狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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四十五話  第四の神器・大刀契(だいとけい)

 

 日本武(やまとたける)の頬が、ぴくり、と動く。

「これは(ちん)の空耳かな。糞皇子、などという言が聞こえたが。まさかとは思うが、(ちん)のことを申したわけではあるまいな?」

 

 賀茂忠行は取り合わず、左手に持った剣の先を砂地につけ、自らの前に線を引いた。切先からこぼれる銀の光がそれに続き、砂に染み込むように消えていった。

「東は扶桑(ふそう)に至り西は虞淵(ぐえん)に至る。南は炎光(えんこう)に至り北は弱水(じゃくすい)に至る。千城百国、精治(しょうじ)万歳、万々歳――」

 そう唱えながら自らの左右と後ろにも線を引く。数歩分の幅を持つ大きな四角の真ん中に忠行がいる格好となった。

 (うやうや)しく頭を下げた。

皇子(みこ)よ、(おそ)れながら申し上げておきまする。貴方様の刃はもはや、この(わたくし)には届きませぬ」

 

 (たける)の頬がまた震える。

「何?」

 

「簡素ながら【四角四境祭(しかくしきょうさい)】の(しゅ)を施し申した。この四角の結界を越えて手を出すことは叶いませぬ。いや、何より。先も申したる『第四神器・大刀契(だいとけい)』、その主たる物を模したる『模造護身剣』。これの力を越えて、(わたくし)を討つことは到底無理かと」

 

 

 

 ――我々の知る歴史において。

 宝亀元年、西暦にして770年。都の四隅と畿内十ヶ所において【四隅疫神祭(しぐうえきじんさい)】【畿内堺十処疫神祭(きないかいじゅっしょえきじんさい)】と呼ばれる祭祀が執り行なわれた。これが即ち陰陽術【四角四境祭(しかくしきょうさい)】の一種である。

 四角四方に結界を張り巡らし、その内部を平穏に保つための術式。今回においてはそれをごく小規模な範囲で再現し、物理的な障壁とした……そのように、この忠行は言っていることになる。

 

 そして同じく忠行の言った『第四の神器・大刀契(だいとけい)』。これもまた、我々の知る歴史において存在した。それは一つの物ではなく、複数の霊剣と護符の総称とされている。

 

 大刀契(だいとけい)を構成する霊剣のうち、最も重要な二振りが『護身剣』『破敵剣』またの名を『日月護身剣』『三公戦闘剣』。

陰陽道の大元たる道教由来の紋を刀身に刻んだそれらはかつて、百済(くだら)より伝えられた宝剣。第十四代・中哀天皇の妃たる神宮皇后に贈られたものとされており、それ以前の人物である日本武(やまとたける)が知らぬのも無理はなかった。

 

 大刀契(だいとけい)は皇位継承の際、三種の神器と共に受け継がれたものであり、少なくとも第三十八代・天智天皇の代には存在が確認されている。その後、平安時代において複数の火災に遭い、実物が余人の目にさらされることとなった。

 だが、三種の神器の観念が固まるにつれて大刀契(だいとけい)に対する人々の関心は薄れてゆき、やがて火災にて焼失された、と伝わっている。

 

 なお、安倍晴明が史実上に初めて名を残したのも、火災で失われた『護身剣』『破敵剣』を新たに造り出す儀式を執り行なった際の記録である。

 天徳四年、西暦にして960年、内裏における火災にてこれらの剣が失われた。翌、応和元年に剣の鋳造及び三公五帝祭が執り行なわれ、新たな護身剣・破敵剣が造り出される。

 この儀式を主催したのが賀茂忠行の息子・賀茂保憲(やすのり)であり、補佐に当たっていたのが天文得業生・安倍晴明との記録が『若杉家文書・大刀契事』に見られる。

 一方で安倍晴明自身は晩年に〈これら霊剣の新造は自身が主体となっての功績である〉と貴族間で吹聴していたとも伝えられている。また、安倍家に伝わった『陰陽道旧記抄』においては〈晴明が霊剣鋳造を命じられた際、刀身に刻むべき紋様が不明であった。そのため、式神の神通力によって紋様を知った上で新造に当たった〉とされている。

