狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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六話  流れ陰陽師、名は清明。そして晴明

 吹き出しそうになるのをこらえながら。童子丸(どうじまる)(いか)めしい顔を作って辺りを見回した。

 

「さァ、方々(かたがた)ようく御覧(ごろう)ぜよ……(いで)るぞ(いで)るぞ、其処(そこ)(いで)るぞ」

 

 人々が行き交う(いち)の中。その外れに空いた場所で、童子丸は手にした枝葉を、宮司が持つ(ぬさ)のように、ばっさ、ばっさと打ち振るう。

 道行く人のいくらかが、足を止めて童子丸を見ていた。天秤棒に荷桶を括りつけた商人(あきびと)や、頭に干魚の(かご)を載せた市女(いちめ)にも、様子をのぞき込む者があった。

 

 そうした人々の間に上に、目に見えぬモノらは変わらず遊び。

 手指を伸ばしてそのモノらと戯れ、時には息で吹き飛ばしつつ。人々の間を縫うように、尾花丸がひょこひょこと歩き回っていた。

 尾花丸は鋭い爪の伸びる手を、ひょい、と伸ばす。しきりに辺りを見回す男の折烏帽子(おれえぼし)をかっさらってみせた。

 

 男は気づかず――狐顔の尾花丸が、目の前でひらひらと舌を出してみせているのに――、辺りを見回すばかりだったが。

 周りの者が、尾花丸のつまんだ烏帽子を指差す。

 

「あ、あれ……!」

「なんじゃ、烏帽子が、宙に、浮かんで……!」

 

 烏帽子を取られた男は目を瞬かせて周りを見たが。はた、と頭に手をやり、烏帽子がないことに気づき。それから宙に目をやって、そこに烏帽子が浮かんで――尾花丸がひらひらと(もてあそ)んで――いることに気づき。へたり込んで、地べたに尻をこすりつけるようにして後ずさった。

 

 童子丸は笑いをこらえ、(いか)めしく表情を取り繕う。だん、と足を踏み出し、声を上げた。

方々(かたがた)方々(かたがた)下がりませィ! 出ましたぞ、あれぞ御霊(ごりょう)じゃオカミサマじゃァア! 目には見えねど其処(そこ)に在る、(たた)り神ぞ荒神(あらがみ)様ぞ、触れれば三代先まで(さわ)るぞ!  方々(かたがた)下がりませィ、あ、下ァがァりませィィイ!」

 

 (うた)うように声を放ち、人々をかばうように腕を広げる。烏帽子も被らぬ頭を、荒れた黒髪を振り乱すように大きく回す。だ、と再び足を踏み締め、尾花丸を睨んでみせた。

 

 当の尾花丸は馬鹿馬鹿しげに、小指の先で鼻をほじっていた。片手に持った烏帽子を自分の頭に載せてみせる。

 狐頭の上に、へにゃり、と烏帽子が折れている。童子丸の目にはそう見えるが。

 

「消えた……」

「消えたぞ、烏帽子が、なくなったぞ……!?」

 周りの者の目にはそのように映る。

 

 もっともらしくうなずき、童子丸は諄々(じゅんじゅん)と説く。

「あな恐ろしや、あな(かしこ)。オカミサマが持ってゆかれたのじゃァ、()の世ならぬ(ところ)にのゥ。いやさ、これは幸い、幸い……烏帽子の代わりが此方人(こなたひと)の首でのゥて、ア、えろう幸いじゃてェ」

 未だへたり込む男の首を、童子丸は、ぺちり、と叩いてみせる。

 

 尾花丸のものになった物は、弟自身と同じく見えなくなる。身につけた狩衣同様、食ったもの同様。

 予想どおりの反応に、内心ほくそ笑みながら。童子丸は木の枝を掲げ、しゃん、しゃんと拍子をつけて打ち振るった。

(しず)まりませィ、(しず)まりませィ……(かしこ)(かしこ)み申す、(たけ)く荒ぶる御心(おんこころ)ォ、お(しず)め下さり(いら)えられませェ。此方(こなた)のオカミサマは何神様にあられましょうや、ナウマク・サマンダ・アブラウンケン・インダノ――」

 

 祝詞(のりと)やら真言(しんごん)やら分からぬでっち上げを童子丸が(うた)う間に、尾花丸は大口を開けて欠伸(あくび)していた。だらりと尾を垂らして背を向け、道端に置いた自分たちの荷の方へ向かう。最後に残していた山芋を布袋から取り出し、大口開けてかじり取った。

 

 童子丸は思わず顔をしかめる。

「お前このアホウ、わしが真面目にやっとるときに――」

 遅れて、人々がどよめいた――荷がひとりでにほどけて山芋が宙に浮き、消えていったことに気づいた――。

 

 口についた芋の汁を長い舌で舐め取り、尾花丸が言う。

「知るカよ、こッちハ暇なんデよウ。(はよ)ウ終わラせよウや、童子(どうじ)よウ」

 

