狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
元服の儀はつつがなく終わった。
以降、忠行が貞明と会うことはなかった。帝御自身が以前のように訪ねてくることもなかった。
元服前に行なった儀式については、摂政・藤原
自身では
もしもこの先、その力を『神の血を引く者ゆえの力』と喧伝されでもしたなら。摂政・関白による
帝御自身の意志はどうあれ、実家たる藤原家へ反発するように親政への意志を示す
それを防ぐため、
それゆえ忠行は帝の親友を演じ、帝を不可視の式神と会話させることで、周囲の者へ帝の異常性――と、余人の目には映る――を示し。さらには紫宸殿に木性の
一方、
そうして、計画は成功した。
帝の
もはや、物狂いの帝を担ぎ上げて藤原氏へ対抗しようなどという者が出るはずもなかった。
摂政・
忠行は。
帝の力を嘘と、ただの妄念としてしまいたかった。真実はそうでないことを、誰よりも忠行自身がよく解っていたが。その真実から、目を背けてしまいたかった。
あれほどの力を、才を持っているのがなぜ忠行ではなく――陰陽道に一身一命を捧げる覚悟と意志のある者ではなく――帝なのか、あの童なのか。
答えの在るはずもない問いだった。それでも、考えてしまう。役目の最中にもその思いに胸の内を囚われ、寝入りばなの夢の内にも見て飛び起きる。
――なぜ、私ではないのか。
――誰よりもそれを渇望する私ではなく、それを必要とするわけでもないあの御方が持っておられるのか。才があったところで喜ぶわけでもない、むしろその才ゆえに孤独となっている、あの御方が。
――なぜだ。
命を端から削って投げ捨てていくかのような苛烈な修行も、帝に匹敵するほどの力を与えてはくれなかった。
だから、
いや。帝を
地の底に叩きつけ、痛みを知らしめてやりたかった。
が。溜飲を下げたであろう
見ているモノを否定され、我を失ったまま連れていかれる帝を見ながら、忠行はなおもにらみ殺すような目をしていた――いっそう、帝を憎んでいた。
――知らしめてやりたかった、この胸の痛み全てを。
――だが何だ? 貴方の狼狽ぶりは、苦しみぶりは。そんなものか、たったそれだけか。
――そんなものでは話にならぬ。我が痛みの千分の一、万分の一にも満たぬ。
――知ってくれ、味わってくれ、我が痛みを。その程度ではなく、私の味わったそのままに。理解してくれ、そのままに――私を。
晴らしたはずの恨みは、なおも黒く燃え上がるばかりだった。忠行の胸の内を焦がし、
変わらず、忠行は昼に夜に、その想いに囚われた。その怒りに囚われた。自ら人を、地の底に突き落としておきながら。
我ながら浅ましいとは思っていた。苦しむのは自分ばかりだと分かっていた。それでも、憎しみを止められなかった。
程なく、忠行は自ら遠国での任に志願し、宮中を離れた。
憎んでいる帝の姿を見たくないというのも、裏切っておいて合わせる顔が無いというのもある。
だが、何よりも。帝を見ると、自らの浅ましさを思い出す。晴らしたはずの恨みをなおも募らせる、愚かな自分を。
そして、その浅ましい行為は。果たして、帝の無邪気な友愛を地に叩きつけ、後足で砂をかけてまでするようなことだったのか。
誰よりも、忠行を憎んでいたのは。忠行自身だった。
――やがて一年余りが経ち、任地から宮中へと帰ったとき。
忠行は、帝の殺人を目の当たりにする。