狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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四十三話  猛る者

 

 日本武(やまとたける)の踏み込む足に地の砂が舞い上がる。辺りに()う松の根も震え、幹が揺らいだ。

 

豪亜(ごうあ)ぁぁっっ!」

 雄叫びと共に繰り出す拳が白虎を狙う。が、硬い音と共にその剛拳が止められる。

「ぬ?」

 

 白虎の体に拳が触れる寸前、地面から生え出た針が折り重なり、壁の如き層を成していた。木火土金水五行のうち、金に属する白虎の力。

 が。悲鳴のような吠え声を上げて、地面にのた打ち回ったのは白虎の方だった。

 

 (たける)の剛拳は確かに止まってはいたが。針を折り、あるいは歪め、その先の白虎の体に大きくめり込んで止まっていた。

 

「やれ、青龍!」

 忠行に指差されるまま、青龍が折り紙細工の口を開ける。辺りに散る松葉と共に宙を遊んでいたモノどもがその口の前に集い、融け合い。緑の光を帯びた風となって、(たける)へと吹き(すさ)ぶ。

 

(ちょう)っっ!」

 かけ声と共に(たける)が繰り出したのは蹴りだった。身をかわすこともなくその場で。

(くう)を斧で叩き斬るかのような蹴り上げは、大気を打ち砂を巻き上げ、突風を造り出し。青龍が放った風と打ち合って、(はた)くような音だけを残し、互いにかき消えた。

 

「な……」

 

 大口を開けた忠行へと、宙に漂う砂を吹き飛ばしながら(たける)が駆ける。

「ハハッ! どうした、遅いぞ老人!」

 剣のように硬く伸ばした手指を忠行の体へと叩き込もうとしたとき。

 

「ほんまや、遅いぞ爺ぃ」

 清明の呼んだモノが忠行の前で寄り集まり、人の背丈ほどもある白狐となった。

忠行をかばうように現出されたそれはしかし、(たける)の手に易々と貫かれる。

 

 自らの尻尾を震わせ、清明は一声鳴いた。

「それ、(こぉん)

 

 式神狐の背をぶち抜いた(たける)の手が、忠行の体に到達する前に。

 金の気を帯びたモノどもで形造られた狐は、たちまちその身を金属塊に変じた。敵の腕を身の内に取り込んだまま。

 

「ぬ!?」

 掌から肘までが金属塊に食い込み、さすがに(たける)の動きが止まる。

 

「今や、爺ぃ! 焼け!」

 

 忠行は跳びすさりつつ朱雀へ命ずる。

「焼き尽くし奉れ! 火剋金!」

 折り紙細工の翼を羽ばたかせ、式神朱雀が炎を放つ。

 

金属塊ごと(たける)の体を覆った火へ、清明も同じく火を放った。

「それ、()ぁ!」

 

 重なり勢いをいや増す炎は、やがて金属塊をも熱し、どろ、と溶かし。崩れて、(たける)の体へと覆いかぶさった。

「が!!? ごあああぁっっ!?」

 羽衣を焦がし、鳥の頭を模した頭巾が焼け落ち、日本武(やまとたける)が悲鳴を上げる。

 

「今や、わしがやる!」

 忠行の手から模造草薙剣を取り、清明がとどめを刺すべく駆けようとしたとき。

 

(じゃ)()ぁっっ!」

 日本武(やまとたける)が一声叫び、金属塊を引っこ抜くように跳んだ。溶けかけた金属の大半はその場に崩れ落ち、(たける)は何度も跳んで金属を身から振るい落とす。

 そして松原を抜け、砂浜を駆け、飛沫(しぶき)を上げて海へと跳び込んだ。(たける)の沈み込んだ海面から泡が浮かび、もうもうと湯気が上がる。

 

「げ……」

 清明が顔を引きつらす間に、(たける)は海から跳び出し。砂浜で犬のように体を震わせた。

 

 羽衣と共に上半身の衣は焼け落ち、赤銅(あかがね)色の隆々たる肉体をのぞかせていた。今はその片腕と肩、胸や腹のそこかしこが黒く焼け(ただ)れていたが。

 胸を張って声を上げた。

「ハッハッ! 愉快、(ちん)は愉快ぞ! ことほど左様に(ちん)に抗う者は伊服岐能山(いふきのやま)の国津神以来!」

 ざんばらの髪を振り乱し、焦げの散った頬を歪めて笑う。岩のような拳を握り鳴らした。

「さあて。かの国津神の代わりに貴様らの体で、思う様意趣を晴らしてくれようぞ」

 

 松の根に腰かけた空海が、剃りあげた頭をぼりぼりとかく。

「あーあ、こりゃ手ごわいぞ。手負いの獣が一番恐いけんのぅ」

 

 清明は思い切り顔をしかめた。

「おっさん、お前はさっきからそうやって、いったい何をしてくれとんのじゃっ!」

 

 空海は竹筒の水を飲む。

「何にも。今回のことはお前の友と弟がしでかしたことや、お前が決着つけぇ。オレのような死人(しびと)が口出すことでもないわい」

 

 清明はなおも頬を歪める。

「今相手にしとんは死人(しびと)やろがい、手ェ貸してくれても――」

 

「やめよ」

 叩き切るように言ったのは忠行だった。

「確かに此度(こたび)のことは我らが責。……何より、院があのようにおなりあそばしたのは、まぎれもなく我が責」

 うつむいて続けた言葉は、これから死ぬ者の声であるかのように重く響いた。

「陽成院は(わたくし)がお止めする。たとえ院を(しい)し奉ることとなろうとも。たとえ(わたくし)が、死すこととなろうとも。……そうしなければ、ならぬのだ」

 

「爺ぃ……?」

 清明は目を瞬かせていた。

 思えば、忠行が貞明を止める理由を聞いてはいない。陰陽師として世を平安に保つ役目がある、という以上には。だが、それだけでは自分の命を捨ててまで止める理由にはなるまい。

 かつて貞明は言った、『賀茂忠行。奴のことは、殺してやりたいと思っていたよ』と。

 そして今、忠行は言った。『院があのようにおなりあそばしたのは、まぎれもなく我が責』。

 何があったのだ、二人の間に。

 

 忠行は人差指と中指を鋭く立て、刀印で日本武(やまとたける)を指す。

「遠慮は不要、行け! 皇子(みこ)(しい)し奉れ!」

 

 折紙造りの青龍と朱雀がそれぞれ風と火のモノをまとって飛び。遅れて玄武が砂地に起こした水流に乗って突進する。

 海に半身を浸けたまま、身動きの取れぬ(たける)へと式神共が打ち当たろうとした、瞬間。

 

 分かたれていた、三つの式神は真っ二つに。

 どころではなかった、縦横無尽に光が、光の形作る刃が走り、それらをさらに斬り刻み。瞬きの後には、紙吹雪の如く刻まれた紙と、モノどもが散らばるばかりだった。

 

 それを為した光の刃は、(たける)自身の手から現れていた。その腕から吹き上がる無数のモノどもが光を帯び、刃を形作っていた。

 

 日本武(やまとたける)は腹から笑う声を上げる。

「ハッハァーッ! 見たかまがいものめ、これが本物よ! 本物の英雄の、本物の(おう)の、本物の神の力! 神器など(ちん)には不要、(ちん)こそがすでに真なる神器! 【草薙断(くさなぎのたち)】――それがこの力の名よ!」

 

 手刀より吹き上がる光の刃を、天に向けるように(たける)は構えた。

「さあて。わが神技にして神器、その身に受けて死ぬる果報者は誰ぞ」

 

 

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