狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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五十話  今上の帝、少年陰陽師と共に怪異の源を突き止める事

 

 返事もできぬまま目を瞬かせていた忠行へ、童は問うた。

「そういえば、役目に向かう用があると言ったね。どんな仕事なんだい? そなたのような陰陽師が大勢いるのかな? いったいどんな不可思議の術を――」

 

 身を乗り出してくる童に苦笑しつつも、忠行はまた視線をそらせた。

 執り行なわれている卜占(ぼくせん)は大事な仕事だ、そして確かに大勢の陰陽師が任に就いている。が、不可思議の術と胸を張って、果たして言えたものかどうか。

 

 忠行自身も鬼など見えぬが。どうも、師らも同様ではないかと思われる節がある。

 師と同僚の示す卜占(ぼくせん)の結果に明らかな相違がある場合があり、大した議論が交わされるでもなく位が高い者、位が同じなら職歴が長い者の意見が採用される。同様に、鎮めるべき鬼がいる方を指し示す場合も、てんでばらばらのことがあった。

 

 もどかしいことに、それを欺瞞(ぎまん)と糾弾することはできない。忠行自身、鬼など見えてはいないのだから。もしかすると、それぞれが指し示した方に別々の鬼がいる、ということも考えられないわけではなかった。

 

「ね、そなたもそこで術を使うのかな? ね、ってば。ね」

 馬に見立てた箒にまたがったまま、跳びはねながら目を見上げてくる童に。忠行は知らず、苦笑していた。

 

 ともかく、話してやった。内裏に家鳴りが頻繁に起こり、新帝の御代の門出に明らかに不吉である。そのため、原因を探り出す占術が行なわれている。原因が判明し次第、しかるべき(はら)いが執り行なわれる予定だ、と。

 

「ああ、あれか。知っているよ」

 聞くなり、童はそう言った。

 

 家鳴りがあることを知っていたのか、そう忠行は思った。やはり、それなりの位階を持つ貴族の子弟なのだろう。父親が内裏に上がった際に家鳴りを聞いたか、噂を耳にし、それを童に言ったのだろう。

 

 が、童はこう言った。

「そなたらが占うまでもない。知っているよ、原因なら。何とかしてやってほしい」

 

「え? 何の、原因――」

 

「家鳴りの。何とかしてあげてくれ、かわいそうだ」

 

「かわいそう? とは……何が」

 

「こっち。おいでよ」

 忠行の袖を引き、箒を抱えて童は走り出す。向かおうとしていたそもそもの方向へ。

 忠行は抱えた荷を落としそうになりつつ、引かれるままについていった。分からぬままに。

 

 

 やってきたのは内裏を囲む白壁の外、北東の隅。

 人けのないそこで童はしゃがみ込み、壁の角が地面と接する辺りを、じっ、と見た。

「ね。あれだよ」

 

 忠行は身をかがめ、眉を寄せて童の視線の先をのぞく。白壁の角に(しつら)えられた木の柱の根元が地面に埋まっている。それだけだった。蟻の一匹も這ってはなかった。

 

「……お前は何を見て、何の話をしているんだ」

 放っておいて、役目に戻るべきかとも考えたが。かすり傷とはいえ怪我をさせてしまった手前、そう無下にするには気が引けた。

 

 童は不審げに眉根を寄せたが、得心したようにうなずいた。

「なるほど、答え合わせをしようということか。確かに、私が出まかせを言っていないとも限らないからね。いいだろう、私に見えているモノはね――」

 

 童が語るには。

 蛙がいるのだという。それもただの蛙ではない、一抱えもある大蛙だ。その背を緑に彩るのは皮膚自体の色ではなく、体毛のようにびっしりと生えた青草と苔と、所々に枝を伸ばした若木の葉だという。

 その蛙にたかるように、周りを無数の蛇が取り巻いているのだという。金属質の光沢がある鱗を(そな)えた、掌に載るほどの小蛇が。

 そうして、蛇どもは蛙へと鎌首もたげてかぶりつき。大蛙も黙ってはおらず、転げ回っては巨体で蛇を押し潰し、抵抗しているのだという。

 

「……それが、内裏の家鳴りの原因だと?」

 

 仮に。仮にだが、童の言ったモノが真実だとすれば。

 大蛙の背に生えているという草木からして、これは木の気を帯びた(モノ)だといえよう。それを取り巻く小蛇は金属質の鱗、金の気を持つ(モノ)

 金剋木(きんこくもく)(ことわり)のとおり、金の蛇どもは木の蛙を喰らおうとする。一方蛙も黙ってはおらず、体格差の分、蛇を押し潰しもする。

 そして陰陽の(ことわり)において、木行は『震』の属性を持つ。天を震わす雷、大気を震わす風、地を震わす地震(ない)は木火土金水の五行のうち、全て木行に属する力の(あらわ)れであった。

 

 木の気を帯びた(モノ)が内裏の隅で暴れ回ることにより、震の力により家鳴りが起きる――そう捉えれば、陰陽の理屈に合うことではある。

 

