狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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二十九話  龍をも怯ます海女(あま)の子孫

 

 藤原純友は目をつむり(こうべ)を垂れ、大きな手を合わせていた。彼にしては珍しく、黙ってじっとそうしていた。彼の背丈ほどもない、苔むした石塔の前で。

 寺の敷地の一角、四角い台座を積んだ上に丸石を載せ、その上に屋根のような形の石を載せた五輪塔。いずれの形も不揃いでいびつな、素朴な墓石。

 

 傍らでは貞明も手を合わせ、尾花丸――晴明もそれにならった。背後では純友の部下、太刀鎧に身を固めた男たちも深く(こうべ)を垂れている。

 

 純友は目を開けると背を伸ばし、鼻から息を大きく吸い込む。その墓の向こう、海からの風を丸ごとその身に取り込もうというかのように。

「このお墓はよう、おれのご先祖さまのお墓でよう。おれのひいひいひい、ひい……分かんねえけど、そんぐらいのばあちゃんのお墓でよう」

 

 聞かれもせず喋る純友に、貞明が言った。

「君から数えて七代前、藤原北家の祖たる藤原房前(ふさざき)、その母君の墓だったろう」

「そうそう、それよう。で、そりゃあ何ばあちゃんって言やあいいんだ?」

 

 わずかに貞明が顔をしかめる。

「……知らないよ私だってそんなこと。高祖母の高祖母、か? しいて言うなら」

「へええ、そうかあ。まあそんなこたあいいけどよう」

 

 また顔をしかめる貞明を尻目に、晴明が口を開く。

「純友の、ずっト前の母サま、か。どんナ人だっタんだろウな」

 

 純友は振り向いて身をかがめた。晴明に目線を合わせようとしたのだろうが、まるで明後日の方を向いている。それでも歯を見せて笑っていた。

「そうだ! なあおい、聞きたくねえか? 聞きたくねえか、ご先祖様の伝説をよう?  すっげえんだぜ、俺のひいひい……ばあちゃんはよう!」

 

 

 

 それから純友と、所々貞明が補足して語るところによれば。

 ――かつて大化の改新の中心的人物であった藤原鎌足(かまたり)、その子たる藤原不比等(ふひと)。彼はある目的のため、讃岐国は志度(しど)、すなわちこの地を訪れた。

 唐より伝えられた秘宝、面向不背(めんこうふはい)(たま)。それが京へと上る前に、志度の海に沈んでしまった。それを取り戻すためであった。

 だが、何の算段もつかぬまま数年が過ぎ、不比等(ふひと)は志度の海女(あま)と深い仲となり、赤子を一人もうけていた。

 あるとき、不比等(ふひと)が自らの目的を海女(あま)に洩らすと、海女(あま)はこう言った。

 ――ならばその珠、私が取ってお目にかけましょう。

 ――ただしそのときには、私と貴方の子をお世継ぎにして下さいませ。

 

 そうして海女(あま)は短剣を手に、腰に長縄を巻きつけ海へと潜った。

海の底、竜宮に至ると、高さ三十丈の宝塔に宝珠が奉られていた。仏の加護を頼んでそこへ飛び入り、龍どもの驚く間に宝珠を取って逃げ出した。

 龍どもは宝珠の光を目がけて追ってきたが、海女(あま)は自ら乳房の下をかき切り、肉の間に宝珠を押し込めて隠した。

 血の漂う水中に伏す海女(あま)を見て、死の(けが)れを厭う龍が追撃を止める間に、海女(あま)は腰の縄を引く。

 合図を受けて地上の者どもが縄を引くと、血にまみれた海女が上がった。乳房の下から宝珠を取り出す。

 ――約束どおり我が子を世継ぎに、名はこの浦の名を取って房前(ふさざき)に。

 そう言い残して海女(あま)は死に、その息子、房前(ふさざき)は出自を伏された上で世継ぎとなり。藤原四家のうち今や最盛を誇る、藤原北家の祖となった。――

 

 

 

「……っていう大冒険がよう! ご先祖さまにゃああってよう! おれのひいひい……ばあちゃんは、龍をも(ひる)ます志度の海女(あま)だぜえ!」

 純友は自らの分厚い胸を叩く。

「んでもってこのおれはあ! 龍より強え海女(あま)の血流れる、海の男の藤原純友よう!」

 

 辺りを取り巻く部下らが口々に声を上げる。

「いよっ、大将!」

「さすが海の関白様だぜ!」

「あんたが征夷大将軍!」

「俺らの大将は龍より強えぞぉ!」

 

