊した。

 もう、童子丸の中に、いったい何が残っているというのか。守るほどのものがどこに残っているというのか。

 だから。虚ろになった童子丸の体を、童子丸はもう守らなかった。

 

「童子ぃ……!」

 犬歯を(きし)らせ、尾花丸が(うな)った。

 

 床に転がる童子丸は見た、弟の拳が赤く濡れているのを。童子丸の顔から流れた血ばかりではない。むしろその大半は、獣の爪を(そなえた)えた指を、食い込むほど握った掌から流れ落ちたものだった。

 

「童子、童子ぃぃ……! なんデだ、なゼっ! 母サまを! ……殺シたあっ!」

 

 床に転がったまま、腫れ上がった頬と切れて血を流す唇をさらしたまま童子丸は思う。

 なぜも糞もあるか。お前を、護りたかった。殺す気なんてなかった。それでも――そうだ、殺した。

 

「よクも……よクもっっ!」

 再び拳を振り上げ、殴りかかろうとする尾花丸。

 

 草薙剣を間へ突き出し、それを制したのは貞明だった。

「そこまでだ」

 剣の横腹をかざして尾花丸を押しやり、二人の間にかがみ込む。

 二人の目を見回す。穏やかな眼差しをしていた。

「分かるよ」

 もう一度二人の目を見た。微笑んでさえいた、寂しげに。

「信じようとしたものには裏切られた。大切なものは自ら壊してしまった。分かるよ、私も」

 二人が目を瞬かす中、貞明は続けた。

「さて。起こってしまったことは仕方がない、君たちを(とが)めはすまい。これからの話をしようじゃないか」

 

 立ち上がると、逆手に持った剣を脇に抱え、足音を立てて船蔵を歩く。

「君たちは母親の仇を討ちたかった。だが、母親を蘇らせる手段があると知った。故、行動をそちらに切り替えた。君たちからすれば当然のことだ」

 こつ、こつ、こつ、と規則正しく、貞明の足音が響く。

「しかし蘇らせてみれば、母親は自分たちを喰らおうとした。故、自分たちを守るため殺した。これもおかしなことではない」

 何か言おうとしてか、尾花丸が口を開けたが。貞明は続きを話した。

「そこで問おう。君たちの母親を再び蘇らせる方法がある、だとしたら。どうするね」

 

 尾花丸は口を開けたまま動きを止めた。

 

「神器の、すなわち神の力で喰い散らされたものだ、生半(なまなか)な手段ではそうすることも叶うまいが。神器に次ぐ神宝(かんだから)の力であれば、あるいは。君たちの母をまたも、蘇らせることができる。……かも知れない」

 

 童子丸も身動きを止めていた。瞬きもせず貞明を見ていた。何を、何を言っているのだ、この人は。

 

 貞明の顔から表情が消える。

「ただ、そのためには。この日の本を、(ことごと)に打ち壊す必要があるがね。――むしろそれが、私の目的。そのためにこそ、私は草薙剣を求めた」

 錆びた剣を帯に差し、二人へ手を差し伸べる。

「それでも良いなら。共に、来るかね」

 貞明はまた、優しく笑っていた。

 

 

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