狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
そうして忠行の行方を追い求めつつも。身過ぎ世過ぎに明け暮れるまま、早や数年が経っていた。
賀茂忠行について市井の噂に上るのは、特別な任を受けて
味方する供の少ない出向先の土地で寝込みでも襲えれば好都合、とも考えた。それらの土地へ旅してもみたが、忠行がどこにいるかはつかめなかった。
あるいは都から出たという噂自体、忠行が流させたものかもしれなかった。兄弟は結局、土地土地の残飯を漁り、虫を食らい、
ただ一つ、分かったことがあった。
どこの土地へ行っても、宙や地に遊ぶモノらはいた。それらを見ることのできる人間はいなかった。
そして、同様に。尾花丸を見ることのできる人間も、一人としていなかった。
『あわわの辻』、という場所がある。
京は大内裏の南東に当たる、二条大路と大宮大路が交差する辻である。そこでは
行ってみよう、と言い出したのは尾花丸の方だった。
なぜだ、と童子丸は聞きかけてやめた。
鬼の類は見飽きるほど見ていた。宙や地に遊ぶモノどもと同じく余人の目には見えずとも、そこかしこにいる。無論、モノどもほどごった返しているわけではないが。
鬼、
そんな鬼どもを、わざわざ見に行く理由などない。そこへ行く理由があるとすれば、鬼を見にではない。
人を見に――いや、人に見られるために行くのだ。尾花丸が。
人に見えぬ鬼どもが、あわわの辻では見られている。あわわ、と腰を抜かすほどに。
だから、その特別な場所へ行けば、もしや。尾花丸の姿が、他の人間にも見えるのではないか。兄以外にも見られ、兄以外とも話ができるのではないか。
そう考えたのだろう、と兄は思って。何も聞かず、ゆこう、と応えた。
昼間にも行ってはみたが、注意を払う人とてなかった。狐顔の尾花丸が目の前にいても。それで、夜更けにまたそこを目指した。
月は細く、それも厚く流れる雲にすぐ隠れた。墨で刷いたような夜であった。それでも童子丸のくすんだ空色の目、獣の目にはやがて、闇を薄く
辻から辻、大路から大路。二人の足音だけが響く――狐の足をした尾花丸に足音はほとんどない。わずかに砂が擦れる音だけがする――静かな夜。人声はおろか犬の遠吠えすらも聞こえない、静寂のひたひたと満ちた夜。そんな中を音もなく、木の葉の羽根持つ蝶が遊び、火の粉を散らす
やがて、空気をわずか揺らすように、遠くから唄うような声が聞こえる。いくつかの野太い声が、一つに揃って響いてくる。
「お
跳ねるような調子を取りながら、大路の遥か遠くから近づいてきた。金棒かついだ赤鬼、黒鬼。
瓶の男は立ち止まると、描かれた目を巡らせて童子丸らの方を見る。
「おや、知らぬ顔じゃが。
横の鬼が慌てたように男の袖を引く。
「ありゃ違う、口聞くな。混ざりもんぞ、あれらは」
耳にしたとたん、横の猿が扇を広げる。見るも目の
瓶の男はあごに――瓶の底に――手を当て、とっくりと童子らを見る。
「ほーう……あれが。いやしかし、尾のある方はよ」
「そっちもじゃそっちもじゃ。ほれ、早う行こうぞ」
また、調子を取りながら歩き出す。
「お
尾花丸が毛に覆われた手を振った。
「
その声に、瓶の男が振り向いて手を振り返した。後ろの鬼がその頭をはたき、ぽろ、と瓶が首から落ちる。すんでのところで男は瓶を両手で抱え、そのままこちらを見ることなく、調子を取って歩いていく。
尾花丸はまだ手を振っていたが、やがてまた歩き出した。真似るように調子を取りながら。
「オ
童子丸はため息をつき、何か言ってやろうと思ったが。何を言ったものやら分からず、またため息をついた。
この分であわわの辻に行ったとて、どうなることがあろうか。わざわざ来る人間がいるかは疑問であったし、練り歩く
それでも、尾花丸は先を歩く。
「オ
調子を合わせて、童子丸も口を開いた。
「お
「ん?」
尾花丸の顔は見ず、
「たとえ母さまおらんでも、父との縁が
尾花丸が兄を見上げた。
「当たリ前のこと言うナよ。いつダって、童子ダけはおれノ兄だ。おれタちは、いつダって二人デ一人だ」
それから、ふさ、と尻尾を揺らす。
示し合わせたわけでもなく、同時に駆け出す。
砂を蹴る足音も高く、たった二人が夜を行く。