 いっそう顔をしかめて童子丸はつぶやく。

「てめェ尾花(ハナ)後で覚えとれよてめェコラ――」

 何度か大げさに咳をした後。童子丸は再び、(いか)めしく声を上げた。

「ンむむむむゥゥ……この浅ましき貪欲さ、これは狗神(いぬがみ)! 大口開けて命も財も喰らい尽くす、狗神御霊(いぬがみごりょう)に相違ない! 相違ございませぬゥゥゥ!」

 だだん、と足を踏み鳴らし、童子丸は大きく前に出る。尾花丸は片肘ついて地べたに寝そべっていた。

 

 童子丸は片手を強く拳に握り、もう片手に持った枝葉をぶるぶると震わす。

「ンむむゥこれは大悪神、世にも(はばか)る大邪霊よォ! 捨て置いては一身のみならず、一国の危機ともあい成り兼ねぬ! 我が身命(しんみょう)を大いに賭して、此処(ここ)にて(はら)おう狗神御霊(いぬがみごりょう)! 乾坤一葉(けんこんいちよう)・地方天円! ナウマク・サマンダ・アブラウンケン・インダノ・ソバヤ!!」

 

 枝葉を振り回し、でっち上げをそれらしく(うた)い。そして童子丸は短く口笛を吹いた。

 とたん、宙を舞っていたモノらが動きを止める。

 それらを目だけで見回しながら、ち・ち・ち、と呼ぶように舌を打つ。

 合図を受けたように、集まる。宙にあるモノのうちから、火の気を帯びたモノらが。

 火の粉を散らす蜉蝣(かげろう)が、炎を翼に灯した小雀が。赤い火の玉青い火の玉、拳ほどのものもあれば指先でつまめるほどのものも、童子丸の前に群れ集った。

 童子丸が深く息を吸うと、それらは吸い寄せられるように集まり、融け込むように輪郭をなくし、交じり、混じり、一塊の炎となり。

(かぁ)っっ!」

 一喝と共に炎は放たれ、宙を赤黒く染めた。

 

 辺りで見守る人々のうち、幾人かから小さくどよめきが上がる。

 見えていない、他の者に見えてはいない、この炎は。燃え上がる音すら聞こえてはいないはずだ。だが、幾らか勘のある者か、炎の欠片が直接肌に触れた者は感じただろう。かすかな風の揺らぎと、体温を超える程度の熱ぐらいは。

 

 未だ宙をくすぶりながら漂う残り火へと手にした枝をかざす。炎は緑の葉をよじらせ、黒く焦がし。それ以上燃え広がることなく、消えた。

 辺りからざわめきが上がる中、童子丸は焦げた枝を示してみせる。

御覧(ごろう)ぜよ、我が(たえ)なる神気の炎、目には見えぬ(ほむら)にて、狗神御霊(いぬがみごりょう)焼き(はら)ったり! いかに霊とて狗畜生(いぬちくしょう)、火を怖れるは当然の仕儀! 目には映らぬ(いぬ)なれば、目には映らぬ神気にて()いた! 狗神(いぬがみ)、確かに(はら)ったり!」

 

 人々からさらなるどよめきと歓声が上がる中、童子丸はへたり込んだままの男――先ほど尾花丸に烏帽子を取られた男。そもそもは、悪霊に憑かれていると童子丸に声をかけられ、すっかり騙された男――へと、身をかがめて笑いかける。

「もう心配はござらん。いやいや、これぞ幸い幸い。御霊(ごりょう)()かれた御身(おんみ)を、市でお見かけしたときはどうしたものかと思い申したが。声をかけて幸いでござった」

 

 男は手拭いで頭を隠しつつ、額を地に擦りつけんばかりにして何度も礼を言っていたが。不意にそれまで以上に、怯えた顔で見上げる。

「その……お代は、いかばかり入用で?」

 

 童子丸は天を仰ぎ、枝葉で自分を(あお)ぎながら、はっは、と高く笑ってみせた。

「なんの、身共(みども)は一介の流れ陰陽師。いやさ、未だ修行中の小僧っ子にて、世の安寧こそ我が願い。……無料にござるよ」

 

 男は、ほぉう、と息をつく。拝みながら頭を下げようとするそこへ、童子丸は再び笑みを浴びせた。

「ただし。(いぬ)は匂いに寄ってくるでな、仲間の匂いを嗅ぎつけた別の狗神(いぬがみ)が、またぞろ寄って来ぬとも限らぬ。で、これじゃてお立会い」

 懐から何枚かの布きれを取り出す。下手糞な狐の絵と、神火の字を書きつけた布。本来ならそれらしく、紙に書きつけた護り札としたいところだったが。高価な紙を買うことはできず、古布を裂いてそれらしい形にし、近くの寺からくすねた墨と筆で書いたものだった。

 

「この護り札。そこんじょそこらの紛い物とは違い申す、我が師より賜りし、由緒ある霊布に我が神気、込めに込めたる(たえ)なる逸品! これさえあれば狗神(いぬがみ)如き、四方八里に寄ることあたわず!」

