狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
「おー、
枯れた倒木に腰かけて、空海は清明らの様子を見ていた。大
隣で純友が首をかしげた。
「いや、尾花がどうしてるのかはおれぁ分かんねえけどよう。まあ童子が活き活きしてんのは分かるぜえ! いいもんだなあ兄弟ってのはよう!」
空海が返した大
――出会った一時は空海とにらみ合った純友だったが。刃渡り三尺を越える野太刀を、抜きもせずに鞘ごと捨てたのだった。
「いやあ参った! 降参だあ降参! があっはっはあ!」
悪びれもせず胸を張る純友に、さすがに空海も言葉を失う。
「おれらぁ海賊、弱え船から襲うのよ。強え奴にゃ尻尾を振るさ、犬っころと
部下を見渡して号令一下。互いの顔を見合す間はあったものの、全ての部下が弓矢を、槍、刀を短刀を足下へ
純友は空海へ、友人のように笑いかける。
「で、よお。悪いが坊さん、あいつらのこたあ
視線で貞明ら、清明らを指す。
「あいつらあ友だちなんだ、貞じいも尾花も、童子もな。もう一人のじい様は知らねえけど、貞じいの友だちだったらしい。だから。あいつらの好きにさせてやっちゃくれねえか。おれらぁ手出ししねえ、あんたもそうしてやっちゃくれねえか。あいつら同士で、話つけさせてくれねえか。な? 頼む」
大きな音を立てて手を合わせ、ひざに額がつきそうなほど頭を下げた。
空海は息をつき、近くの倒木に腰を下ろした。
「言いたいことは分かった。オレもあんまり、口出しするんは好かん方での。あいつらがどうするか、もうちょい見てみようわい」
なぜか純友も横に座り、今に至る。――
向こうの意図に乗せられた形――純友らの武装解除と引き換えに、空海という戦力を足止めする――だが。空海としても大して異論のあることではなかった。
まず、むやみな手出しは実際に好かない。本来
次いでいえば、武装解除は空海にも利がある。無論、この程度の兵を薙ぎ倒すことは、四天王の力を用いれば造作もないが。純友や兵どもの武器には【
その像容には諸説あり一面
海賊討伐のためその修法が行なわれたとは空海も聞き及んでいる。藤原純友が海賊討伐を命じられた――実際には海賊と通じているどころか、海賊そのものだと清明から聞いたが――ことも。
空海とて神仏ではなく、純友の部下全ての動きを把握できるわけではない。
気を抜くことはできないが、武器を手放したなら即座には攻撃できない。その意味では、純友らと互いの動きを封じることには意義があった。
「ま、誰がやった修法か知らんけど。この程度なら、心配することもなかったかの」
純友らの武器からはそこまで練り上げられた力は感じられなかった。この場では好ましいことだが、密教僧の一人としては嘆かわしいとも思えた。
まったく、行なうべき者が行なえば
そんならちもない思いは、純友の言葉にさえぎられた。
「しかしよお、坊さん。あいつら友だち同士兄弟同士、無事に済みゃあいいがなあ」
言う間にも兄弟は爪を繰り出し式神を放ち、かつての友同士は刃を向け合ったまま動かない。
空海はうなずいた。
「ああ、無事に済みゃあええの。無理かもしれんがの」
「だなあ。無理かも知れねえなあ。誰か死ぬかも知れねえし、誰も死なないかも知れねえ。ひょっとして、皆死ぬかも分からねえ。貞じいや尾花の願いが叶うかも分からねえし、叶わないかも分からねえ」
そう言う純友は笑っていた。
「けどよお、それでいいさ。友だちのやりたいことだぜ、貞じいも尾花も童子も、それぞれによ。好きにやらせて、どうなるか最後まで見てやるさ」
空海は息をこぼす。
「大した男や。ひょっとすりゃ、お前が一番賢いかも知れんの」
純友が顔をしかめた。
「よせや、おれぁ生まれてこの方阿呆だぜ。死ぬまで阿呆のつもりよ」
手をつかねて貞明たちを眺める、部下らに目をやる。
「ま、こいつらとも友だちよ。貞じいのやることが上手くいきゃいいがよう、上手くいかなかったとしてもよう。おれはおれで何とかするさ、こいつらのためによう」
「そうか。オレも祈るだけは祈っといたる、お前と部下どもと、あいつら兄弟だの友だのが無事であるように、との」
「ありがてえなあ。ありがとう。そういや坊さん、あんた名前は何つったっけ? くうかい、とか聞こえたがよ、さすがにおれの聞き間違いだよなあ。弘法大師はとっくの昔に――」
「それで
「へ?」
目を瞬かす純友から、空海は視線を忠行と清明らに移す。どうやら、新たな動きがあるようだった。