狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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二十六話  ふざけるな

 

「よおう。やってるなあ」

 

 童子丸も、尾花丸も何も言えずにいたそのとき。純友が大きな体をかがめて、船蔵へと入ってきた。

 童子丸はすがるように目を向けていた。

 ――そうだ、この人はどこまで知っているのだ、このことを。知っていたとして果たして、受け入れているのか。

 

 純友はのしのしと童子丸の方へ歩み、大きな手を肩に置いた。もう片方の手は尾花丸にそうしようとしたのだろうが、的を外れて明後日の方向で宙に差し出されている。

「で、よおう。お前らも一緒に来るんだろう? この日の本をぐちゃぐちゃにしによう!」

 

「……え」

 

 ようやくそれだけつぶやいた、童子丸に構うことなく。純友は大きな拳を握り鳴らした。

「平安平安と、太平楽な世ん中じゃあよう! つっまんねえってもんだろがよう。血筋の何のと、力も無い野郎がのさばる世ん中は、もうお(しめ)えでいいだろがよう」

 鮫のような歯を剥いて笑う。

「これからはよう! 神でも鬼でも人でもよ、力のある奴が上に立つ! 正しい楽しい世の中になるってもんよう! それに」

 童子丸と同じ目線まで身をかがめ、にっこりと笑う。

「そうなりゃよ、(モノ)満ち満ちる世ん中になりゃあよ。やぁっとおれも尾花の(ツラ)ぁ拝めんだろ? 楽しみでよう」

 その顔の向きは、わずかにずれてはいたが。おおむね、尾花丸の方を向いていた。

 

 尾花丸が、純友へと手を伸ばした。無論その手が触れようとも、純友には何の反応もなかった。

 歩み寄った貞明が二人の手を取り、重なり合うように導いた。そこへ、自らも手を乗せる。

 貞明は、純友も、尾花丸も。童子丸の目を見た。

「さ。君は、どうするね」

 

 引かれるように手が動きかけた、そのとき。

 傷口が痛んだ。母にかじり取られた傷。左腕の、かつて母の手の跡があった箇所。

 目に映った。尾花丸の、右耳があった箇所。母に咬みちぎられ、血の乾きかけた箇所。

 

 童子丸は立ち上がっていた。三人の手は取らなかった。

「……ふざけるなよ」

 呆けたような顔をしたまま、口はそう喋っていた。

 その後で、つられるように思う。

――そうだ、そうだふざけるな。もしも母さま蘇らせたら。また、お前を喰うやないか。尾花(ハナ)を、喰い殺すやないか。

 

「ふざけるなよ」

 だらりと提げたままだった手に、力がこもる。

 ――そうだ、そうだふざけるなよ。もしも母さま蘇らせたら。また、わしが殺さないかんやないか。母さま殺さないかんやないか。尾花(ハナ)を、護るために。

 

「ふざけるなよ……!」

 握った拳が震え、頬に、みりり、と力がこもる。

 ――そうだ、ふざけるな。もしもお前ら、母さまをまた蘇らせたら。

 ――わしが、また殺してやる。尾花(ハナ)、お前を護るために。

 

「……ふざケるなよ」

 尾花丸もまた、立ち上がっていた。

「ふざケるなよ。……誰が、母サま殺しタんだよ」

 表情のなかったその顔に、長い鼻柱の両側に、刻むような皺が寄る。歯を、牙の全てを剥き出しにしていた。

「ふざケるなよ。……お前だ、ろウがっ!」

 

 振り払った、尾花丸の手の先で。何かが白く寄り集まり、閃いた――(かね)の気を帯びたモノどもが。

 

「――え」

 見る間に、伸び来る。白い流れが、長大な刃が。船蔵の壁を柱を切り裂きながら。尾花丸から、童子丸目がけて。弟から、兄目がけて。

 それが何なのか分からず、目には映っていても分からず、童子丸は立ち尽くしていたが。

 波の揺らぎに膝が崩れ、のけぞるように後ろへ足を継いだ。それで、たまたま直撃を免れた。

 童子丸の胸を裂いて、白い刃が通り過ぎた。

 その後で、思い出したように赤く血が吹いた。

「――え」

 

 さらに振るわれる白い流れが見えた。弟の手の先の空間で、それは獣の爪の形をしていた。巨大な刃物で造られたそれが、何度も縦横(じゅうおう)に振るわれる。何度も、何度も。

 それが壁を、船板を裂く。風圧が破片ごと童子を巻き上げる。

 

「え……」

 気づけば、童子の足は船板を踏んではいなかった。破片と、血と、波の飛沫と共に吹き飛ばされ。

 いつの間にか吹き荒び出していた、嵐のような風と荒波の音の中。

 海面に低く音を上げ、白く泡を上げ。(くら)い海へと、沈んでいった。

 

 

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