狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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七十一話  白鳥(しろとり)明神

 

 さながら石造りの墳墓の如く日本武(やまとたける)を埋(うず)めた岩石の山を眺め。しばらく無言でいた後、貞明は剣を構え直した。

 

「さて、わけの分からぬ者は消えた。続きといこうじゃないか」

 

 忠行も白羽草薙剣を構えるが、頬がわずかに引きつる。足は地を擦り、半歩下がっていた。

 

 その腰を後ろから、ぐい、と押し、よろめく忠行を前に突き出し。清明自身は、大きく三歩下がっていた。

 

「おい……!」

 

 忠行の非難がましい目を無視し、図々しく言い放つ。

「悪いが、じじい。しばらく二人分の相手しよってくれ。弟の分も」

 

「何……!?」

 

 その声にも耳を貸さず、清明は練り上げた精(モノ)を掌ごと地に叩きつけた。高く広い土壁、鉄壁、木立の壁が現れ、貞明らと清明らを隔てる。

 これでしばらくはできるはずだ。時間稼ぎが、というよりも、目隠しが。

 

 武(たける)を埋めた岩山の方へと走り、粒状に仕立て上げた精(モノ)をばらまく。岩と岩の隙間から、中の地面へと。

 

「木・剋(こく)・土!」

 

 声と共に、種を模して練り上げられた精(モノ)は根を張り、次々と芽を出し。さらに太く盛り上がる根が岩を揺らし、伸びゆく幹が石をずらし。岩山を内から崩していった。

 

「……ぐ、おお、お……」

 

 武(たける)はともかくも元形を留めて横たわっていた。その手を取り、引きずり出す。

 

「よくぞ……助け、た。誉め……て、取らそう……」

 

 手前勝手な礼を述べ、再び突っ伏そうとする武(たける)の胸倉を清明はつかむ。顔を引っ張り上げた。

 思い切り、殴った。

 

「寝ぼけんな糞根性無し。お前の仕事はこれからじゃ阿呆」

 

「が……な……ぁ?」

 

 殴られた方に顔を傾けたまま、目を見開いて固まる武(たける)を引っ張り戻す。額と額がつくほどに顔を近づけた。

「ええか。草薙剣を持っとった奴、ありゃァあんたの遠い子孫じゃ」

 忠行に聞いた限りでは、系図上は血がつながっているらしかった。

「そいつがやろうとしとる事はな。草薙剣の力を大物主神に捧げて、国津神と妖(あやかし)の溢れる世を造る、そうしようとしとる」

 

「何と……!」

 目をさらに見開いた、武(たける)はよだれが出そうなほど口元をほころばせる。

「すれば、また朕(ちん)の武勇を振るう機会がいくらもできるというわけ――」

 

 ぶん殴った。

 

 倒れて頬を押さえる武(たける)に、できる限りは優しく言い放つ。

「糞阿呆。すりゃあ奴らは、何より軽んじ蔑(ないがしろ)にしとるっちゅうことじゃ。宮様、あんたの勳(いさおし)をな」

 

「何……?」

 

「あんた様が帝の命(めい)を受け、倒して回ったンは敵勢だけやない。その土地やら海やらで暴れ回る、悪しき神をも倒したはずじゃ。あいつらはそれを蘇らせようとしとる……あんた様のせっかくの功績も台無しじゃ。ずいぶん阿呆にした話やと思わんか」

 

「何……だとぉ……!」

 武(たける)はひざに手をつき、よろめきながらも立ち上がる。

「思い出すわ……ここ讃岐(さぬき)の地でも、津々浦々を脅(おびや)かす大悪魚を、腹の内に呑まれ毒に苦しめられながらも討ち取ったものよ。今でも聞こえるようだわ、その時の民草の大歓声、朕(ちん)を称える賞賛の声が……!」

 雨でも浴びるかのように天を仰ぎ、両腕を広げた。拳を握る。

「我が栄(は)えある勲(いさおし)を穢(けが)すとあらば、たとえ子孫といえど許さぬ……! この日の本一の大英雄! 日本武(やまとたける)天皇――」

 

