狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
数日の後。
歩き回れる程度にはなった足で――さすがに獣の子、
そのまま無言で社の先へと歩いた。足元はすでに土より、砂の感触の方が強い。曲がりくねる松林の間を抜ける風には潮の香りがした。揺れ落ちる松葉に混じって、水の気を
住吉の社、あの辺りの松原に似ていると清明は思った。つい
共に駆けた貞明を、共に騒いだ純友を、何より、共にいた弟を想う。その想いを振り払うことなく、
今、この先へ取りにゆくのは、あの時にも似て草薙剣の力。住吉に秘されし本物、熱田に送られた偽物、宮中に置かれた
波音が穏やかに響く、海を背にした松の大枝に。白い鳥がとまっていた。目を凝らせば妙な鳥だった。身を覆うように翼を畳み、
鳥のとまる松の手前で、空海は深く頭を下げた。
「これはこれは、宮様にあらせられてはいかにもご
「おう、これは御坊。苦しゅうない、そなたも健やかなる様子にて何より。いつぞやは我が息子が世話になったな」
空海が再び頭を下げる。
「はい、かつて
「左様、あれは
目を伏せたまま空海は言う。
「は。――宮様の、御命
ハ、と笑うように息をつき、
「
「冗談やァない」
清明は口を開いた。
「
清明は頭を下げた。一応の礼法としてだった、だが目は相手を見据えたままだった。口振りからして大人しい相手ではない、油断していい瞬間は無い。空海から聞いていたとおりに。
「申し遅れました、これなるは空海が弟子、清明。今一人は長く宮中に仕えし陰陽師、賀茂忠行」
勝手に名を挙げられたことに怒ったか。空海より早くから頭を下げ、未だ腰より下へ低頭させたままの忠行が身を震わせた。
無論一々構っていては、弟らを止められない。清明は顔を上げた。
「御命
その言葉が終わらぬ間に、
「破ぁぁっっ!」
翼を模した衣をはためかせ、枝を蹴って落下する男の拳が突き抜くように砂地を打つ。重い音が響くと共に、衝撃に辺りの砂が、沸き起こるかのように浮き上がった。
清明、空海、忠行とも大きく身を引き、拳をかわしてはいたが。辺りに砂が巻き上げられ、霧のように視界が塞がれていた。
目をしばたかせながら清明が、ゆっくりと後ずさったそのとき。
「
暴風のような男の拳が、砂の向こうから横殴りに振るわれ。稲穂色の前髪が数本かっさらわれた。
「ぉおっ!?」
慌てて跳びすさる。引きちぎられた前髪の根元が痛み、額を押さえる。もしも髪の代わりが清明の頭だったらと思うと、ぞっとしない話だった。
砂がゆっくりと地面へ降り、視界が晴れゆく中で男が歩む。羽衣の下、肩の所で敗れた袖無しの衣からはたくましい腕が伸びていた。といって人並外れて太いわけではない。その代わりに、ぎちり、と筋肉の詰まった、まるで人の形をした
「
鳥の頭を模した頭巾に隠れ、顔は分からないが。歯を剥いて笑ったのは見えた。酷く白く、頑丈そうな歯。腰には金銀の装飾を施した直剣が提げられていた。
「ただし。その頭を
はためく音を立て、羽衣を広げて両腕を伸ばす。今にもつかみかかろうとするかのように、あるいは体を大きく見せる、獣の
「思い違うな!
忠行が眉をひそめる。
「『
空海が苦く笑う。
「『
「なァに。大人しいよりかそっちのが、心おきなくやれてええわ」
清明は唇をなめた。狐の耳を一つ震わす。
「どうせわしらが相手にすんのも、陽成院――元天皇にして、この国を壊し尽くそうっちゅう『まつろわぬ者』や。今ここで、こいつ倒せんでどないする」
「さあて、いざ
帯びていた剣を鞘ごと抜き出し、後ろへと放った。岩のような拳を打ち鳴らす。
「
そうして身構えることもなく、砂を踏む音を立て、獣のように歩み来る。