狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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四十二話  模造草薙剣

 

 ――『模造草薙剣』。

 誰も見た者のいない剣の模造品、模倣しようのない物を模した物、などというあまりに無理のある存在ながら。そう呼ばれるべき品は、我々の知る歴史において複数存在する。

 

 まず、宮中において奉られている草薙剣。これは熱田において奉られているとされる草薙剣の形代(かたしろ)――神が降りる依代(よりしろ)たる御神体、それを模したもの。神社の分社などにおいて、本社と同じ神を奉るための御神体。いわば神の分霊を奉るもの――に当たる。

 

 時代は下るが元暦二年、西暦にして1185年。源平の争乱における壇ノ浦の戦いにおいて、安徳天皇と共に海中へ没したのもこの形代(かたしろ)と考えられている。この剣についてはその後捜索されるも見つかっていない。

 そして文治六年、西暦にして1190年。失われた形代(かたしろ)たる草薙剣の代理、いわば形代(かたしろ)形代(かたしろ)とでもいうべきものとして、『昼御座(ひるのおまし)の剣』――天皇が昼間に座す清涼殿の一角に置かれた、霊的護身のための剣――が充てられている。

 さらにその後承元(じょうげん)四年、西暦にして1210年、伊勢神宮祭主より贈られていた剣を、新たに正式な形代(かたしろ)とすることが定められた。これは『神宮御剣』と呼ばれ『准宝剣』とも称されたという。

 

 またさらに時代は下り、南北朝の争乱の折。嘉吉三年、西暦にして1443年。禁闕(きんけつ)の変において南朝方が御所へ乱入、三種の神器のうち剣と勾玉を強奪した。この際に剣はすぐに奪還されたとされているのだが。

 その後南朝方の皇族が隠れ住んだと伝えられる地には、驚くべきことに現代においても神器が伝承され奉られているという。奈良県所在の瀧川(りゅうせん)寺が(くだん)の神器たる草薙剣を奉安しており、寺伝によれば後醍醐(ごだいご)天皇の命による複製品とされている。

 

 そして今、賀茂忠行が手にしているこの『模造草薙剣』。この剣については、貞明らが所持している『神世草薙剣』に縁深い物であった。

 住吉大社が『神世草薙剣』を所蔵していたとの記録があることはすでに述べた。『模造草薙剣』は住吉大社の分派ともいえる神社において奉られ、その神社の別当寺――神社の境内もしくは周辺に建てられた、神社所属の寺院――が管理していた。そう解し得る記録が在る。

 

 住吉大社の子神(みこがみ)を奉る神社の一つ、阿遅速雄(あじはやお)神社。そこでは主神に併せ、草薙剣の分霊とされる八剣大神(やつるぎのおおかみ)が奉られている。

 社伝によれば〈僧・道行(どうぎょう)が草薙剣を盗んで新羅(しらぎ)に向かおうとした際、難波津で大嵐に遭った〉〈道行は神罰だと考えて怖れをなし、草薙剣を放り出して逃げた〉〈剣は地元の者に拾われ、阿遅速雄(あじはやお)神社に奉られた〉〈その後、剣は宮中へ還され、熱田神宮へと遷されたが、草薙剣の分霊は阿遅速雄(あじはやお)神社に残り、奉られ続けた〉という。

 また、同社の別当寺である出田(ででん)寺を開いた僧、空山(くうざん)が同社をも管理しており、模造草薙剣などの神宝を保管していた、との記録が大正十一年、西暦にして1922年の『東成郡誌』に見られる。

 

 そしてこれまでに述べたように、住吉大社において草薙剣が奉られ、熱田神宮へは偽物が送られていたとすれば。

 阿遅速雄(あじはやお)神社に奉られていたものはあるいは、熱田から住吉へ返礼として贈られた、草薙剣の形代(かたしろ)であろうか。そして本物の草薙剣を密かに所蔵している以上、模造品の扱いに困り、分派たる神社に預けた。

 

 陰陽道に関わりある儀式を執り行なう住吉大社は、その縁で賀茂忠行と繋がりがあった。そのため、かつて草薙剣の守護のため忠行は式神を貸し与え、今は草薙剣奪還のため、住吉大社に連なる阿遅速雄(あじはやお)神社より模造草薙剣を借り受けた。

 少なくとも清明が賀茂忠行から聞いた剣のあらましについては、現代における知識を加えて説明すればそうした内容であった。――

 

 

 

 日本武(やまとたける)は剣を見て吹き出した。

「ハッ! そのような代物(しろもの)が神器の模造品とな! これは愉快、似ても似つかぬとはこのことよ!」

 

 忠行の手にした剣は柄頭や鞘を金銀と螺鈿(らでん)に飾り立てられた直剣であり、刀身には陰陽道の術式による日月と五つの星を示す紋様、そして四方を司る四聖獣――東の青龍、西の白虎、北の玄武、南の朱雀――の姿が彫り込まれている。

 言われるまでもなく、清明が目にした『神世草薙剣』の無骨な姿とは似ても似つかない。実物を見て模したものではなく、皇家にふさわしい神聖な剣としてあつらえたものに過ぎないらしかった、

 

 そして、その刀身から現出される(モノ)の数も本物とは比べものにならない。剣から吹き上がってはいるものの明らかに流れの層が薄く、帯びている輝きもくすんで見えた。

 現に、忠行が二体の式神を形作った時点で剣から流れ出るモノが明らかに減っており、四聖獣のもう二体を形作れそうにはなかった。

 

 忠行は(いか)つい顔をさらにしかめ、折り畳んだ紙を懐から取り出す。

「左に青龍、万兵を避く。前に朱雀(すざく)、口舌を避く。急ぎ意に添え律令の如く」

ぱたり、ぱたりと紙が開き、折り畳まれていた(かさ)を越えて展開し、立ち上がり。折り紙細工の【式神青龍】【式神朱雀】を作り出した。

 

 知らず、清明の背筋が震え、びりびりと痛みさえ伴って鳥肌が広がる。震えは腰骨から先へと走り、尻尾が逆立ち、総毛立つ。

かつて母を殺したその式神のことは、正直なところ目にしたくはなかった。

 

 日本武(やまとたける)が目を見開いた後、肩を震わせて式神どもを指差す。

「ハ! 神器がまがいものなら聖獣とやらもまがいものか! この分ではそれらの力もまがいものであろう、老人!」

 

 (たける)の笑い声が響く中、忠行は表情を変えなかった。小さく頭を下げる。

「不揃いにて不細工なものどもをお目にかけ恐縮。この賀茂忠行浅学非才にして生来の無骨者にて、不調法御免あれ。されど」

 筋金の入ったように伸びた背筋を前に倒し、食い入るように(たける)の目をにらむ。

「このものどもの重宝(ちょうほう)なること、その玉体にて確かめられませ。――(しい)し奉る」

 

 忠行の声と共に、四体の式神が唸りを上げて飛びかかる。

 

 日本武(やまとたける)が歯を見せて笑い、岩のような拳を握り直した。

「これは愉快! いざ、死にも生きも限らず、(ひたぶる)に力争わん!」

 

 

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