狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
――一方、その少し前。
清明は忠行から貞明との過去を聞いた後、空海から
「――っちゅうわけでの。あそこに奉られとる神は大物主……国津神の長にして
喋りながら空海は、しきりに辺りを見回している。周辺に生える松の根元をのぞきこみ、茂みの中を引っかき回していた。
清明は眉根を寄せる。
「おっさん、さっきから何をうろうろしよンじゃ。おかげさんで、せっかくの講釈がさっぱり頭に入ってこん」
空海もまた眉根を寄せ、困惑したように首をかしげる。
「ん、ああ。ちっと探しもんをの。まあええ、そのうち出てくるやろ。ほんで何や、
思わせ振りに頬を歪めて笑い、顔を寄せてくる空海から清明は身を引いた。
「それだけやない、ッちゅうのはさっきも聞いた。結局何が言いたい」
舌打ちして空海は身を引く。
「
「……は?」
思い切り眉根を寄せ、顔をしかめる清明。
忠行は対照的に、眉一つ動かさなかった。
「
空海は顔をほころばす。
「さすがは大陰陽師、そこらの小僧とは学が
忠行は表情を変えない。
「書物で得た知識として解するのみ、真に理解しているわけではございません。そも、かの宮の祭神は大物主神と聞いた後に、祭神は
空海は歯を見せて笑う。
「なに、堅っ苦しゅう考えることでもないわい。あそこの祭神は大物主でもありクンビーラでもある……両方やっちゅうことや」
――空海が語った
なお、『玉藻集』『讃州府志』には「この山の鎮座
ただ、言い伝えとしてこのような話がある。『全讃史』に収録された説話として、
〈大宝元年、西暦にして701年十月十日、竿旗が一つ、天からこの地に降った〉
〈ほどなくして、金色の象に乗った
というものである。
それがすなわち、天竺より渡来したクンビーラ――
類似の説話が『一時軒随筆』『翁嫗夜話』『金毘羅一山護規則書』にも見られる。
一方、祭神は大物主神であるとの説も根強く、『讃岐大日記』には〈金毘羅権現者、大
また『神道大意』には〈
『玉襷総論追加』には〈
清明は顔をしかめる。
「はあ?
空海は笑う。
「言うたろうが。両方やと」
空海の語るところによれば。
「そやけどの。こなな奉られ方しとんはここだけや、
額をずい、と二人に寄せ、声を低めて続けた。
「ここに奉られとる大物主が
清明は鼻から息をついた。
空海の言はにわかに信じられるような内容ではなかったが。そのとおりであるなら、草薙剣を得た貞明がなぜ讃岐の地に来たのかが分かる。
そうするためには、最も恐るべき神を目覚めさせることこそがふさわしい。他の地ではなく、讃岐に封ぜられし神を。
胸の傷――
「そンならこんな所でくっ
空海は苦い顔を向ける。
「簡単に言うがの。
清明は空海の胸ぐらをつかみ、締め上げる。
「何じゃと!? そンなら何でわざわざこんな反対側に来たッ!」
空海は清明の両頬をつかんで引っ張る。
「言うたやろうがっ、模造草薙剣に
忠行が二人の間に手を差し込み、押し分ける。
「御
空海は辺りを見回す。
「分かっとる、分かっとるがの。そのためにさっきから探しもんを……あっ! おった!」
空海の視線の先には、砂地をちょろちょろと這う小蛇がいた。
猫の子でも持ち上げるように、空海はその首根っこをつまみ上げた。
「
「……おっさんこそ何をしよンじゃ」
清明と忠行のいぶかる視線に気づいたか、空海は大きく咳払いをする。
「あー……ぐだぐだと
「行くッて、あんた――」
清明の言には取り合わず、空海はぶら下げている蛇の頭へ、片手に提げていた竹筒から水を垂らす。
と。水を浴び、開いた口から飲んだ蛇の体が膨らんだ。水を吸っただけ、いや、それ以上に。
見る間に蛇は膨らみ、膨らみ、伸びては伸び。柔らかささえ感じさせた鱗は松皮のようになり、さらには岩肌のように硬くなり。手から落ちて浜に伸び、長い長い尾が松に巻きつき、その先で別の松を巻き。振るう頭にはいつの間にか、たてがみと角を
「な……ぇ……?」
口を開け閉めしている清明と固まった忠行へ向け、空海が笑う。
「紹介しよう。オレが讃岐で昔補修した、日の本最大の溜め池、
――讃岐の地の言い伝え、並びに『今昔物語集』にある。
あるとき、満濃池の龍神が小蛇に姿を変えて昼寝をしていた。と、飛んできた
龍は元の姿に戻ろうとしたが、一滴の水もないため叶わず、何の力も発揮できなかった。
そうするうち、
洞窟に連れてこられた僧は蛇の頼みを聞き、手にしていた
たちまち元の姿に戻った龍は天狗を討ち、僧を元の寺へ帰すと、満濃池へと帰っていったという。――
「
「えっ、や、ちょっ――」
固まったままの清明の周りを、水のように波打つ長い体が囲む。それに足を取られ、流されるように押し上げられ。気づけばその背の上、たてがみのある首の辺りへうつ伏せに乗っていた。見れば、忠行も同様だった。
空海はすでに龍へまたがっており、片手で角をつかんで意気揚々と声を上げた。
「さぁて、見る者あらばとくと見い! 弘法大師が龍にまたがり、大陰陽師ども連れて
清明は顔を引きつらせ、慌てて空海の方へにじり寄る。
「やっ、待てお前、龍てこれ、まさかっ、空を――」
忠行は石地蔵のように固まっている。
空海は歯を見せて笑っていた。
「当たり前や、龍が歩いて参るものかよ。ほれ、持っとけ」
固まったままの忠行から白羽草薙剣を納めた袋を取り上げ、清明に押しつける。
「ようにつかまっとけよ。落ちたら死ぬぞ」
「待、ちょっ、待――」
「そら行けぇぇぇ!」
号令と共に龍が砂地の上を滑り出し、風が清明の顔を打ち。そうこうするうち金玉が浮き上がる感覚があり、そのときにはもう龍は宙へと舞っていた。
「はっはぁーっ!」
ご機嫌な空海の声を聞きながら、清明は風圧の中必死でたてがみにつかまりつつ、目の端から涙をこぼしていた。風に目が痛んだものか本気で泣いているのか、自分にも分からなかった。
忠行がどうしているかは、振り返って見る余裕もなかった。
龍は