狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
それから。帰る家もなく、兄弟は
夜は落ち葉をかき集めた中に身を埋め、あるいは他人の庭先からくすねた
昼は打ち捨てられた
宙を遊ぶ、人の目には見えぬモノらも口に入れてはみたが。これはどうも、腹には溜まらないらしかった。
「こいつら……いくらか役に立ってみィや」
宙を遊ぶ水泡を、寝そべったまま息で吹き飛ばす童子丸。言った先から腹が鳴った。
目を向けた先では野の桜が枝を伸ばし、たわわにつけたつぼみをほころばせかけていたが。その眺めも腹の足しにはならなかった。
隣に寝ながら尾花丸が口を開く。
「そウ言うナよ。こいつラのお陰で助かっタんだ、それに
あれから何度も練習して、このモノらをかなり操れるようにはなっている。尾花丸も同様だった。とはいえ、活用することは難しかった。魚か鳥で間抜けなものを、たまに取れることがある程度だ――大半の人間とは違い、獣の勘は鋭いようだった――。
童子丸は舌打ちする。
「……これのお陰で、死んだけどな」
そうだ、母は殺された。このモノらを使った術で、陰陽師・賀茂忠行に。
目をつむるまでもなく浮かぶ、紙造りの化け物――あれが陰陽師の使う、式神とかいうやつか――が宙を遊ぶモノを操り、母を討つ様が。
いや、それよりいっそう目に浮かぶのは。その直前、母が獣に、狐畜生に変じた様。耳に響くのは遠吠えのような断末魔、細く遠く呼ぶような。
思い出すたびざわめく、全身の肌が。焦げつくように痛む、溢れた火の粉を受けた腕が。逆立つ、全身の毛が。
今もその感覚に突き動かされるまま。童子丸はあお向けのまま身を反らせ、天へと声を上げていた。
「くゥ……ォおおおおォォォ――……」
深く染み込ませるかのような、風に乗せ高く飛ばすかのような、胸の奥、腹の底から絞る声。
「くぅぅ……ぉオオオオオオぉぉぉ――ン……」
隣で尾花丸も、引かれるように同じ声を上げていた。母と同じ声。獣の、狐の遠吠え。
童子丸は口を閉じ、頭と背を地に預け。天へと伸ばした両手を眺めた。
この手、いや、この体には。確かに、母の血が流れている。獣の血が、忠行が言うところの妖物の血が。無論、尾花丸も。
見れば、母が討たれた際に火の粉を受けた箇所に赤く
尾花丸の右肩にも跡があった。ただしこちらは
母の夢を見て目を覚ました後には、決まってそれぞれ、このような跡がついていた。
今朝とてそうだ、童子丸は夢の中で母に抱き締められていた。母は兄弟を
ふと思う。何なのだろうか、母は。
忠行が連れてきた女性――どうやらあれが本物の、父の妻――、母は、それに化けて父の下へ来た。そして童子丸と尾花丸とを生んだ。
なぜ、母はそんなことを。なぜ、自分は――そして弟は、この世にいる。
そこまで考えて、あお向けのまま身震いするようにかぶりを振る。眺めていた手を、ぐ、と握る。強く、爪が食い込むほどに強く。
そんなことは後だ、なぜ生まれてきたのかなどと。思うべきは、どう殺すか、だ。母の仇を。
頭によぎる、鼻に香る、肌がその
母と尾花丸と共に夕日の下、宙を舞うモノを追いかけ遊んだこと。母の匂い、よく干された衣と、その奥に香る乳のにおい。母の柔らかな手に、沈み込むような胸に抱かれたぬくもり。
そしてそれは、もうこの世のどこにも無い。あの陰陽師、加茂忠行のせいで。
必ず、味わわせてやらなければならない。あの男にも、母と同じ苦しみを。いや、それに倍する痛みを、百倍の痛みを。
そう思い、震えるほど拳を握り締めたとき。
兄弟揃って、腹が鳴る。
童子丸はまたも舌打ちする。まずは何か飯だ、何をどうやって手に入れたものかは分からないが。腹を満たさぬことには仇も何もあったものではない。そもそも自分たちの命が、三日の後にあるかも怪しい。
「それもこれもあいつのせいじゃ。あの糞陰陽師め、畜生があの陰陽師め……」
ぴん、と頭の奥が鳴った。跳ね起きる。
「そうじゃ、陰陽師! 陰陽師で食うたらええんじゃ!」