 純友は大きくうなずき、声に応える。もみしだくように胸へ両手をやって。

「そうだあ! おれっとこのご先祖さまのよお、おっぱいの方が龍より強えぞおお!」

 

 どっと笑い声が上がる中、晴明は首を巡らせ、純友の部下らを眺める。童子丸――いや、清明――の捜索に人が出されたとは言うが、どう見ても元よりずっと人数が多い。見覚えのない者らの肌は一様に日に焼け、刀傷や矢傷の跡がある者も多かった。

 ふと思い出して言った。

「そウ言えバ、仕事の方ハどうしタんだ? この人たチ、現地の人らを雇っテ一緒に海賊と戦ウってこトか?」

 

 貞明がそのことを純友に告げる。二人は目を見合わせ、肩を揺すって大笑いした。

「何、何ダよう……」

 

 晴明が不満げに眉を寄せると、貞明は未だ笑いながら言った。

「仕事、ああ仕事ねえ。君、そもそも我々が討伐に向かう、瀬戸内海賊の首領がどこのどなたか知っているかね?」

 

 貞明が顎で示したのは、隣で胸を張る大男だった。

「おう! おれ様が! 瀬戸内海賊の大首領! 海賊関白・純友様よおおお! 超~悪いぜええ!」

 

 

 

 ――我々の知る歴史において、藤原純友がどの時点から反乱勢力の首魁(しゅかい)となっていたかについては諸説ある。

 だが先に述べたとおり、承平六年、西暦にして936年三月、藤原純友は海賊追捕(ついぶ)の命を受け、四国・伊予へと向かった。

 そして『日本記略』『扶桑(ふそう)略記』に、同じく承平六年六月には「賊徒……二千五百余人、過を悔いて刑に就く」との記述がある。

 つまり、藤原純友がいかなる立場にあったにせよ。討伐軍は〈純友の派遣からわずか三ヶ月という短期間〉で海賊を鎮圧、多くの賊徒の降伏を受け入れた、という歴史的事実がある。

 加えれば、降伏した海賊に対しては「皆寛恕(かんじょ)を施し」「衣食田畑を給し」「耕に就かせ農を教える」との恩情ある措置が取られたと、これら史料には記述されている。

 よって、討伐の命が下る以前。純友がすでに何らかの形で海賊らを手なずけていた、そうして命の三ヶ月後に海賊側の被害を最小限に留めて、形の上で降伏とさせた。そう考えることは充分に可能である。――

 

 

 

 純友をはやし立てる声が上がる中。

 しばらく大口を開けていた後、ようやく晴明は声を出す。

「そりゃア、つマり、海賊退治っテ。自分がやラせてタことを、やメろって言いに行く……それ、ダけ?」

 

 貞明の口から晴明の言葉を聞いて。がっはは、と笑って純友はふんぞり返る。

「そのとおりよお! なあに、海賊(おれ)ら瀬戸内の民にとっちゃ、海こそが領地でよう。海賊(おれ)ら海の豪族、関所(せきしょ)代わりの関船(せきぶね)出して、通行料取って何が悪いのよ」

 

「そウいう……もノか?」

 

 かがみ込み、晴明の目を見ようとして――またしても明後日の方を向いて――住友が笑う。

「そういうもんよ!」

 

 さて、と貞明が口を挟む。

「仕事の方はそれでいい、後は我々の目的に集中しようじゃないか。……我々の目的、人間の律するこの日の本を荒ぶる国津神(カミ)千早(ちはや)ぶる(モノ)どもの満ちる地へと還す」

 

 純友は鮫のような歯を剥き、大きな拳を握り鳴らす。

「おれら瀬戸内海賊もよう、食うや食わずで仕様もなく、海賊稼業に手え出す今の世よりよお。いっぺん世ん中引っくり返して、力ある者が上に立つ、新しい世を造った方がよ、どんだけ生きよいかってなもんよ」

 

 晴明は、貞明の手にした箱を見る。

「そノための、剣だっタな」

 

 貞明は強くうなずく。

「ああ。神世草薙剣(かむよくさなぎのつるぎ)、これに力を蓄えさせる。神の類を殺し、喰わせてね。まずは――」

 

 それはあるいは、兄弟の母がそうされたように。

 失った右耳の傷に痛みを覚えつつ、晴明は狐の顔を引き締める。

「まズは。純友のご先祖サまの仇、そレを討つ」

 

 純友は三尺を越える野太刀を引き抜き、空へと掲げた。

「行くぞ野郎どもお! 目当ては龍! おれらが殺すは志度の龍だああ!」

()(そろ)ぉおお!」

 男たちの野太い声が、晴れた空にこだまする。

 

 

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