狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~   作:木下望太郎

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八話  あわわの辻へ、見られに行こう

 

 そうして忠行の行方を追い求めつつも。身過ぎ世過ぎに明け暮れるまま、早や数年が経っていた。

 賀茂忠行について市井の噂に上るのは、特別な任を受けて播磨国(はりまのくに)へ向かっただの、摂津国(せっつのくに)へ祈祷に呼ばれただの。那智(なち)へ修行に出かけただの、はたまた遠く関東(あずま)くんだりまで出向くことになっただの。その時その時様々で、どうにもつかみどころがなかった。下手に見つかれば殺されるのはこちらだ、賀茂の屋敷を直接見張るというわけにもいかなかった。

 

 味方する供の少ない出向先の土地で寝込みでも襲えれば好都合、とも考えた。それらの土地へ旅してもみたが、忠行がどこにいるかはつかめなかった。

 あるいは都から出たという噂自体、忠行が流させたものかもしれなかった。兄弟は結局、土地土地の残飯を漁り、虫を食らい、似非(エセ)陰陽師を演じるばかりだった。

 

 ただ一つ、分かったことがあった。

 どこの土地へ行っても、宙や地に遊ぶモノらはいた。それらを見ることのできる人間はいなかった。

 そして、同様に。尾花丸を見ることのできる人間も、一人としていなかった。

 

 

 『あわわの辻』、という場所がある。

 京は大内裏の南東に当たる、二条大路と大宮大路が交差する辻である。そこでは(もも)の鬼が夜を行き、居合わせた者らはたちまち「あわわ」と腰を抜かす。そんな話を、童子丸も耳にしたことがあった。

 

 行ってみよう、と言い出したのは尾花丸の方だった。

 なぜだ、と童子丸は聞きかけてやめた。

 

 鬼の類は見飽きるほど見ていた。宙や地に遊ぶモノどもと同じく余人の目には見えずとも、そこかしこにいる。無論、モノどもほどごった返しているわけではないが。

 鬼、(あやかし)の類はおおむね、見ぬ振りをしていれば何もしてはこなかった。そのものらの居場所をうっかり(おびや)かすなど、こちらから何かしない限り。

 そんな鬼どもを、わざわざ見に行く理由などない。そこへ行く理由があるとすれば、鬼を見にではない。

人を見に――いや、人に見られるために行くのだ。尾花丸が。

 

 人に見えぬ鬼どもが、あわわの辻では見られている。あわわ、と腰を抜かすほどに。

 だから、その特別な場所へ行けば、もしや。尾花丸の姿が、他の人間にも見えるのではないか。兄以外にも見られ、兄以外とも話ができるのではないか。

 そう考えたのだろう、と兄は思って。何も聞かず、ゆこう、と応えた。

 

 

 昼間にも行ってはみたが、注意を払う人とてなかった。狐顔の尾花丸が目の前にいても。それで、夜更けにまたそこを目指した。

 月は細く、それも厚く流れる雲にすぐ隠れた。墨で刷いたような夜であった。それでも童子丸のくすんだ空色の目、獣の目にはやがて、闇を薄く()いだように、辺りがわずかに白んで見えた。尾花丸も同様で、灯火も持たず二人は歩いた。

 辻から辻、大路から大路。二人の足音だけが響く――狐の足をした尾花丸に足音はほとんどない。わずかに砂が擦れる音だけがする――静かな夜。人声はおろか犬の遠吠えすらも聞こえない、静寂のひたひたと満ちた夜。そんな中を音もなく、木の葉の羽根持つ蝶が遊び、火の粉を散らす蜉蝣(かげろう)が群れ飛ぶ。薄く火明(ほあ)かりが散る。

 

 やがて、空気をわずか揺らすように、遠くから唄うような声が聞こえる。いくつかの野太い声が、一つに揃って響いてくる。

 

「お(いっち)()ィの、三四五(さいよいど)ォ……お(いっち)()ィの、三四五(さいよいど)ォ」

 

 跳ねるような調子を取りながら、大路の遥か遠くから近づいてきた。金棒かついだ赤鬼、黒鬼。水干(すいかん)をまとい烏帽子をかぶった猿。首のない野良着姿の男は、大きな(かめ)を抱えている。それを持ち上げ、首に据えると。白い陶物(すえもの)の肌に釉薬(ゆうやく)で焼き描かれた顔が、にぱ、と笑った。

 

 瓶の男は立ち止まると、描かれた目を巡らせて童子丸らの方を見る。釉薬(ゆうやく)の口を動かした。

「おや、知らぬ顔じゃが。御身(おんみ)らもあわわの辻にお越しかな。急がねば、百鬼の祭りに遅れようぞ」

 

 横の鬼が慌てたように男の袖を引く。

「ありゃ違う、口聞くな。混ざりもんぞ、あれらは」

 耳にしたとたん、横の猿が扇を広げる。見るも目の(けが)れだとでもいうように、自らの顔を覆った。

 

 瓶の男はあごに――瓶の底に――手を当て、とっくりと童子らを見る。

「ほーう……あれが。いやしかし、尾のある方はよ」

「そっちもじゃそっちもじゃ。ほれ、早う行こうぞ」

 

 また、調子を取りながら歩き出す。

「お(いっち)()ィの、三四五(さいよいど)ォ、お(いっち)()ィの、三四五(さいよいど)ォ」

 

 尾花丸が毛に覆われた手を振った。

左様(さよう)なラ、ご機嫌よウに」

 

 その声に、瓶の男が振り向いて手を振り返した。後ろの鬼がその頭をはたき、ぽろ、と瓶が首から落ちる。すんでのところで男は瓶を両手で抱え、そのままこちらを見ることなく、調子を取って歩いていく。

 

 尾花丸はまだ手を振っていたが、やがてまた歩き出した。真似るように調子を取りながら。

「オ(いっち)()ぃの、三四五(さいよいど)ぉ、オ(いっち)()ぃの、三四五(さいよいど)ぉ」

 

 童子丸はため息をつき、何か言ってやろうと思ったが。何を言ったものやら分からず、またため息をついた。

 この分であわわの辻に行ったとて、どうなることがあろうか。わざわざ来る人間がいるかは疑問であったし、練り歩く(もも)の鬼どもに見て見ぬ振りをされたまま突っ立っておくというのも、気分の良いものとは思われなかった。

 

 それでも、尾花丸は先を歩く。

「オ(いっち)()ぃの、三四五(さいよいど)ぉ、オ(いっち)()ぃの、三四五(さいよいど)ぉ」

 

 調子を合わせて、童子丸も口を開いた。

「お(いっち)()ィの、三四五(さいよいど)ォ、お(いっち)()ィの、三四五(さいよいど)ォ。……尾花(ハナ)よう、尾花(ハナ)

「ん?」

 

 尾花丸の顔は見ず、明後日(あさって)の方を向いて言う。

「たとえ母さまおらんでも、父との縁が()うなっても。誰もお前を見んかったとしても。……わしだけは、お前の兄ぞ」

 

 尾花丸が兄を見上げた。

「当たリ前のこと言うナよ。いつダって、童子ダけはおれノ兄だ。おれタちは、いつダって二人デ一人だ」

 

 それから、ふさ、と尻尾を揺らす。

 示し合わせたわけでもなく、同時に駆け出す。

 砂を蹴る足音も高く、たった二人が夜を行く。

 

 

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