狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
全員が無言でいる中。
「なんとなんと、
腰に両手を当てて身を反らし、天を仰ぐように笑っていた。
「……何を言うとンじゃこの
ようやく、清明はそれだけ言った。
「やや、いつぞやの狐
歯を噛みしめ、拳を握り振るわせる
「……いや、お前がやられたん今日の話じゃ。一刻百秋ぐらいに言うとけや」
あまりに多くのことがあり過ぎ、弟や貞明を止めるのに必死で忘れかけていたが。思えば、
横を見れば、忠行も同様に肩を落としていた。
構う様子もなく、胸を張った
「何やら貴様らが力を込め、神よ出でよと念じておったようなのでな。かつての
狐顔の大口を開け、弟たる晴明がつぶやく。
「
貞明は無言だった。表情はなく、ただ歯噛みをし、前へ出た。草薙剣を振り下ろすと同時、宙に金気が
「いかん、来――」
一応心配して、清明は声を上げかけたが。
「【
輝く
蝿でも払うように手を振るい、鼻息をつく。
「フンッ、
貞明の表情は硬いままだった。なおも振るう草薙剣が空を裂く音と共に、さらに無数の剣が切先を向け、
前から上から、背後から左右から飛び来る剣の群れを前に、しかし
「【
両手に光を宿し、剣の向かってくる方へと自ら身を乗り出しながら
甲高い音が耳障りに重なり響き、それがやんだときには。全ての剣が金属片と化して地に落ちていた。
「ハッハァーッ! 今のは少ぅし楽しめたわ! 何者かは知らぬが上出来、誉めて取らそうぞ!」
貞明はなおも無言だった。草薙剣を振るっては炎を放ち、また振るっては
衣の端に手をやり、浮かべていた笑みが固くなる。
「……
貞明の表情は変わらない。
「畏れ多くもかつての
大上段に構える剣から、なおも無数の
「邪魔だよ。退け」
「な、な、なぁ……!? 性情温和で知られる
突き刺すような勢いで貞明の持つ剣を指差す。
「ばかりではないわ、よくよく見れば! 貴様の手にあるのは我が愛剣、草薙剣ではないか! おぉ、いと哀れな、そんなにも
同じく大上段に掲げる手刀から、輝く
どちらからともなく振るう力が、再びぶつかり合う。
「貞じい……」
困惑したように眉間にしわを寄せ、佇むままの弟、晴明。
兄たる清明は忠行に顔を向ける。
「何ぞやり合い始めたが、ええんか、ありゃ……?」
忠行は渋面のまま黙っていたが。
「……いや、良かろう」
盤面を見渡すように、争う
「あれが院と争う隙に、我らが加勢して院を叩く。そして、草薙剣を奪う。――かの剣こそが計画の
清明は目を瞬かす。
「……ええんか、あんた。因縁に水差されて、てっきり怒るかと
忠行の目が一瞬だけ険しくなる。
「……言わなんだか。尻でも
二人が互いに次の力を練るそこへ、忠行は白羽草薙剣を掲げた。
「急ぎ意に添え律令の如く――【土公神】!」
剣を逆手に持ち替え、地に突き立てる。まるで地面が泡立つように揺らぎ、土で形作られた腕がいくつもいくつも突き出し。貞明の脚をつかみ腰に手をかけ、さらには伸びて剣をつかもうとする。
「くっ……!」
貞明が身をよじらせるも、すでに無数の土の腕はその肩に腕に取りつきしがみつき、ねじ上げて剣を奪おうとしていた。
「させルか!」
弟たる晴明が声と共に、獣の腕を地へと突き込む。黒いもやをたなびかせる腕を。
白紙に墨を落としたように地は黒く染まりゆき、貞明に絡まる土造りの腕にもそれは染みゆき。
毒牙を刺されたかのように土公神の腕は震え、指を離し、ぼろぼろと崩れ落ちていった。
「行けや、
兄たる清明が狐影の印を突き出す。その先の空間にもやが立ち込め、寄り集まって大粒の水が浮かび、小枝を踏み折るような音を立てて凍りつき。それが広がり、大きくなり。氷塊で形作られた大猪の姿を取った。
「やれ、【大式神・
猪の吐く息が吹雪となって貞明と晴明を襲う。草薙剣に打ちつけられた雪が積もり、氷となってこびりつき、さらに膨れ上がって氷塊となり。貞明の腕が重みにこらえ切れず下がり、切先が地面につく。たちまちに霜柱が地面を押し上つつせり出し、剣を覆う氷塊を取り込んだ。
「しまった…!」
貞明の顔が引きつり。
「もらったァ……!」
清明の顔がほころぶ。
「こ、これは……
掲げる手刀から、天を
「我が怒りのままに滅べぇ! 受けよ【
「なッ……」
貞明の方へ手を伸ばそうとしていた清明は、駆け寄りかけた姿勢のまま前へつんのめる。
「フ……思い知ったか猪め!
忠行も、貞明さえ口を開けて。ふんぞり返って高笑う
「何か知らナいが、
弟たる晴明が、
「フ……その程度か!」
鼻息一つつき、手刀を振るう
腕から上がる光が薄まり、薄まり。
「あっ。……あっ、あぁあああ!?」
日の本の名を背負う英雄は悲鳴を残して石に打ち倒され、岩の下敷きとなり。積み重なる岩石の群れに埋まり、見えなくなった。
「な……」
口を開けたままの清明はこう言いたかったが、声にするだけの力も抜け落ちていた。
――何しに来たンじゃ、お前。