狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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四十四話  草薙断(くさなぎのたち)

 

 断たれ、裂かれてただの紙に戻り、風に吹かれて力なく宙を舞い、あるいは地を這う式神青龍、式神朱雀の欠片。模造草薙剣の力で造り出された模造玄武も元の水気を帯びたモノへと散り、消えゆこうとしている。

 

「な……」

 清明はそれらを、口を開けて見ていた。

 かつて母を殺した力が、それを為した男が模造草薙剣の力を得て放った式神どもが、反故紙(ほごがみ)の如く苦も無く裂き捨てられた。

 

 横を見れば、声こそ洩らしていないが忠行も、同じ顔で吹かれゆく紙片の群れを見ていた。

 

 こんなときに考えるようなことではなかったが。二人して同じ顔で同じものを見ている。忠行との協力を決めてから幾日か経つが、初めてのことに違いない。母を殺された男と殺した男が、同じ思いを抱いているなどと。

 

 そう考えるとなんだか、笑いそうになった。こんなときに。

 日本武(やまとたける)はお構いなしに、悠々と歩を進めて海から上がる。獣のように身を振るい、ざんばらに伸びた髪と赤銅色の肉体についた水を跳ね飛ばす。身をのけ反らせて笑った。

 

「ハッハァーッ! 如何(いか)によ、光栄に身の震える思いであったろう。さもありなん、さもありなん! これぞ我が神技(じんぎ)にして(ちん)こそは生ける新たなる神器! 【草薙断(くさなぎのたち)】――これぞ死後幾年月をも()、神霊と化して後に編み出した力! もしも生前にこれがあらば、伊服岐能山(いふきのやま)の国津神にも決して遅れは取らなんだものを……!」

 未だ光を吹き上げる拳に目を落とし、震えるほどに握り締める。

 

 清明は思わずつぶやく。

「生ける神器、言うてもお前――」

 

 忠行も横でつぶやいていた。

「とうの昔に身罷(みまか)られておろうに」

 

 言った後で互いに目が合い。

ふ、と苦く笑い合った。

 

 その間にも日本武(やまとたける)は顔を上げ、白く並ぶ歯を剥いた。

「さぁてさてさて、さらなる光栄に打ち震えることを許そうぞ……次は(うぬ)ら自身の身を以て、神の刃を受けるがいい! 神技【草薙断(くさなぎのたち)――都牟刈(つむがり)】!」

 天へと向けた(たける)の腕から、さらなる光が吹き上がった。風を切って振り下ろされる手刀の動きにつれて、光は三日月のような孤を描き。それが刃の如きものを形作り、清明らの方へと飛ぶ。

 

「げ」

 反射的といえる動きで清明は伏せ、忠行は横へ跳んだ。清明の後ろ髪と尾っぽの先の毛がさらわれ、忠行のかちりと固い直衣(のうし)の袖が裂かれる。

 

 (たける)は悠々と笑う。

「今のをかわすとは上出来。褒美(ほうび)ぞ、次はたんとくれてやろう!」

 

 さらに光を溢れさせた腕を掲げ、縦横無尽に振るう。その手から剣ほどもある光の刃が無数に放たれ、こちらへと飛ぶ。

 

「げ……ええぇ!?」

 清明は顔を引きつらせる。

 

 忠行も同様に表情を固くしていたが。それと同時といえる早さで、刀印を結んだ手を地面へ向けていた。二人の目の前の地面でモノどもが寄り集まり、土塊となって盛り上がる。

 

 清明も慌てて刀印を土壁へ向ける。金の気を帯びたモノどもが鉄の板と化して地面からせり上がり、土壁を前から補強した。

 

 飛び来る光の刃が連続で壁へと打ち当たる。金属(かね)同士の打ち合うような音が甲高く響き、壁がひどく揺れ、(かし)いだが。どうやら、防ぎ切ったようだった。

 

「ふう……」

 耳を押さえていた――鼓膜へとつながっていない狐耳ではなく、元からあった方の耳を――手を離し、清明は壁の横から顔を出す。

 