 ぱんぱん、と手を叩いて札を高々と掲げ、満座の人々に示してみせる。

「我が火の神気、込めに込めたるこの護り札! 狗神祓(いぬがみばら)いばかりにあらず、肌身に持てば炎の上がる如くに運気上昇、家に貼っては火神調伏(ちょうぶく)火伏(ひぶ)せりの効にて、火事の心配いらずの逸品! たださすがに貴重な品ゆえ、こればかりはお布施(ふせ)をば……おお、おお皆の衆、押さずともよい、慌てるな慌てるな」

 殺到する人々を前に、顔中を緩ませて笑う。

「なぁに札はたっぷりとある、(あたい)なら銭でも米でも結構。絹に綿、餅や干魚でも悪うはない。さァさ家に貼ってよし、肌身離さず持ってよし! 一家に一枚、一人に一枚! 狗神(いぬがみ)退散、家運招来の霊験札じゃ! さァさ持ってけ、(あたい)を置いて持ってけ泥棒!」

 

 離れた所で鼻息をつき、尾花丸が半分残していた山芋を取り出してかじる。

(はよ)ウ売っタれや、行こウぞ童子」

 

 童子丸は顔をしかめる。

「お前またお前、芋が見つかるじゃろうがとっと喰ってしまえ! ――あぁいやいや皆様何でもござらぬ、ちょっとした(まじな)いごとでござってなハハハ、あぁ家運長久芋食え芋食えアビラウンケン――」

 

 ひとしきり商売した後。銭を懐に納め、頭陀袋(ずだぶくろ)に米だの布だの詰め、山芋や干魚の束を背に負って、童子丸は満面の笑みで手を振った。

「ほんじゃ! どうも(おお)有難(ありがと)う!」

 

 札をおし頂き、しきりに頭を下げる人々のうちから、烏帽子を失った男が言う。

「そういえば、まだお名前をうかがっておりませんで」

「名乗るほどの者でもござらぬが。……身共(みども)は安倍家の、セイメイ。流れ陰陽師(おんみょうじ)安倍清明(あべのせいめい)と申す者」

 男は何度か目を瞬かせる。

「はあ、聞いたことのない……いえ、これは失礼おば――」

 童子丸は白い歯を見せ、からりと笑った。

「なに、そらそうじゃ。わしもそんな名、初めて聞いたわ」

 尾花丸はあきれたように口を半ば開け、首の後ろをかいていた。頭にはいまだ、かっさらった烏帽子がちょこん、と載っていた。

 

 そうして兄弟は歩き出した。

 人々の方を振り向き、笑って手を振る童子丸。その横では尾花丸が口を尖らせ―― 狐の口だ、元々尖っているがそれをさらにすぼめ――、頭の後ろで手を組み、尾を垂らしてついてゆく。

「童子よウ。……いいノか、あれデ」

 

 童子丸は未だ顔中を緩めている。

「ええってことよ。何、笑う門には福(きた)る。思い込みにでも、運気があると笑っておりゃあ、そのうち福もやってこようわい。見ろや皆の福々しい笑顔を。ありゃあわしらが造ったもんぞ、わしらが売った幸福ぞ。ええこっちゃないか」

「そウか? ……まァ童子が言ウんナら……そウだな!」

 尾花丸は何度も目を瞬かせていたが、やがて笑ってうなずいた。

 

「でもよウ、その後言っタ名、ありャあ何だ」

「なに、陰陽師の名を問われて、童子や尾花じゃ締りが悪かろ。ちょうど清明(せいめい)の節気も過ぎた、その名ならまぁ通りも良かろ。それに本名なぞ名乗って、うっかりあの男の耳に入っても都合が悪い」

 ――清明(せいめい)。季節の区分を示す二十四節気のうち、春分の次。太陰暦三月上旬頃、太陽暦四月上旬頃の節気である。清らかで明るい、生命力に満ちた春の訪れを示す――。

 

 童子丸は胸をそびやかす。

「わしは陰陽師、いやさ古今に(るい)なき大陰陽師! 安倍清明(あべのせめい)なるぞ!」

 尾花丸は鼻で息をついた。晴れた空に目をやる。

「ま、いイ。兄者ガそれなラ、俺ハ……晴明(セイメイ)。晴れテ明るイと書いて安倍晴明(アベノセイメイ)。そウしトこう」

 ん、と尾花丸は首をかしげた。

「けド……安倍の名は出しテ良かっタのか?」

 あ、と童子丸は口を開ける。自分の額をはたいてみせた。

「これはしたり、(あに)様うっかり! いやさ、名字が()うては収まりが悪うての」

 

 尾花丸が鼻息をつく。それから、よだれを垂らして笑った。

「まあいイさ。それヨり……食おウ!」

「おう、食おうぞ!」

 同じ顔で笑い、二人で人影のない方へと走る。

 

 芋を干魚を生米を餅をむさぼり、笑い合いながら童子は思う。

 ――母が死んでも腹は減る、腹が膨らみゃ笑みも出る。

 ――母が死んでも飯は旨い、仇がどうのより飯が先か。

 浅ましいこっちゃ。わしら本当(ほんま)に、悪い妖物の子ォ(ちゃ)うか。

 

 

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