「待て」

 手を上げてさえぎり、再び顔を寄せた。

「そりゃァ昔の名ァじゃ。今のあんた様は、帝よりお偉い神様じゃろうが」

 

「む……それは、そのとおり」

 

「そうして、わしと忠行の力で喚(よ)んだ式神でもある。あんたの名は――【剛式神・白鳥明神(しろとりみょうじん)】」

 本来喚(よ)ぶはずであった式神・天剛の名と、白鳥(しろとり)神社に神として奉られた日本武(やまとたける)の名を取り、そう呼んだ。

 

 鬼名を知る――そのように護符へ記して行なう術があることを忠行から聞いている。妖物の真の名を知り、それを告げることによってその者を制することができる、と。

 この場合は逆に、真の名をこちらから定めることによって式神として制する――そうできることを期待して呼んだのだった。

 

 考えるように天を仰いだ後、武(たける)はうなずく。

「剛式神・白鳥明神(しろとりみょうじん)……か。何やら、奇妙にもしっくりとくる呼び名よ。よかろう、その名で呼ぶことを特に差し許す。お前とあの老人、忠行とやらにはな」

 

 清明は頭を下げた。

「大(おお)き、有り難(がた)き幸せ」

 

 そうしたとき、重い音と共に土の岩の木の鉄の破片が飛び散り。砕かれた壁や吹き飛ばされた式神どもと共に、忠行が倒れ込んできた――清明の造り出したものへさらに壁を足し、式神を展開して護っていてくれたようだ――。

 

 光るもやと化して消えゆく壁の破片を踏み越え、光を帯びた剣を提げる貞明が歩みくる。

 同じく歩みながら、黒いもやをまとった爪を伸ばす晴明が口を開く。

「どうシた、清明……兄様よ。勇まシいのは口だケか。人任せで壁に隠レて、ずいぶん臆病になっタじゃなイか」

 

 清明は弟を見、顔をしかめたが。

 

 武(たける)は、剛式神は、別の物を見ていた。

「我が、剣……」

 

 貞明の下げた草薙剣。惹かれるようにそれを見ていた。

 

 忠行を助け起こしつつ、清明はそれを見ていたが。笑った。

「宮様、いやさ我らが剛式神、白鳥(しろとり)明神。あんたの得物(えもの)はそっちやない。これじゃ」

 忠行の手から取り、放(ほう)った。模造草薙剣――白羽草薙剣を。

 

「素手(むなで)にてすぐに打ち殺してくれる(ただに取ろうぞ)、なんぞと二度と言うてくれるなよ。あんたそれで二度負けたんじゃ、国津神とわしらにな」

 

 明神が手にした剣から白いもやが、微細な精(モノ)が立ち昇る。清明や忠行が手にしていたときのそれを遥かに越えて、叢雲(むらくも)のように。

 舞い上がるもやはやがて集まり、純白の羽毛の姿を取り。辺りに舞い、散った。それでもなお、もやは立ち昇り白羽は舞い散る。

 

「これは……」

 身を起こした忠行がつぶやき。

 

「これじゃ」

 清明はうなずく。

 

 白羽草薙剣を使うに当たって清明は賭けた。自分の才覚よりも忠行の知恵と経験に。

その忠行の思惑をも越えて、武(たける)は剣の力を使い、現れた。

 ならばそこに賭けるしかない。正しいか間違っているかなどとは問題ではない――要は、そこ以外に賭けるものが無い。

 だからそうした。それはおそらく、当たった。

 清明も忠行も引き出せなかった、白羽草薙剣真の力――それがどうやら、この形。

 

 白鳥(しろとり)明神は口の端を吊り上げて笑う。

「ほう、なかなか気の利いた剣よ。まるで我が手に吸いつくようぞ! 覚悟せよ、錆び剣ぶら下げたそこな愚物ども――この明神が利剣に裂かれることを差し許そうぞ」

 

 唇をなめた白鳥(しろとり)明神の体から剣から、白羽は立ち昇り舞い散り続ける。

 

 

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