狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
頭から股まで、二つに裂かれた
「が……あ、ぁっ、ぁぁぁ……」
その姿が輪郭を失い始め、音も無く崩れ出し。端から、光の
忠行が、がば、と砂地から立ち上がる。砂の上に転がる
「今ぞ清明! 剣を掲げよ!」
一方、自身は片手の人差指と中指を、突き刺すように、ぴん、と伸ばし。形作った刀印を
「朱雀・玄武、白虎・
上から下へ指が流れるたび、光がその軌跡を宙に残し。四つの縦線が描かれた。
刀印はさらに振るわれる。今度は横に五度、格子を描くように先の縦線と交差させて。
「帝久・文王、三台・玉女、青龍!」
忠行が九字を切り終えたところで、模造草薙剣を捧げ持つ清明が声を上げた。
「
忠行の描いた九字の軌跡が縦横に拡がり、散りかけた
清明も忠行も、固まったようにそのままでいて。
「……やっ、たな」
「……の、ようだ」
崩れるように砂の上へ尻をつけ、二人揃ってへたり込んだ。
投げ出すように両手を地につけ、長く息をついているうちに。
かっか、と笑って空海が歩み来る。
「おう、ようやったようやった。さすがはオレの弟子どもや」
「……言うほど、なんか教えてくれたか」
死んだような顔で悪態をつく清明に、空海はなおも笑ってみせた。
「大して教えた覚えはないがの。学びはしたやろ、勝手にの。それより
清明の手にした剣を取り上げ、打ち返し眺める。
「かつて本物の草薙剣を振るった
言って、手の甲で刀身をはたく。
「おいやめぇ、
清明は頬を引きつらせ、剣を奪い取る。
「水や砂でもあるまいし、そんなんでぽろっと出てくるかい」
苦笑する空海には取り合わず、清明は剣を掲げるように持ち直す。
ようやくこれで、草薙剣に対抗し得る手段が得られた。尾花丸と貞明らを、止めるための手段が。
そう思うと手にした剣が重く、頼もしかった。
忠行は鞘と唐錦の袋を拾う。清明から剣を受け取り、刀身を裾で拭った後鞘に納め、袋へと仕舞う。
清明は息をついた。
「天下の大陰陽師様が、
忠行の目がにらんでくるが、清明は腰より低く頭を下げた。
「お陰で助けられた。大き有難う……その、お師匠」
最後のところはつぶやくような小声でしか言えなかった。
忠行は視線をそらす。
「……
清明は顔を上げた。
「……さっきも言うとったな。貞じいを、陽成院を命に変えても止める、殺してでも止める。そうする責がある、と」
忠行の目の奥を見る。
「無論わしは弟を止める、貞じいも止める。命を懸けても。けど、あんたがそうする理由を聞いとらなんだ。なんで、そこまでする。貞じいとあんたに何があった」
忠行は目をそらせたまま、無言でいたが。やがて長く、息をついた。
「……聞かさねば、なるまいな。我が生涯無二の悔いと、恥を」
――一方、その頃。
余人の目にその姿は映らない。晴明の狐顔も、稲穂色の毛に覆われた肌も、身につけた衣も。ただ、砂が風か何かに払われているとだけ見えるだろう。
その横で
それまでのような折れ
二人、並んで海を見ている。辺りの浜では太刀や弓を提げ、身を
次に貞明が求めたのは、かつて
――
かつて
近くに見えた島へ避難しようとしたが、それは島ではなく巨大な魚の怪物であった。
向かってきた怪魚からどうにか逃げおおせ、近くの浜に上がった
好天の日を選んで再度船出したものの、急に天候が悪化し、再び怪魚が姿を見せる。
だが怪魚の毒気にあてられ、兵は魚の体内で昏倒。
その後、福江の地へ流れつき、住民の助けを得て怪魚の中から兵を助け出す。
倒れかけた
その後、
怪魚の骸は飯山の麓に埋められたが、その後祟りをなして疫病をもたらし、これを封じるために
そして数日前。龍のときと同じく、草薙剣の力を与えて実体化させた上で討つことでその力を剣に取り込むべく、魚の御堂の地下へと剣の力を放ったのだが。半ば実体化した怪魚は跳ね回って包囲を乗り越え、川へ跳び込んで海へと逃げてしまった。
今は、純友らが舟を出して怪魚の行方を捜している。
晴明が息をつくと、貞明は何度目かの言葉を繰り返した。
「そう焦るものでもないさ。力を与えたこの剣から、あまり遠くへ離れられるものではないのでね。逆に奴の方でも、さらなる力を得るためこの剣を狙ってくるだろう。ひょっとしたら、かつて奴を倒した
晴明はまた息をつく。犬歯の並ぶ狐の口を開け、長くもつれる舌を動かした。
「……
「死者をも蘇らせるという
晴明の目をのぞき込んで続ける。
「草薙剣に力を蓄え、この国土に神代の
晴明は視線をそらさず、逆に貞明の目の奥をのぞく。
「……聞かせテくれ。おれが貞じいに協力すルのは、母様を蘇らセるため。そレにおれの姿や声を、誰にデも分かルよウにすルためだ。……けどあんたは、なぜそウすル? いっタい何の理由があっテ、世に神や
視線を受け止めた後、貞明は小さく微笑んだ。
「……君と、同じだよ。自分を『孤独でなくするため』そうする」
晴明は首をかしげた。
「どういウことだ? 確かに、人ノ見えナいモノが見えルなんて、理解されナいだろウけど。それデも――」
貞明は首を横に振る。
「もちろん、君の孤独には比べるべくもないがね。……それでも、私を真に理解しようとする者など無かった。君たちに出会うまではね。――いや、あるいは」
うつむけた貞明の顔は、笑った形のままではあったが。そのまま、固い力がこもっていた。
「あるいは。あの男の選択が違っていれば、そのようなことにはならなかったのかも知れないなあ。――あの男、賀茂忠行の」
そのまま、貞明は息をついた。長く長く息をついた。
顔を上げ、晴明を見る。
「君にも聞いてもらおう。私と、あの男のことをね」