狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
「これは
賀茂忠行は取り合わず、左手に持った剣の先を砂地につけ、自らの前に線を引いた。切先からこぼれる銀の光がそれに続き、砂に染み込むように消えていった。
「東は
そう唱えながら自らの左右と後ろにも線を引く。数歩分の幅を持つ大きな四角の真ん中に忠行がいる格好となった。
「
「何?」
「簡素ながら【
――我々の知る歴史において。
宝亀元年、西暦にして770年。都の四隅と畿内十ヶ所において【
四角四方に結界を張り巡らし、その内部を平穏に保つための術式。今回においてはそれをごく小規模な範囲で再現し、物理的な障壁とした……そのように、この忠行は言っていることになる。
そして同じく忠行の言った『第四の神器・
陰陽道の大元たる道教由来の紋を刀身に刻んだそれらはかつて、
だが、三種の神器の観念が固まるにつれて
なお、安倍晴明が史実上に初めて名を残したのも、火災で失われた『護身剣』『破敵剣』を新たに造り出す儀式を執り行なった際の記録である。
天徳四年、西暦にして960年、内裏における火災にてこれらの剣が失われた。翌、応和元年に剣の鋳造及び三公五帝祭が執り行なわれ、新たな護身剣・破敵剣が造り出される。
この儀式を主催したのが賀茂忠行の息子・賀茂
一方で安倍晴明自身は晩年に〈これら霊剣の新造は自身が主体となっての功績である〉と貴族間で吹聴していたとも伝えられている。また、安倍家に伝わった『陰陽道旧記抄』においては〈晴明が霊剣鋳造を命じられた際、刀身に刻むべき紋様が不明であった。そのため、式神の神通力によって紋様を知った上で新造に当たった〉とされている。
つまるところ。秘宝たる護身剣・破敵剣の製法は賀茂家に伝わっており、それら宝剣を複製することは可能。それを実際に為したものが忠行の手にする『模造護身剣』『模造破敵剣』であった。――
加茂忠行は再び
「要点を再度申し上げれば。貴方様の刃は結界と『模造護身剣』の力に阻まれ、貴方様御自身は我が『模造破敵剣』に討たれ申す」
「ハ、なかなか愉快な冗談を――」
忠行は顔を上げ、敵を見据える。
「御理解が早からぬ御様子故、畏れながら申し上げまする。――とっとと来い。糞皇子」
「は?」
たちまちのうちに
どぉん、と地鳴りのような音を立てて地を蹴ると同時、忠行の前に跳び込んでいた。
「来たがどうする糞爺ぃ! 死ね、【
忠行の提げた護身剣が輝く。同時、自らの前に引いた線から光が昇り、透明な壁を造り上げた。
「ぬうぅ!? おのれ、【
「
左へ回り込みつつ連続で刃を繰り出す。かと思えば右へ回り、またも刃を振るい込む。が、その全てが甲高い音を立て、忠行の左右に立ち昇った光の壁に阻まれた。
忠行は表情を変えない。
「申し上げたとおりで御座いましたな。次は、これも御約束どおり――受けられよ!」
右手に提げていた破敵剣が宙へと浮かんだ。その刀身が青白く光を発し、震え。じじ、と虫の羽音のような音を立て、青白い雷電光を帯び。さらに震え、さらに輝き。ゆっくりと、
まるで弓の
それより一瞬早く。
「
光を放つ両の手刀が、拳へと握られた。それに伴い、光の刃が岩のようにごつごつとした形へ変化する。両手に宿る光の塊が、もろともに地面へと叩きつけられた。
轟音を上げて地面を打つと同時、硬い音を立てて打ち合う光の拳同士。そこから、弾ける音と共に火花が上がり。火花はたちまち躍る火へと、火は燃え盛る炎へと変わり。炎はなおも、気流を巻き起こし
それらの底のさらに下、砂地を根こそぎ掘り起こそうとするかのように、地の深くへと叩き込まれ。そこで
「な……あぁああ!!?」
覆いかぶさる大量の砂と共に、地へと鈍い音を立てて落ちた忠行。宙を待った
跳ね飛ばされて転がった護身剣、破敵剣を
口を開けたまま言葉を失う忠行へ、
「ハ! 見たか糞爺ぃ……いや老人! これぞ
歯を剥いてにたにたと笑った。
「どれ、
顔を上げた忠行は、泣いてはいなかった。
「東は
見れば。先ほど断たれた二振りの剣、それがゆっくりと砂地を
「【逆・四角四境祭】」
忠行がつぶやくのと同時。砂の上に引かれた線から鈍い光が昇り、半ば透けたくすんだ壁となって立ち上がった。さらにはその頭上と、足下の地面にすら同じ光が壁を造る。さながら、半透明の檻のように。
「な……ああ!?」
半ば砂に埋もれ、荒い息の下から忠行は言う。
「
「な、何だこんなもので
光の壁へ唾を散らしながらも、その手に光の刃が宿る。大きく振りかぶった。
「捕まえたつもりは、なかろうがなァ……ちっと止まって、くれりゃァ……それで、ええ」
言ったのは忠行ではなかった。空海でもない。
清明は震えながら、模造草薙剣を杖につき、立ち上がっていた。
「なっ――馬鹿な、貴様っ、我が刃に裂かれて、立ち上がれるはずが……」
清明が胸に当てた手の下では、もはや傷口は血を流していなかった。忠行が時間を稼いでくれる間に、金の
おかげでもはや傷は塞がり、一滴の血も流してはいない。――もっと重症の火傷を負った気はするが。
痛みに震える頬を笑いの形に歪めてみせ、目の端からにじむ涙を拭いもせず、砂まみれの顔を向ける。
「知ったことか
清明の頭上では水の
霧のような冷気をまとった、白い、白い氷の塊。それが尖り、四肢のような分岐をを
目を見開いた
「あ、れ、は……! 神……!
清明の頭上に浮かぶ、氷が形作った大猪。
清明は片手で剣にすがりながら、片手で印を結ぶ――空海から教わった密教のそれではない。忠行から学んだ陰陽道のものでもない。清明だけの印。幼き日に影絵遊びで母が、狐の影を作ってみせた、その手の形――。
狐影の印を突き出しながら叫ぶ。
「行けや、
氷の大猪が牙を剥き。吹雪の