 

 つまるところ。秘宝たる護身剣・破敵剣の製法は賀茂家に伝わっており、それら宝剣を複製することは可能。それを実際に為したものが忠行の手にする『模造護身剣』『模造破敵剣』であった。――

 

 

 

 加茂忠行は再び(こうべ)を垂れる。

「要点を再度申し上げれば。貴方様の刃は結界と『模造護身剣』の力に阻まれ、貴方様御自身は我が『模造破敵剣』に討たれ申す」

 

「ハ、なかなか愉快な冗談を――」

 

 忠行は顔を上げ、敵を見据える。

「御理解が早からぬ御様子故、畏れながら申し上げまする。――とっとと来い。糞皇子」

 

「は?」

 たちまちのうちに(たける)の顔が固まる。びきびきと音が聞こえそうなほどに頬が硬く震え、歯が噛み締められ、首の筋肉に筋が浮かぶ。

 どぉん、と地鳴りのような音を立てて地を蹴ると同時、忠行の前に跳び込んでいた。

「来たがどうする糞爺ぃ! 死ね、【草薙断(くさなぎのたち)】!」

 

 忠行の提げた護身剣が輝く。同時、自らの前に引いた線から光が昇り、透明な壁を造り上げた。

 (たける)の振るう光の刃はそこへ食い込むも、忠行へと届くことなく止められていた。

 

「ぬうぅ!? おのれ、【草薙断(くさなぎのたち)――八重垣(やえがき)】!」

 (たける)の手から光が消えた、と見えたのも束の間。今度は両手から、短いながらも光の刃が吹き上がる。

超羅(ちょうら)ぁぁっっ!」

 左へ回り込みつつ連続で刃を繰り出す。かと思えば右へ回り、またも刃を振るい込む。が、その全てが甲高い音を立て、忠行の左右に立ち昇った光の壁に阻まれた。

 

 忠行は表情を変えない。

「申し上げたとおりで御座いましたな。次は、これも御約束どおり――受けられよ!」

 右手に提げていた破敵剣が宙へと浮かんだ。その刀身が青白く光を発し、震え。じじ、と虫の羽音のような音を立て、青白い雷電光を帯び。さらに震え、さらに輝き。ゆっくりと、(たける)の心臓へ切先を向けた。

 まるで弓の(つる)を引き絞るかのように、剣が後ろへと動いた。そして、(たける)へと放たれる。

 

 それより一瞬早く。

怒阿(どあ)ぁぁぁっ! 【草薙(くさなぎの)……(けん)】!!」

 光を放つ両の手刀が、拳へと握られた。それに伴い、光の刃が岩のようにごつごつとした形へ変化する。両手に宿る光の塊が、もろともに地面へと叩きつけられた。

 轟音を上げて地面を打つと同時、硬い音を立てて打ち合う光の拳同士。そこから、弾ける音と共に火花が上がり。火花はたちまち躍る火へと、火は燃え盛る炎へと変わり。炎はなおも、気流を巻き起こし()ぜ立った。忠行へ向けてではなく、立ちはだかる光の壁へでもなく。

 それらの底のさらに下、砂地を根こそぎ掘り起こそうとするかのように、地の深くへと叩き込まれ。そこで()ぜ上がっていた。地面も光の壁も忠行もまとめて炎に巻き、気流に巻き込み打ち上げながら。

 

「な……あぁああ!!?」

 覆いかぶさる大量の砂と共に、地へと鈍い音を立てて落ちた忠行。宙を待った烏帽子(えぼし)が遅れて横へと落ちた。

 

 跳ね飛ばされて転がった護身剣、破敵剣を(たける)が拾い。光る手刀で、二振りまとめて()し折った。

 

 口を開けたまま言葉を失う忠行へ、(たける)は言い放つ。

「ハ! 見たか糞爺ぃ……いや老人! これぞ(ちん)が更なる秘技【草薙拳(くさなぎのけん)・火打ち向かい火】よ! (ちん)の刃と爆発(はぜたち)の前に、逆らえる者とて(つい)ぞ無し!」

