狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
「――そのような事が、あった」
賀茂忠行は――清明の前にいる、老年の忠行は――そう話を結んだ。
「…………そりゃ、あんた……
口を挟まず聞き終え、長く黙って考えた末。清明はそう口を聞いた。
奥歯を噛みしめた後、忠行はうなだれる。
「……言葉もない」
清明にしてみれば初めて目にする、忠行の殊勝な姿だった。
思えば。もしもかつての忠行が貞明へ、今語ったようなことをしなかったならば。今、このようなことには――貞明が草薙剣を奪い、日の本を
とはいえ。それがなかったとしても清明と晴明、つまり童子丸と尾花丸、そして母のことは――忠行の娘に化け、その夫を寝取った化け狐。結果産まれた息子たち。そして、息子らを喰らおうとした母。母を殺した息子、そうした兄を殺そうとした弟。おおよそどこを取っても、ヒトの道から外れた者たち――。
いつかどこかで、同じような事になっていただろう。
かぁっ、と清明は息をつき、思い切り伸びをした。
「ま、気持ちは分かるで、お師匠。ほンで、貞じいの気持ちも分かる。そらまァ、怒るわ」
さらにうなだれる忠行の、小さく見える姿を前に思う。
二人に起こったことは理解できたが。五十年近くも前のことを、いい大人どころか老年となった二人が、今もなお引きずるのか。
「……そら、怒るわなァ」
引きずるのだろう。現に引きずっている二人がいる。人一人死んでもいる。我が身に置き換えて考えても、同じことになると思えた。
そして今、弟のことを思う。自分と弟と母に起こったことを、弟の目から見たものとして。
母を陰陽師――ここにいる賀茂忠行――に殺され、兄と共に復讐を誓い。
偶然、母を蘇らせる方法を得て実行したものの、母は自分たちを喰らおうとし。産み育てたことさえ、そのためだったとのたまい。
目の前で兄が――故意にではなかったとはいえ――母を殺した。
母を蘇らせる方法を友から知らされるも、兄はそれを止めた。あろうことか、母が蘇ったなら何度でも殺す、とさえ言い放って。
清明は、忠行と同じにうなだれた。
「怒っとるやろなァ……
全くもって、怒るのは当然だった。自分が弟の立場だったとしても怒る。
同じく、弟が貞明につくのも当然だと思えた。
兄と母以外で唯一、自分の姿が見える存在。初めての友。
二度死んだ母を、蘇らせる方法を示唆してくれた人。
さらには貞明が目的を達成したときには、誰もが弟の姿を見ることができるようになるという。草薙剣に力を蓄え、この国を荒ぶる
生まれてから初めて、尾花丸は孤独ではなくなる、と。
清明は狐耳の立つ、稲穂色の頭をぼりぼりとかいた。どうにも、苦笑いしか出ない。
「ッたく……そらまァ、そうするわな。けど、な」
それでも、弟を止める。
母を蘇らせたとして、それでどうなるのか。あのとき弟を喰らおうとしたのと、同じことがまた起こるだけではないのか。
たとえそうでなかったとしても、また似たようなことが起これば――母の命が危うくなれば――母は、弟を喰らって自らの命を繋ぎ留めようとするのではないか。
それに、もし貞明の目的が達せられたなら。貞明はこう言っていた、零落していた
それらの犠牲を出すわけにはいかない、などと殊勝なことを清明は考えているわけではなかった。
だが、犠牲となる者たちの中にはそれぞれ親があり子があり、母があるだろう。自分たちと同じような目に、何者かに母を殺されるような目に遭う子らがあるだろう。
――尾花丸がそれをどう思っているかは知らないが――そんなことを起こさせるわけにはいかない、弟に。
白鳥の浜に立ち、遠く海を見据える。弟と貞明らと別れた海を。
「兄が止めてやる、護ってやる。
浜に座したまま、賀茂忠行も同じ方を見た。
「この命に換えても。御止めいたす、院よ」
浜の松の根に腰かけていた空海が立ち上がる。腕を伸ばし、大きく背伸びした。
「さて、と。その意気や好しや、弟子ども。
「行く言うて、どこに」
清明の問いに笑って応える。
「オレが開いた八十八の霊場に並ぶ、四国――いや、日本指折りの神域よ」
「それは――」
忠行の言葉を継ぐように空海は言う。
「東に伊勢神宮在れば西に『