 と、同時。

「今のを(こら)えおったか。いや、これは上々の出来」

 向こう側から同じく、日本武(やまとたける)が笑顔を壁の横へと突き出していた。

 刃の群れが騒々しく壁に打ち当たる間に、ここまで駆けてきたというのか――清明がそう考える間に、(たける)の手から光が吹き上がり。長い、長い剣を形作った。二人まとめて真っ二つなり、串刺しなりと好きにできそうなほどの。

 

「ぬぅ……!?」

 忠行が刀印を突き出すより早く、刃は振るい落とされ。

 

 それよりも早く、清明は思い切り跳んでいた。日本武(やまとたける)へではなく、刃から逃れようとしてでもなく。

 忠行へと、背中から体ごとぶつけるように跳んでいた。

 

「な……!?」

 後方へと打ち飛ばされ、地に転んだ忠行は刃から逃れ。

 清明の体を刃が走り。その後を追うように、遅れて肌に、肉に熱さが走り。また遅れて、血が吹き上がるのが見えた。

 まるで尾花丸に斬られたときのようだったが。今度の方が傷は深く、熱く、溢れる血が多い。真っ二つにならなかったことだけが僥倖(ぎょうこう)といえた。

 

「な……な……?」

 

 尻を地べたへつけたまま目を瞬かす忠行へと顔を向ける。うつ伏せになり、体の重みをかけて傷口を押さえながら。その動きだけでどうにも、傷口に再び熱が走っていたが。

「早よ……下が、れや……阿呆」

 

 言われてようやく気づいたように、慌ただしく忠行が立ち上がる。だが、半歩下がったところで脚を止めた。

「……なぜ、助けた」

 

 顔をもたげて清明は怒鳴る。

「とっとと下がれや糞阿呆ァ! 間合い取らなんだらまたあの糞皇子が来るやろうがわしの怪我ァ無駄にする気が糞爺ィ!」

 腹から上げた声がびりびりと傷に響き、清明はたまらず身を丸めた。脂汗のにじむ額を地に押し当て、歯を食いしばる。

「なに……何のこたァない。できるかなァ……そう(おも)ただけや。できる、もんやな」

 

 できるのか、そう思っていた。母の仇と共に戦うなどと、できるのか、と。

 許したとは言った。母はそもそもろくでもなかった。それでも、本当にできるのか。本当に許したのか――それが、ずっと引っかかっていた。

 だから、やってみせる必要があった。共に戦えるのだと、許したのだと、示す必要があった――忠行にではない、自分自身に。

 

「できる、もんやな……」

 ほう、と息をつき、取り落としていた模造草薙剣を手にして抱え込む。

この剣に神霊・日本武尊(やまとたけるのみこと)を封じ、真の草薙剣に対抗できる神器とすることがこの戦いの目的。破壊されるわけにはいかなかった。

 

(たける)は鼻で息をつく。

「ハ! 仲の良いことだ、案ずるな。どうかばい合おうともどちらも殺し、仲良く骸を並べてやろうほどに。それが済めば次は貴様だ、糞坊主」

 

 座ったまま、指を指されて空海は笑う。ぺちぺちとうなじを叩いてみせた。

「はは、そのときにはこの空海、喜んで()っ首献上いたしましょうわい。ただし――本当(ほんま)にそいつら殺せたら、の」

 

「清明。清明よ」

 

 忠行の声に、清明は脂汗の垂れた顔を上げる。

 

 忠行は清明の目を見ていた。瞳の奥にまで視線を通そうとするかのように、真っ直ぐ見ていた。

「礼は言わぬ。(わたくし)の命もお前の命も、そこな糞皇子の命も、使い潰してでも院を御止めする。院を(しい)し奉ることとなろうとも、御止めする。ただ……そのためにまだ要り用よ、お前の命」

 

 傍らに置いていた唐錦の袋を取る。模造草薙剣と共に抱えてきていた包みの残り二つ。

 その内から出てきたのは、(いぶ)したかのように渋くくすんだ銀細工に飾られた二振りの直剣。

「『第四神器・大刀契(だいとけい)』より『護身剣』『破敵剣』――その写したる『模造護身剣』『模造破敵剣』。……借りは返そう、お前を護る。そして日本武(やまとたける)を討ち、封ずる」

 鞘を砂の上へと抜き捨て。賀茂忠行は日本武(やまとたける)へと二本の刃を向けた。

 

 

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