狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
「何ダと……?」
弟の狐顔、その眉間に不審げなしわが寄るのを清明は見ていた。
もっともだ、とは思う。
先ほど忠行に投げ渡すまで、清明は白羽草薙剣を手に弟と戦っていた。剣から吹き出す
弟の繰り出す爪、放つ式神、それらを防ぐのが手一杯どころか。防ぎ切れず血を流し、胸の傷までまた開く始末だった。
剣を持ってさえそれなのに、手放してどうしようというのか。おそらく弟が思ったことを、清明自身も思ってはいた。
それでもまだ、笑ってみせる。
「言うたとおりじゃ、
無論、強がりに過ぎなかった。
剣を渡したことは、忠行の身を案じてのことでもあるが。そうした方がむしろ、清明にとっても打開策となり得るのではないか。そんな計算もあった。
白羽草薙剣は確かに大きな力を秘めている。その力を利用して形作った式神も、常よりずっと強力だった。なのに、通じない。そしてどこか、何か――違う。
全ての力を引き出せていない感覚、まだ奥があるのに手が届かぬかのような感触。今の使い方とは違う何かがある――そんな手応えがあるのに、どう使えばよいのかが分からない。
忠行ほどの練達者ならば、その先を
「清明」
「なんじゃ、
弟の鼻筋のしわが、さらに強く刻まれた。
「清明……清明っ!」
歩んだ、弟は。何の式神も形作らず、
「……!?」
言葉もなく倒れる兄の上から、弟の言葉が浴びせられる。
「いい加減にシろ。言イ訳のつもりかっ!」
「……何の、話じゃ」
演技ではなく眉根を寄せる清明に、唾を飛ばして晴明は叫ぶ。
「手加減を! すルなよ! なぜだ! なぜいつも、手加減をしテいる!」
口を開けたままの兄の上から、晴明はなおも言う。
「背後を取っタときなぜ本気で斬リかからなカった! 炎を浴びせなガらなぜ水を用意シていた! なぜ今、剣を捨テた! なぜだ!」
「そんなもん――」
兄が言おうとした言葉の先を喰うように、弟は歯を剥いていた。
「弟だカら! 弟だカらだろうそシて、お前が兄だカら! そウだろうそんなことは分かっテる!」
「だったら、――」
困惑した顔のままの兄へ、鼻面をしわで歪めて弟は言い放った。
「そレが。不愉快だと言っテるんだ」
清明は、兄は、口を開けていた。
そうして、気づけば、笑っていた。倒れたまま身を揺すり、腹の奥から湧き出るままに、くく、く、くく、く、と喉を鳴らして。こらえるように身を丸めて。
剣を手放したのは計算を含んでのことだったが。手加減してきたのは、確かに言われたとおりだった。
だが。弟は、分かっていない。
手加減など、したくてしているのではない。手加減しなかったところで勝ちの目があるかも怪しいのだ、したいわけがない。
――なのに、してしまう。
「ぶっ……はは! ははッ、あははァ! ……はァ、あ」
地を叩きひざを叩き、思う様転げ回って、ようやく笑みが引いてきたところで。清明はひざに手をつき、立ち上がった。
にた、と笑みを浴びせてやった。
「
足を踏み締め、胸を張る。頭と胸の血は乾き始めていた。
「兄の仕事は
「な……」
口を開ける弟に、なおも笑いかけた。
「今までもずっとそうやった――なんて、言うンも言われるンも気持ち悪いわな。これは無しじゃ、今の話で行こう。お前、お
弟の鼻面に再びしわが寄る。
「それが、どうシた。そんナことで俺が、やめよウと思うとデも――」
「思うわ。当たり前やろ、親ァ亡くす痛み、誰よりわしより知っとるお前じゃ。そンなもん耐えられるわけなかろ――お前が」
笑みを消し、弟の目の奥を見る。
「親ァ亡くす子たんと出して。その痛み知っとるお前が、全部背負わんわけなかろ。耐えられるわけなかろ。
再び、小さく微笑む。
「な。やから、やめにせんか。
「……やメろ」
一度は表情を失いかけた弟が、再びにらむ目を向ける。
「分かっテなイのは、お前の方だ」