狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
兄たる清明は、腹の底からの叫びと共に炎を放つ。
「ぶッ
今までにないほど、白羽草薙剣を手にしていても出せなかったほどの力が腹の底、体の奥底から湧き出る、そのまま叩きつける。
本当に殺そうとしているわけではない、それは頭の奥の奥で分かっている。
が。頭のそれ以外の部分と体の全てが、ぶち殺すと叫んでいる。
弟もまた叫ぶ。
「お前こソ死ね! ただの清明!」
稲穂色の体毛に覆われた手が突き出され、炎が放たれる。
噛みしめた歯をそれぞれに
「それ、
「喰らエ、
清明が放った無数の金属、研がれていない槍の穂のようなそれらが、晴明の現出させた巨大な金属塊に阻まれる。一方弟のそれも、鋼の土砂降りのような高い音を立て、清明の刃物群に削り落とされた。
互いに舌打ち一つ、すぐさま次の
どうかしていた、と清明は思った。
兄弟喧嘩に刃物―――白羽草薙剣――を持ち出すなんて。そして、何より。兄弟喧嘩を本気でやらないなんて。
湧き上がる思いのままに声を吐く。
「ぶち殺す……ぶち殺すぞ
殺す気はさらさら無い。全く無い。ただ、ぶち殺す気でやるまでだ。兄に逆らう気など二度と起きないぐらいにぶちのめす。
弟も大口開けて唾を飛ばす。
「何ガ兄だ、だぁれガ弟だ! こっちカら願い下げ、
兄の顔が力の限り歪む。
「ななな、なァにが謝りながらじゃてめェこそ泣きながら死ねやコラ、こっちこそ兄弟なんぞ願い下げじゃ今日で終いじゃ、ええかお前なんぞはわしの足下直下三千尺の――」
「やめよ」
固い声で告げたのは賀茂忠行だった。兄弟になど目もくれず、貞明と向き合ったまま。
「無駄な力は使うな。お前にはやってもらうことがある」
横槍を入れられ、さらに顔を引きつらせた清明だったが。一瞬の後で笑顔になり、調子よく声を弾ませた。
「さッすがお師匠! 何ぞええ手が浮かんだンかい!」
白羽草薙剣に秘められた力を引き出し切る方法が清明には分からなかった。忠行ほどの連達者ならあるいはと思ったが、それが分かったのか。
忠行の固い表情は変わらない。
「妙手といえるかは分からぬが。【
清明はわずかに眉を寄せた。
「そりゃァ……つまり、強い大式神を? いっぱい
貞明を見据える、忠行の表情は変わらず固い。
「妙手かは分からぬ、通じるかどうかも分からぬ。だが、手をこまねいていては止められぬ、院もお前の弟も」
そのとおりではあると清明は思った。剣の持つ膨大な力を利用する方法としても理には
「よっしゃ、とにかく――」
「久し振りだね、童子丸。君が生きていて良かった。ああ、清明と呼んだ方が良かったかな」
牙を
こんなときではあったが、清明の顔に小さく笑みが浮かぶ。忠行の方へ身を寄せつつ喋った。
「や、こっちこそ挨拶が遅れたわ、貞じい。元気そうで何より……ところで、一応わしからも頼むけど。今やっとること、ここの神さん目覚めさすとか、どうかやめちゃァ、くれんわなァ……? ああそうそう、話は変わるけど貞じいは今日までどこに、そういえば純友も元気で――」
「何をする気かは知らないが。時間稼ぎのつもりなら、お喋りはそこまでにしてもらおうか」
貞明が切先で指し示したのは清明の手だった。
清明は喋りながら忠行へ身を寄せ、白羽草薙剣の柄をつかんでいた。自らの力と練り上げた
きまり悪く手を離しつつ、うかがうように貞明を上目で見る。
「あ~、こらァどうも。ところで……友だちと兄弟とのよしみでその、もうちょっとだけ待ってくれたり、とかは……」
弟が鼻面にしわを寄せる。爪が黒いもやを昇らせ、その吐息に炎が混じる。
「願い下げじゃあなかったノか、兄弟ナんて」
固い笑顔のまま、清明は横目で仲間の方を見る。
空海は純友と共に座り、酒など酌み交わしている――おそらく手助けはしてくれまいと思っていたが、腹立たしくもそのとおりか。とはいえ、純友と部下も手出しする様子がないのは
忠行は賢明にも、すでに足を踏んでは引きずる
腹に力を込め、叫んだ。
「おォ願い下げじゃ、地べたに這いつくばらせて鼻水まみれで泣かせたるわコラァ!」
言葉とは裏腹に、清明が両掌を地に向けて展開させたのは土の壁と鉄の壁、さらには木立を壁と成した三重の防壁。
炎を帯びて跳びかかった弟の体がそこに打ち当たり、爪が甲高い音を立てた。
今為すべきことは兄弟喧嘩ではない、貞明たちを止めること。そのためにはまず、忠行の術を成功させねばならない。
それに、先ほどから弟とぶつかり合い、互角に打ち合ってはいるが。実際のところ、互角ではない。
神魚とやらを喰らって得たという力、剣を手にしていたときの清明に使ってみせた黒いもやのようなそれを、弟は使っていなかった。
――手加減されている。思うだに頬が震えるほどに引きつるが、実際のところ、されている。
ふと気づく。弟もきっと、こんな気持ちだったのではないか。弟だから、人の目には見えないからと気づかわれ続け、対峙してもなお手加減され――
そう思う間に、防壁はいくつもの破片へと斬り裂かれた。巨大な剣によって。
「やれやれ、忠行。君たちの尽くした手段と全力とやらを確かめてみたい気もするが。それを待つほど私は人が好くないのでね」
清明は歯を噛みしめて、新たな
黒くもやをまとう爪を振りかぶり、晴明が跳び込んでくる。
大剣を
そのとき、忠行は術式の全てを終えようとしていた。
「――
刀禁呪を唱え終えた今、捧げ持つ白羽草薙剣は五色の
空を切る音を立てて打ち振るう。
「十二月将より
湧き上がる
尾を両手で押さえつつ忠行の方を見れば、渦巻く風と雷光の中に
短いながらも教えを受けた際、忠行が確か言っていた。陰陽道において十二月将・十二天将とある式神二十四神のうち、
それらの恐るべき力を以てすれば、神器や弟の得た神魚の力に対抗できる――そう、思いたい。
「……む?」
最初に声を上げたのは貞明だった。
清明も気づいた、奇妙なことが起こっていた。
形を取りかけていた三つの人影がぶれ、再び
「何だ……何だこれは! 我が意に添え、従え! 勝手に――!?」
忠行が慌てているのを見るに、予定していた
「おのれ! 何か知らナいが……散レっ!」
跳び込む晴明の手に黒いもやが上がり、刃物のような爪を形作る。
人影へ向けて振るわれたそれは、甲高い音と共に斬り落とされた。
人影の振るった、光をまとう手刀によって。
「ふ……
聞き覚えのある声と口調だった。見覚えのある男だった――二度と会いたくはなかったが――。
ゆっくりと鎮まる風の中、その男は地に降り立つ。
「河より速く
清明も、斬りつけた晴明も。貞明も、
一様に目を瞬かせ、口を開けていた。