狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
藤原純友は目をつむり
寺の敷地の一角、四角い台座を積んだ上に丸石を載せ、その上に屋根のような形の石を載せた五輪塔。いずれの形も不揃いでいびつな、素朴な墓石。
傍らでは貞明も手を合わせ、尾花丸――晴明もそれにならった。背後では純友の部下、太刀鎧に身を固めた男たちも深く
純友は目を開けると背を伸ばし、鼻から息を大きく吸い込む。その墓の向こう、海からの風を丸ごとその身に取り込もうというかのように。
「このお墓はよう、おれのご先祖さまのお墓でよう。おれのひいひいひい、ひい……分かんねえけど、そんぐらいのばあちゃんのお墓でよう」
聞かれもせず喋る純友に、貞明が言った。
「君から数えて七代前、藤原北家の祖たる藤原
「そうそう、それよう。で、そりゃあ何ばあちゃんって言やあいいんだ?」
わずかに貞明が顔をしかめる。
「……知らないよ私だってそんなこと。高祖母の高祖母、か? しいて言うなら」
「へええ、そうかあ。まあそんなこたあいいけどよう」
また顔をしかめる貞明を尻目に、晴明が口を開く。
「純友の、ずっト前の母サま、か。どんナ人だっタんだろウな」
純友は振り向いて身をかがめた。晴明に目線を合わせようとしたのだろうが、まるで明後日の方を向いている。それでも歯を見せて笑っていた。
「そうだ! なあおい、聞きたくねえか? 聞きたくねえか、ご先祖様の伝説をよう? すっげえんだぜ、俺のひいひい……ばあちゃんはよう!」
それから純友と、所々貞明が補足して語るところによれば。
――かつて大化の改新の中心的人物であった藤原
唐より伝えられた秘宝、
だが、何の算段もつかぬまま数年が過ぎ、
あるとき、
――ならばその珠、私が取ってお目にかけましょう。
――ただしそのときには、私と貴方の子をお世継ぎにして下さいませ。
そうして
海の底、竜宮に至ると、高さ三十丈の宝塔に宝珠が奉られていた。仏の加護を頼んでそこへ飛び入り、龍どもの驚く間に宝珠を取って逃げ出した。
龍どもは宝珠の光を目がけて追ってきたが、
血の漂う水中に伏す
合図を受けて地上の者どもが縄を引くと、血にまみれた海女が上がった。乳房の下から宝珠を取り出す。
――約束どおり我が子を世継ぎに、名はこの浦の名を取って
そう言い残して
「……っていう大冒険がよう! ご先祖さまにゃああってよう! おれのひいひい……ばあちゃんは、龍をも
純友は自らの分厚い胸を叩く。
「んでもってこのおれはあ! 龍より強え
辺りを取り巻く部下らが口々に声を上げる。
「いよっ、大将!」
「さすが海の関白様だぜ!」
「あんたが征夷大将軍!」
「俺らの大将は龍より強えぞぉ!」
純友は大きくうなずき、声に応える。もみしだくように胸へ両手をやって。
「そうだあ! おれっとこのご先祖さまのよお、おっぱいの方が龍より強えぞおお!」
どっと笑い声が上がる中、晴明は首を巡らせ、純友の部下らを眺める。童子丸――いや、清明――の捜索に人が出されたとは言うが、どう見ても元よりずっと人数が多い。見覚えのない者らの肌は一様に日に焼け、刀傷や矢傷の跡がある者も多かった。
ふと思い出して言った。
「そウ言えバ、仕事の方ハどうしタんだ? この人たチ、現地の人らを雇っテ一緒に海賊と戦ウってこトか?」
貞明がそのことを純友に告げる。二人は目を見合わせ、肩を揺すって大笑いした。
「何、何ダよう……」
晴明が不満げに眉を寄せると、貞明は未だ笑いながら言った。
「仕事、ああ仕事ねえ。君、そもそも我々が討伐に向かう、瀬戸内海賊の首領がどこのどなたか知っているかね?」
貞明が顎で示したのは、隣で胸を張る大男だった。
「おう! おれ様が! 瀬戸内海賊の大首領! 海賊関白・純友様よおおお! 超~悪いぜええ!」
――我々の知る歴史において、藤原純友がどの時点から反乱勢力の
だが先に述べたとおり、承平六年、西暦にして936年三月、藤原純友は海賊
そして『日本記略』『
つまり、藤原純友がいかなる立場にあったにせよ。討伐軍は〈純友の派遣からわずか三ヶ月という短期間〉で海賊を鎮圧、多くの賊徒の降伏を受け入れた、という歴史的事実がある。
加えれば、降伏した海賊に対しては「皆
よって、討伐の命が下る以前。純友がすでに何らかの形で海賊らを手なずけていた、そうして命の三ヶ月後に海賊側の被害を最小限に留めて、形の上で降伏とさせた。そう考えることは充分に可能である。――
純友をはやし立てる声が上がる中。
しばらく大口を開けていた後、ようやく晴明は声を出す。
「そりゃア、つマり、海賊退治っテ。自分がやラせてタことを、やメろって言いに行く……それ、ダけ?」
貞明の口から晴明の言葉を聞いて。がっはは、と笑って純友はふんぞり返る。
「そのとおりよお! なあに、
「そウいう……もノか?」
かがみ込み、晴明の目を見ようとして――またしても明後日の方を向いて――住友が笑う。
「そういうもんよ!」
さて、と貞明が口を挟む。
「仕事の方はそれでいい、後は我々の目的に集中しようじゃないか。……我々の目的、人間の律するこの日の本を荒ぶる
純友は鮫のような歯を剥き、大きな拳を握り鳴らす。
「おれら瀬戸内海賊もよう、食うや食わずで仕様もなく、海賊稼業に手え出す今の世よりよお。いっぺん世ん中引っくり返して、力ある者が上に立つ、新しい世を造った方がよ、どんだけ生きよいかってなもんよ」
晴明は、貞明の手にした箱を見る。
「そノための、剣だっタな」
貞明は強くうなずく。
「ああ。
それはあるいは、兄弟の母がそうされたように。
失った右耳の傷に痛みを覚えつつ、晴明は狐の顔を引き締める。
「まズは。純友のご先祖サまの仇、そレを討つ」
純友は三尺を越える野太刀を引き抜き、空へと掲げた。
「行くぞ野郎どもお! 目当ては龍! おれらが殺すは志度の龍だああ!」
「
男たちの野太い声が、晴れた空にこだまする。