狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
――我々の知る歴史において。貞観十八年、西暦にして876年、十一月二十九日。第五十六代清和天皇は譲位の
そして新たな
九歳であった。貞明が、後の陽成院がこの国の
その立場の何たるかを解るには早過ぎる年齢であった。といって、何も分からずにいるには遅過ぎる年齢であった。
すでに
譲位の
「
清和天皇は身を預けるように玉座にもたれ、か細い息を整えた。金銀に飾り立てられた、唐風の玉座。永い年月を経たその飾りも今や、塗り立てられた金は剥げ落ち、銀の金具にはくすみが目立っていた。まるで盛りを過ぎ、腐り落ちるのを待つだけの花のような、とても流行らぬ遺物であった。
絶え絶えに息を継ぐ、父はこのとき齢二十九。とてもそうは見えぬ、老い果てたように痩せた身であった。
「薄徳の身を以て務めてきたが、近年は身体の衰弱激しく……天下の
口を手に当ててまた咳込む。力なく笑った。
「我が身にはもはや、国を治むる力は無い。この上は皇位を退き、身の病を治めると共に、国の災いなきよう神仏に祈ることしか出来ぬ……後は、若いお前が頼りよ」
――後年の貞明、陽成天皇は父に対して良い想いを抱いてはいない。
穏やかで人と波風立てぬことだけが
それでも、このときの貞明親王は、未だ送り名もない新天皇は、真っ直ぐに父の瞳を見上げていた。
また咳込んだ後、父は続けた。
「元服後の譲位としたかったが、とてものことそうは待てぬ……そうは持ちそうもない。何、案ずるな。父も賢臣の補佐を得た上でやってこれた。お前も良き補佐さえあらば、一国の主としての大成は決して遠くあるまい」
――これも後年になってから意識したことではあるが。
父の外祖父にして摂政・藤原
そうして、良房の養子であり後継者たる右大臣・藤原
体重の全てを玉座に預け、もたれかかって息を整えた後、清和天皇はようやく背筋を伸ばした。
「今ここに。皇太子・貞明親王へ、我が位を譲る。……さ、
立ち上がり、貞明を差し招いた。自らのいた玉座へ。
貞明は、こくりとうなずき、それから慌てて礼をする。足を踏み出した。
そうして腰かけた玉座は、幼い貞明には不釣合いに大きく。父の体温で、生温かかった。
父は深く、深く息をついた。体の中身全てを吐き出して、しぼんでしまいそうな長い吐息だった。
身を縮めるようにして、父は息子へ頭を下げた。
「重荷を負わせ奉るが、日の本を御頼み申し上げる。
掲げるようにして手ずから渡したのは、宝剣――神器たる草薙剣、その
ただ、残る神器の
神器と形代を手にしても、重みは感じなかった、いや、九歳の童の手に重いことは重かったが、それよりも。貞明の目は宙を見上げていた。
手にしたとたん
桜花の羽根持つ小虫、龍の尾と
こうした名も知らぬモノどもは、貞明には親しいものであったが。余人の目には見えぬらしかった、父にも、母・
今上天皇たる貞明は口を開けて微笑み、満ちるモノどもを見上げ。
漂うモノどもは鱗を
小蛇にまとわりつかれる摂政・藤原