 歯を剥いてにたにたと笑った。

「どれ、(つら)見せい! 如何(いか)な泣き(づら)しておるか、(ちん)がとくと検分してやろうに!」

 

 顔を上げた忠行は、泣いてはいなかった。(すす)と砂にまみれた顔のまま、何事かをつぶやいていた。

「東は扶桑(ふそう)に至らず、西は虞淵(ぐえん)に至ることなかれ。南は炎光(えんこう)に至らず北は弱水(じゃくすい)に至ることなかれ。それにて全城万国、精治(しょうじ)万歳、万々歳――」

 

 見れば。先ほど断たれた二振りの剣、それがゆっくりと砂地を()い。取り囲むように武の四方へ、線を引いていた。

 

「【逆・四角四境祭】」

 忠行がつぶやくのと同時。砂の上に引かれた線から鈍い光が昇り、半ば透けたくすんだ壁となって立ち上がった。さらにはその頭上と、足下の地面にすら同じ光が壁を造る。さながら、半透明の檻のように。

 

「な……ああ!?」

 (たける)が四方上下を見回しながら声を上げる。線の向こうへと手を伸ばすも、だん、と音を立てて鈍い色の壁に阻まれた。背後へも、左右上下へも手を伸ばすも同様だった。上下はともかく、前後左右へは一歩も動かず全ての壁を触れるような狭さだった。

 

 半ば砂に埋もれ、荒い息の下から忠行は言う。烏帽子(えぼし)を傍らに落としたままで。

(たてまつ)りましたるは【逆・四角四境祭】。外の脅威より内を護る四角四境祭の逆、内の脅威から外を護るための結界。つまりは、貴方様をその内へと繋ぎし(おり)、閉じ込めし(ひとや)

 

 (たける)が忠行に向かった壁へ、両手と顔を押しつける。

「な、何だこんなもので(ちん)を捕らえたつもりかっ、無礼者、()れ者、無思慮、短慮、阿呆、阿呆っ!」

 光の壁へ唾を散らしながらも、その手に光の刃が宿る。大きく振りかぶった。

 

「捕まえたつもりは、なかろうがなァ……ちっと止まって、くれりゃァ……それで、ええ」

 言ったのは忠行ではなかった。空海でもない。

 清明は震えながら、模造草薙剣を杖につき、立ち上がっていた。

 

「なっ――馬鹿な、貴様っ、我が刃に裂かれて、立ち上がれるはずが……」

 

 清明が胸に当てた手の下では、もはや傷口は血を流していなかった。忠行が時間を稼いでくれる間に、金の(モノ)を集め、木材を(かすがい)で繋ぐように肉と肉を刺し、傷口を無理やりくっつけ。火の(モノ)を集め、傷を焼き焦がしていた。

 おかげでもはや傷は塞がり、一滴の血も流してはいない。――もっと重症の火傷を負った気はするが。

 

 痛みに震える頬を笑いの形に歪めてみせ、目の端からにじむ涙を拭いもせず、砂まみれの顔を向ける。

「知ったことか呆気(ボケ)、化かし騙しが狐の本領よ! 糞お()んの子()めんな糞呆気(くそぼけ)が」

 

 清明の頭上では水の(モノ)が深く濃く漂い、枝を踏み折るような音を立てて一つの形を取り始めていた。

 霧のような冷気をまとった、白い、白い氷の塊。それが尖り、四肢のような分岐をを(そな)え、大きな獣の形と化してゆく。

 

 目を見開いた(たける)は背後の壁へ、背と尻を押しつけていた。

「あ、れ、は……! 神……! (ちん)に深手を負わせし、伊服岐能山(いふきのやま)の国津神……!」

 

 清明の頭上に浮かぶ、氷が形作った大猪。

 清明は片手で剣にすがりながら、片手で印を結ぶ――空海から教わった密教のそれではない。忠行から学んだ陰陽道のものでもない。清明だけの印。幼き日に影絵遊びで母が、狐の影を作ってみせた、その手の形――。

 狐影の印を突き出しながら叫ぶ。

「行けや、(ずい)と!」

 

 氷の大猪が牙を剥き。吹雪の咆哮(ほうこう)を上げ。日本武(やまとたける)へと宙を駆けた。

 

 

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