 そんな風に思いかけて、忠行は鼻息をついた。

 何が理屈に合うだ、そんなものは偶然の一致に違いあるまい。五行の(ことわり)と子供の()れ言との。

 

 忠行とてただの従者ではない、陰陽師の弟子だ。雑用に追い回されるばかりではない、書物によって天文暦道を学び、日月星辰に(いの)りを捧げ、師の指導の下で霊場を巡り、瀧に打たれては(しゅ)(はら)えの(こと)を唱え、修行を怠ったことはない。

 その忠行にして、鬼や神など見たこともない。それが、こんな童の目に見えるのか?  ――在り得ない。

 忠行の目から見て、そこに在るのはただの壁でありただの柱、ただの地面だった。在るのはそれだけだ。蛇も蛙も、鬼も無い。

 

 もう一度息をついた後に言ってやった。

「で、仮にそうだとしておこう。その蛙も逃げればいいだろう、なぜそこにいる?」

 

 童は柱の根元、いや、それより下を指差した。

「よく見て、ほら。尾があるよ。それが挟まってる」

 

 童いわく。蛙には尾があるのだという。そこだけおたまじゃくしのままのような、平たい尾が。その端が地の底、柱の下に伸び、基礎に埋め込まれた石と柱に挟まっているのだという。

 

「そのことでも痛がっているようなんだ、ひどく身をよじっている。ああほら、また!」

 

 童の言葉の直後。

 ど、と柱が震えた。それにつれて白壁が揺らぎ、柱との継ぎ目から土をこぼす。だが、忠行の立つ地面は揺らいでなどいなかった。地震(ない)ではなく、家鳴り。

 

 揺れはすぐに収まった。

 童は着物が汚れるのも構わず地べたに這いつくばり、声を上げた。

「だいじょうぶか! すまない、何もしてやれずに――」

 そのままの姿勢で顔をうつむける。

「……私のせいかも知れない。私が父からあの品を受け取ったとき、こうしたモノどもが溢れ出たんだ。大蛙もその中にいた。私が触れなければ、きっとこいつは出てきたりしなかった。こんな目にも遭うことはなかった」

 

 童の言葉を、忠行は聞いてなどいなかった。

 震えていた。一人だけ地震(ない)に遭っているかのように、膝が、指先が、心の臓が、頭の中が震えていた。

 

 ――何だ、今のは。

 家鳴りがあったのは童の言葉の直後だった、先でも同時でもない、一瞬だけ後。

家鳴りが起こってからそれに合わせて言ったのではない。揺れが起こることを予見しての言葉だった。

 ――なぜ、そんなことができた? 

 答えは一つしかなかった。童の言っていることが真実であり、見ているものが真実であるということ。

 つまるところ。忠行にも見えないモノが、この童には見えている、のか。だが、しかし、そんなことが――

 

 未だ震えのやまぬうち。

 突如、つんざくような声が背後から上がり、忠行は飛び上がった。童の声ではない、自分と同じ齢ほどの子供の声。

「あああっっ!? いたああぁっ!」

 

 見知らぬ子供は童衣装を(ひるがえ)して駆け寄りつつ、片手を口に添えて大声で呼ばわった。こちらへではなく、周囲様々な方向へ顔を向けて。

「御出でになりましたああっ! 主上(しゅじょう)は御無事、こちらに御出でになりましたぞおおおっっ!」

 

 主上、という言葉は耳から頭の中へと入ったが。その意味が脳髄の内に染み通らず、忠行は目を瞬かせて突っ立っていた。

 

 駆け寄ってきた見知らぬ子供は童の前で足を止め、一度深く(こうべ)を垂れた後、大声でのたまった。眉間にしわを寄せ、視線で貫こうとするように目を細めて。

「主上! また好き勝手に抜け出されて、こんな所にいらせられたとは! この源益(みなもとのまさる)、またも肝を冷やしましたわ!」

 

 童は――いや主上は、今上の帝は――地べたに未だ手をつけたまま、顔だけを源益(みなもとのまさる)へ向けた。

「そのように言われてもな。私は私でやらねばならぬことが――」

 

 (まさる)は細い目を大きく見開き、食ってかかるように身を乗り出す。

「なされねばならぬこととは、また在りもせぬ獣だか虫だかの御相手ですか! それともこの源益(みなもとのまさる)の肝を擦り減らすことですかな! 御(たわむ)れにも限度というものがございます、いくら乳母子(めのとご)のわたくしでもお付き合い致しかねますよ!」

 

 帝は口をつぐみ、ふい、と顔を背けた。

「……いるんだ、ここに。ほら、お前たちよせ、しっ、しっ」

 何かを追い払うように地面の上で手を振る。先ほどの話に従えば、大蛙にたかる小蛇どもを追い払っているのだろう。

 

 源益(みなもとのまさる)は大げさにため息をつき。

 忠行は未だ立ち尽くしたまま、その顔と座り込んだ帝の背を交互に見ていた。

 

 

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