狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
狐顔の鼻面に歪むようなしわがまた寄るのを感じながら、弟たる安倍晴明は言った。
「それで分かっタつもりなんだろウがな……分かっテなイのは、お前の方だ」
そうだ、何も分かっていない――あるいは俺自身も、今の今まで。
「俺は。――そこまデ母様を、蘇らせたイわけじゃナい」
「……へっ?」
間抜けに口を開けた兄が目玉を剥く。
取り合わず晴明は続けた。
「言わレるまでもなイさ、あの母様だ。父様どころか子ノ俺たちまで、
肩を揺すり、息をついて続けた。
「だが、今はそウ思うとしテも。蘇らセると一度は決めタこと、一度は本気で願っタことだ。あんなデも俺の母だ……俺を喰らおウとしたとしテも」
耳の傷に触れた。未だ
「俺一人ぐらい、あノ人を案じテやってもいい。俺はあの人を完全に蘇らセられるぐらい強くナる、あの人に喰われナいぐらい強くナる。……蘇らセた後は、あの人とは離れテ生きる」
兄は目を瞬かせ、何度も口を開け閉めしていた。
「待て、
晴明は表情を変えなかった。
「出すさ、犠牲は。背負うさ、もちろん。……もウ母様のためだけじゃナい。俺のためだけデもナい。貞じいのために」
兄を見、貞明と対峙する賀茂忠行を見る。
「俺は裏切っタりしナい。貞じいのかつての友や、母様みたいには。俺が、貞じいを護ル」
兄は、清明は目を見開いたままでいた。その焦点はどこに向けられているか分からなかった。何も見えていないかのような目で、口をただ開けていた。
やがて小さく、肩を揺する。
「は……はは。じゃあ何か、お前は。そのために進んでぶち壊すンか、日の本。喜んでぶち殺すンか、この国中の、関係ない親も子も」
「ああ」
「……ぶち殺すぞ、お前」
兄の目は、晴明を見ていた。射殺すような視線をしていた。
震える頬を引きつらせ、兄は続けた。
「お前、あ? ……わしが心配してやりゃァ、お
深く息を吸い、呼気を吐いた後。
「ぶち殺すぞ。尾花丸」
唾を吐き捨てて続けた。
「わしも今気づいたわ、お前らのやる外道に、その犠牲に耐えれんのはお前やない。わしじゃ。お前が耐えれても、わしが耐えれん。親やら子やらの死んでいく命に、そいつらの想いに……そんなことより何より。弟がその外道をやらかす、その一事にな」
晴明は――尾花丸は――、知らず、笑っていた。
「なにが
相変わらず引きつった顔でそう言った、兄へと返す。
「
「ッ……」
さらに引きつる兄の顔を見ながら、尾花丸は嬉しかった。
尾花丸は尾花丸だ、誰はばかることなく尾花丸だ。たとえ、誰の目にも見えなくとも。たとえ、兄がいなかったとしても。
――兄がいての俺ではない。俺がただの一人いる、それだけで俺は、俺だ。そのことにようやく気づいた。
護ってもらう必要などない。
不愉快だった、それらが。兄から護ってもらうことが。そのことにようやく気づけた。
だから、尾花丸は嬉しかった。そんなものを取っ払って、尾花丸を見た童子丸が。貞明に小言を言われたときと同じ感覚。もっと大きな感覚。
満面に笑みを浮かべる。
「言っタな? ぶち殺すと? こノ俺を、弟を?」
兄が、童子丸が歯を
「おォ言うたわ、ぶち殺す。殺してでも止めてやるわ糞が……覚悟せェ、尾花丸。忘れそうなら暦に書いとけ、今日がお前の命日じゃ」
尾花丸は、晴明は、強く笑みを深めた。
「安倍晴明。そレが俺の名だ」
「その名で死にたきゃそうしたるわ! 死ねや外道、安倍晴明ッ!」
「ああ。行クぞ、清明」
互いの両手に
同時に駆け、跳びかかる。
兄と弟は初めて今、全力でぶつかり合った。