狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

25 / 48
二十五話  この日の本を尽(ことごと)に

 

 童子丸も尾花丸も、返答できずにいた。身じろぎの一つもできずにいた。

 

 貞明は手を下ろし、穏やかにうなずく。

「少々話が急だったね、順番にいこう。まずは、君たちの母上を、すなわち死者を蘇らせる手段」

 

 手を腰の後ろに組み、ゆっくりと歩き回りながら語った。

「それを成すことのできる品、その名は『古事記』『日本書紀』には無い。だが『旧事本紀(くじほんぎ)』にはこうある、〈この十種(とくさ)の宝をして、(ひと)(ふた)三四(みよ)(いつ)六|(むゆ)七八(なや)九十(ここのたり)、と言ひて、振るへ、ゆらゆらと振るへ。かくせば(まか)れる人も生き返りなむ〉と。その宝の名は【十種神宝(とくさかんだから)】。――だが」

 貞明は首をかしげてみせる。

「以降の伝承には無いのだよ、これらの神宝を用いて死者を蘇らせた、などという記述はね。ただ、これら神宝が初代天皇に捧げられ、天皇・皇后の長寿と幸福のために祈祷が行なわれた、その後神宝は石上(いそのかみ)神宮に奉られた、とあるのみだ」

 

「いっタい、何ノ話を――」

 

 いら立ったように尾花丸が口を開くが、貞明は手で制した。

「なぜその力が用いられなかったのか? 歴史のそこかしこには悲しむべき死があり、より生きるべきだった人々がいたろうに。もしや、神宝はその力を失ってしまったのではないか? ――結論からいえば、それに近いことが起こっていた。ただし力を失ったのは神宝ではなく。それが存在するこの国土そのものが、だ」

 再び歩きながら続ける。

「そもそも、これら神宝を天津神から授けられたのは饒速日尊(にぎはやひのみこと)。天皇家の祖とされる迩々芸命(ににぎのみこと)に先んじて、天より地に降り立ったとされる存在だ。そして、迩々芸命(ににぎのみこと)らが平定する前のこの国土はいったいどのような状態であったか? 『日本書紀』にはこうある――」

 

 脚を止め、貞明は二人の目をのぞき込む。

「〈蛍火(ほたるび)(かがや)く神及ひ、蝿声(さばえ)なす邪神(あしきかみ)(さわ)に有り。()た、草木(ことごと)くに()言語(ものい)ふこと有り〉。〈磐根(いわね)木株(このもと)草葉(かやのかきば)(なお)()言語(ものい)ふ。夜は熛火(ほえのもころ)のごとく喧響(おとな)い、昼は五月蝿(さばえ)なすごとく沸騰(わきあが)る〉――蛍火のように光輝く神、蝿の羽音のように騒ぎ立てる神が数多く在り、草木や岩も言葉を語る。それらは火の粉のように蝿の羽音のように、沸き上がるように騒ぎ立てる――。何かに、似ていないかね」

 

 それは、まるで。

「わしらが……見とる、モノ」

 

 貞明は薄く笑ってうなずく。

「そうだ。もっとも草木や岩の言葉とやらは、我々には聞こえるわけではないがね。宙に輝き遊び、地に水中に騒ぎ戯れる、人でも虫でも獣でもない(モノ)……そうした(モノ)どもが、この国土には満ちていた。こうして一国の正史に残るほどだ、おそらくそれは〈誰の目にも見えた〉。それほどまでにも、否応なく見えてしまうほどにも、満ち満ちていた。つまり」

 

 息を深く吸い、()べ伝えるように朗々と語る。

「天津神――彼らが言うように天か、あるいは他の土地からこの国土へやってきた神々――の子孫は、国津神――この国土土着の神々――を打ち倒しあるいは服従させ、日の本という国を成立させた。だがその過程で、土着の神々を多く失ったこの国土もまた力を失った。『古事記』いわく〈道速振(ちはやぶ)荒振(あらぶ)る国つ神(ども)(さわ)に在り〉〈水穂国(みずほのくに)は、いたくさやぎて有り〉――(たけ)く荒々しい神どもの多く、この国土はひどく騒がしい――そう(うた)われたこの国土は、(モノ)どもの満ち満ちていたこの土地は。平らげられて、静かなる大地となった」

 静かに、告げるように言った。

「そうして。大半の国津神(カミ)(モノ)らの去った大地で、人間(ヒト)もまた、モノを見る力を失った。それらを見る必要などなくなったのでね。一方、(モノ)どもの力を失った国土において、神宝もまた以前のような力を発揮することはなくなった」

 

 童子丸は口を開けたまま貞明の話を聞いていた。

 仮に、その内容が真実だったとして。いったいこの人は、どうしようというのだ。

 

 貞明は二人の顔を見回し、にっ、と歯を見せて笑った。まるでいたずらをしかける子供のように。

「だから。私が、この国土を還そうというのだよ。その状態へ、この日の本を! 人間(ヒト)の律する国ではない、国津神(カミ)(モノ)どものひしめき蝿声(さばえ)なす土地へと! 荒振(あらぶ)道速振(ちはやぶ)国津神(カミ)の中の国津神(カミ)八俣大蛇(ヤマタノオロチ)の一部たる草薙剣! これに力を蓄え利用することでね!」

 

 片手は強く拳を握り、振り回すようにして叫んだ。もう片方の手は、草薙の剣の柄を握り締めていた。

「ようやく思い知るだろうそのとき人間(ヒト)は! 否応なく誰の目にも映るほど(モノ)どもの満ち満ちた世でやっと知るだろう、彼らがいかに無知であったか! そして……」

 大きく息をつき、呼吸を整える。

「そして、気がつくだろう。彼らが物狂いと(さげす)んだ、(あやかし)の子と討とうとした、我々こそが正しいのだと。……もっとも、そのときにどれほどの人間(ヒト)が生き残っているかは分からんがね。零落していた国津神(カミ)(モノ)どもが力を取り戻したとき、大人しくしているとは思えないのでね」

 

 大きく息をついて、言った。

「思う様暴れるがいい、零落させられ虐げられた(モノ)どもよ。この日の本を(ことごと)に、壊し尽くすほどにね」

 そう言う貞明は、また優しく笑っていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。