狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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四十六話  荒ぶる英雄 対 狐の子

 

 生前の日本武(やまとたける)へ散々に氷雨を浴びせ、致命となる痛手を負わせた伊服岐能山(いふきのやま)――または伊吹(いぶき)山、あるいは異吹(いぶき)山――の国津神。『古事記』によれば白い大猪とされるそれを、清明は氷で再現してみせた。

 大猪が、(たける)へと猛進する。

 

 後ずさり、閉じ込められた結界の壁に尻を押しつけていた(たける)だったが。

「ふ」

 一つ息をつく。栓が抜けたように、腹を震わせ肩を揺らして笑い出した。

「ふふっ、ハーッハッハ! 面白い、面白いわ! もはや昔日(せきじつ)(ちん)にあらず、此度(こたび)においては(ちん)が勝つ! いざ、(ひたぶる)に力争わん!」

 

 (たける)の右手から、さらなる光が立ち昇る。強く、(たけ)く、(つよ)く吹き上がるそれが刃を成し、勢い余って辺りへ散る光が叢雲(むらくも)の如く漂う。

「受けよ! 【草薙断(くさなぎのたち)】最大の刃……【天叢雲(あめのむらくも)】!!」

 

 自身の身長を越える、柱のような光の剣が振り下ろされ、真っ向から大猪とかち合う。

 かと思うと、氷の猪の鼻面にたちまちひびが走り。そこからみりみりと断ち裂かれ。

 氷塊は真っ二つに斬って捨てられ、ひびが走り無数の氷片へと割れ落ち。さらに砕けた氷が雪のように辺りへ舞い上がった。

 

 腕を振り切った(たける)が目を瞬かせる。

ややあって息をこぼした。

「ふ。……ふはは、ハーッハッハ! 何だ、あっけない! あっけないわこんなものか! えぇ? こんなものか(うぬ)の奥の手は! 取るに足らん取るに足らん、実に実にちっぽけだな、あぁ? ハッハァーッ!」

 未だ雪のもうもうと昇る中、背をのけ反らせて笑う。

 

 その足が忠行の引いた結界の線を踏み越え、断たれた護身剣、破敵剣を蹴り退ける。

「どころか、見よ老人! (うぬ)の結界とやらも消え果てたわ! (ちん)が神剣の前には無力であったと見えるなぁ、んん?」

 

 吹き上がっていた気流が落ち着き、ゆっくりと降り始めた雪の向こうで、砂地に伏したままの忠行が言う。

「ときに、皇子(みこ)よ。貴方様は剣を抜き放ち、振るわれた後どうなされる?」

 

「……何?」

 

 教え子にものを説くような顔で忠行は続ける。

「難しく考えることも御座いますまい。刀身を拭い、鞘に納める……それだけに御座います。使い終えたものは納める、それだけに。我が結界も、そうしたまで」

 

「何だと……?」

 言いながら、(たける)の脚が震えていた。いや、震えていたのは脚ではない。地面だった。

 

「何のことは御座いませぬ。足止めの用も終え、もはやあの者の邪魔になろう故、結界を納めたまで」

 

 忠行が言っている間に。

(たける)の脚に何かが絡みつき、背後へと激しく引く。そのせいで(たける)は地面へ突っ伏し、砂地に顔を突っ込んだ。

「むぶっ!?」

 顔を震わせ、上体を起こす。そのとき見えただろう、舞い落ちる雪の向こうから、自分の脚に絡んだと同じものが、いくつも向かってくるのが。

 長くしなやかなそれは蛇、薄茶けた体を持つ大蛇。いや――

 

 清明は雪の向こうから、(たける)へと印を向けていた。狐影の印を。

「賀茂忠行直伝。大式神、『八剣大神(やつるぎのおおかみ)』」

 

 漂っていた雪があらかた降り尽くし、その姿が(あらわ)となった。

 八つの頭を持つ異形の大蛇、いや、それを模したもの。

 砂地の上をしなやかに動く腹は、掘り起こされて湿った砂土。背を覆う鱗は、(たける)に斬り倒された松の木々から剥がれた硬い皮。体と同じく砂に形作られた大口を開けると、石と折れ枝の牙が不揃いに並ぶ。いずれの顔にも瞳は無く、その頭には龍の角にも似て、葉をつけたままの松の枝が一対植わっていた。

 

「何ぃぃ!?」

 目を剥く日本武(やまとたける)の、腕にも脚にも幾重にも絡みついていた、八岐(やまた)の蛇体のうち四筋が。さらにはもう一筋の首が、駄目押しのように両腕ごと胴を締めつける。

 

 残る三つの頭が鎌首もたげて、宙高くから(たける)を見下ろす。その中央の首の上に清明はいた。(モノ)を刃からこぼす、模造草薙剣を携えて。

 

 

 ――我々の知る歴史において。

 八剣大神(やつるぎのおおかみ)、それは先述した、住吉大社の分社たる阿遅速雄(あじはやお)神社において主神に併せて奉られる神。草薙剣の分霊とされる存在。

 また、古来より草薙剣を奉る熱田神宮においても和銅元年、西暦にして708年より、草薙剣にちなんだ新造の宝剣が八剣神として奉られているという。

 清明が忠行から学んだ術により(あらわ)したそれは、模造草薙剣と清明自身の力を使い、その神を模してみせたものであった。――

 

 

 剣を担いで清明は歯を剥く。

「はっはぁー! って、あんたさんなら笑うんやろな。こんなときにゃ、相手を見下ろすときにゃあよ」

 

 (たける)は目を剥く。

「なっ、馬鹿な、(うぬ)がっ、(うぬ)が奥の手は先ほど打ち砕いて――」

 

 突きつけるように、切先を(たける)の瞳へ向けた。

「聞いとらなんだか、化かし騙しが狐の本領よ。猪に似せたもんでも軽ぅに放っときゃ、あんたが勝手に本気出して、そっちへ空振りかましてくれる(おも)てな……本当(ほんま)にやりよったわこの阿呆」

 

 口を開けたままの(たける)に構わず、剣を振りかぶる。

「お前の本気は無駄に終わった、わしの本気はこっからよ。受けよや、【八剣大神(やつるぎのおおかみ)――」

 

「ぐ、ぬううううぅ!?」

 歯を食いしばる(たける)の手から光が吹き上がり、刃を成そうとするも。立ち昇った光はもはや薄く、わずかに砂蛇の体を削ったのみだった。

 

 (たける)の肩口へ、大蛇の二首が牙を剥いてかぶりつき。清明の乗った残り一首が、真正面から襲いかかった。

「――模造草薙断(もぞうくさなぎのたち)】!!」

 

 模造草薙剣から吹き上がる光が刃を成し。八剣大神(やつるぎのおおかみ)の殺到する勢いのままに、日本武(やまとたける)を頭から、真っ二つに斬り裂いた。

 

 

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