狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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三十一話  百の鬼が夜を逃げる

 

 逃げていた、逃げていた。百の鬼が夜の道を。彼らの正に縄張りであろうマショウモンミチを、互いを押し退け我先に。

 赤鬼は青ざめ青鬼は赤く血を流し、駆けながら振り向いた黄鬼が頭を割られた。干物(ひらき)のように真二つに分かれた頭から、脳髄が、べしゃ、と濡れた音を立てて地べたへ落ちた。

 ひいいい、いいぃ、と鬼どもから、喉笛を枯らすような悲鳴が上がる。

 

 その響きの中、鬼どもの行く流れの中を踏みとどまり、問いを発する鬼がいた。

「待て……待て、何やお前は! 何故わしらを襲うとんのや! もしや近頃、(あやかし)や神らを襲うとんは――」

 

 襲ってきた男、頭から落ち葉にまみれた男が手をかざした先、金の気を帯びたモノが寄り集まる。一つに溶け合い輪郭を歪め、別の姿を取る。男の背丈と同じ、鋼の体毛を具えた狐の姿。

 狐が腕を振り上げ、大鎌のような爪を振るう。問いを発した鬼は胸から上下へ両断され、最後まで言い切ることはできなかった。

 

 うつむく男は――童子丸は――頭も髪も覆い隠すほどに、未だ落ち葉にまみれたままつぶやいた。

「やめろ。その(うた)を、やめろ」

 

 遠巻きに、足を止めた鬼どもが目を瞬かせる。

(うた)?」

(うた)やと、そんなもんとっくに――」

 

 足を引きずるように、あるいは何かに引きずられるように、童子丸は歩き出す。それに添うように、鋼の狐も歩き出す。

「やめろ」

 

 後ずさりつつも鬼どもは怪訝(けげん)そうに眉を寄せ、あるいは顔を見合わせる。

だから(やけん)、やめろっちゅうて何を――」

 

 そう言った、水干(すいかん)を着た山犬の前に。童子丸と、式神狐は跳び込んでいた。

「やめろ」

 言ったときにはもう、式神の爪が山犬の耳を――狐のそれにも似て三角形をした耳を――裂いていた。

 

「やめろ。その耳をやめろ。弟に、似とる」

 毛に覆われた耳が、ふさ、と地に落ち。山犬の頭、切られた傷から血が吹き上げ。悲鳴を上げる山犬が、傷を押さえてへたり込む。

 

 表情を強ばらせた黒い鬼が、鉄棒(かなぼう)を振り上げ前へ出る。

「おんどれっ、何してくれよんじゃ! もう堪忍(かんにん)が――」

 

 うつむくままの童子丸には表情もない。

「やめろ。その目をやめろ。弟に、似とる」

 言うなり、鋼の狐が身を揺する。その背から伸びた針の体毛が、鬼の両目を貫いた。

 鬼が悲鳴を上げて目を押さえ、のたうち回る間にも。他の鬼、(あやかし)どもは、声を上げて逃げ惑った。

 

 その背を追い、童子丸が跳ぶ。

「やめろ。その声をやめろ。弟に、似とる」

 鋼の狐が大口を開け、狩衣を着た猿の頭をかじり取る。

「やめろ。その背丈をやめろ。弟に、似とる」

 狐は口から血を垂らしたまま、逃げる鬼を背から裂く。

「やめろ。その手をやめろ」

 鉄棒を振り上げた鬼の手を裂き、首を裂く。

「その表情をやめろ」

 式神狐を避けて童子丸へと躍りかかった猿と山犬が、童子丸の手から昇った青い狐火に巻かれ、たちまち顔を消し炭のように焦がされた。

「やめろ。やめろ。やめろ。やめろ……っ」

 

 悲鳴を上げる(あやかし)どもの只中で、童子丸の声は小さく、絞り出すような響きを帯びていた。()うような、泣き出しそうな、湿り切った声だった。

 

「やめろ、そんな顔、するな……尾花(ハナ)

 つぶやく間にもまた一体、鬼の頭が柘榴(ざくろ)のように砕かれる。

 

 

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