狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
ようやく冬も終わりが見えようかという頃であった。
別れは結局、父が仕組んだものだった。今になってみれば、童子丸にもそれが分かる。
何も知らぬそのときの童子丸と尾花丸は、父が急に連れてきた客をお迎えしようと――あるいは土産でもあるまいかと――無邪気に寄っていった。父と、老年の男と、その連れの女性に。
兄弟は、寒さも
そのお客は、硬い
いや、
よほど
連れの女性も妙であった。笠を深くかぶってうつむき、その首元から口にかけて布を巻いていた。そのせいで女性の顔形は何も分からず、黒髪だけが笠の下からこぼれていた。
尾花丸は女性へ顔を向け、狐の鼻をうごめかせた。何か戸惑うように、その眉間にしわが寄っていた。
客の男は童子丸へと視線を落とした。礼を返すことはなく、その目が尾花丸に向けられることもなかった。刃のように鋭い視線であったし、鋼のように鈍く辺りを映す瞳であった。童子丸は、そんな風に覚えている。
「これが例の。混ざりもの、か」
客の男は低くつぶやき、童子丸の横を通り抜けようとした。尾花丸のいる方を。
「お客人!」
童子丸は手を挙げ、男を制した。尾花丸の手を引き、道を開けさせた後で、深く頭を下げる。
「お客人。行く手を塞ぐなどと、これは弟がとんだ
尾花丸は目を瞬かせたが、腰より深く頭を下げた。その拍子に、腰の向こうで尾が跳ねた。
「まこと、申シわけもござイません」
男の眉がきつく寄る。その視線は未だ、尾花丸ではなく童子丸一人に注がれていた。
何も言わず男は歩む。尾花丸が道を開けたその場所を。
数歩行ったとき、尾花丸が声を上げた。
「オ客人」
聞こえないのか――それはそうだ、尾花丸の声なのだから――歩みを止めない男に、今度は童子丸が声を上げた。
「お客人! お待ちをば、そちらには
男の数歩先には鬼がいた。人差指ほどの背丈の鬼が。岩の肌を持つそれと鉄の肌を持つそれが、
足を止めた男の顔が固くなる。よりいっそうのしわが寄る。
尾花丸が口を挟んだ。
「いヤ、そノ先には龍がいル。左に行ったほうがいイ」
確かに、右の少し先には鰻ほどの龍が宙を遊んでいた。これもあまりからかうと、絡みついたり噛んでくる。
童子丸はうなずく。
「右は龍か、確かにの。ではお客人、どうぞ左へ。その四歩ほど先で右へ」
龍をよけた先には
「そノ六歩先、まタ左」
弟の言うとおり、そこでは火を翼と尾に宿した小雀どもが遊んでいた。燃え移ることなどはないが熱いことは熱いし、やはり万一のことがあってはいけない。
「なるほど左。三歩でまた右」
「二歩デ右」
「三歩で左」
「五歩デまた右」
「三歩で左。その後はどうぞ、ずずい、と、母屋のほうへお入り下されまし」
男の頬は震えていた。
「
固い顔はひどく揉まれたように、さらにしわが刻まれていた。震える口から声がこぼれた。
「
それから何か、奇妙な形に指を組み合わせ、口の中で何ごとかをつぶやく――印を組み、
やがて、組んだ指の間からのぞく目が童子丸を見た。そして隣、尾花丸を。
「成程、この
言い捨てて指を解き、真っ直ぐに歩んだ。鬼も龍も避けることなくすり抜け、母屋の方へと行くこともなく。庭を真っ直ぐに歩んでいった。
「
おたおたと童子丸と男の背を見回す父、
そうして。日の当たる
女が、固まったように全身の動きを止めた。それからのぞき込むように、顔を突き出し前へ出た。笠と、口元を覆う布をむしり取りながら。
「だ……れ、誰、あんた」
絞り出した女の声は、母と同じだった。その背丈は、肉づきは母と同じだった。肌は、髪の艶は母と同じだった。顔は、母と同じだった。
むしろ、母の方の顔が常とは違っていた。震えるほどに引きつった頬。歯を剥き出した口からは鋭く犬歯がのぞいた。睨む目は吊り上がっていた。狐のように。