やがてあわわの辻に着く。そのときには雲も過ぎ、細い月が出ていた。
その光が淡く照らす大路に、ざわめく百鬼が満ち満ちていた。
赤鬼青鬼黒鬼黄鬼が、てんでに鉄棒を担ぎ。この夜のためにめかしこんだが、虎皮の下帯、熊皮の下帯、牛革の衣に、棘のような突起がざらつく鮫皮の衣。思い思いの装束を翻し、拍子を踏んで歩みゆく。
牛ほどもある蛙が引く牛車の中から、みちりとはみ出る大女の顔。長い黒髪を道々引きずるも、体がどこにあるかは分からない。車の横では烏帽子を被り水干をまとった、犬猿猫らが神妙に供をする。
楽を鳴らす音もあった。といって、楽器を手につまびく者がいたわけではない。
琵琶の顔を持つ小男は自らの顔をべべん、と鳴らし。琴を甲羅代わりに背負った亀は手を伸ばし、その弦を甲高く爪弾いてみせた。太鼓の腹、木魚の頭をそれぞれ持つ男らは拍子を取って、互いの腹を頭を打ち出していた。童子丸らと先ほど行き合った瓶頭の男が頭を外して抱え、片手で叩いてそれに続いた。
ちゃかぽこ、べべん、と楽の鳴る中。烏帽子を被った、犬ほどもある大蛙の群れが、げっ、げっ、と喉を鳴らす。装束をまとった犬猿猫らが鳴き声を上げ、馬をも絞め殺せそうな大百足が身をもたげ、がさがさと音を立てて脚を蠢かせる。烏天狗が頭をもたげて響かせる口笛は、そのまま横笛の音のようだった。
辻を長く進みゆく、その楽の音の波の中。手拍子、踏む足、鼓動のような拍を乗せ。百の鬼が唄い騒ぐ。
――お一二ィの 三四五ォ お一二ィの 三四五ォ
良いど良いどと わしゃ言うちょらァよ ここが地獄ぞ 俺等にゃ極楽
百の鬼らが 唄える道行き 早く早くと足踏み急き行き
百の鬼らが 躍れる道行き もうもう立つ砂 轟く地響き
鬼太鼓叩けや 手ェ打て足踏め
鬼唄唄わにゃ張り飛ばせ 憂き世の垢ごと打ち落とせ
首ごと落として六道回りゃ お天道 地共に おさらばじゃ
死んで生まれて 生まれて死んで 往って来たるがこの穢土よ
良いど良いどと わしゃ言うちょらァよ
零落れる神ども 浮上れる鬼ども 皆々良いどと わしゃ言うちょらァよ
ソレ お一二ィの 三四五ォ
ヨォ お一二ィの 三四五ォ――
鬼らが囃し、付喪神どもが楽を鳴らし、獣の妖らが跳ね回っては、鳴き声を上げて調子を取る。
彼らの上では月明かりを浴びて舞うように、海草の羽根持つ鳥や黄金の燐粉をこぼす蝶、火花と戯れる蜉蝣。名も無きモノらが遊んでいた。
それらの様を、あわわの辻のその端で。ただ口を開け、兄弟は見ていた。あわわの声も立てることなく、目を見開いてじっと見ていた。
墨を撒いたような夜の中、百の鬼どもが唄い騒ぐ。兄弟をちらとも見ることなく、踊り躍って過ぎてゆく。
ああ、本当に、と童子丸は思った。本当に、わしらのことなぞ、誰も見えてはいないかのようだ。
静かだった。百の鬼が唄い囃す、楽の流れのそのそばで。二人の周りだけが捨て置かれたように、風が震えることとてなかった。無論、兄弟の他に人の姿はなかった。
いや、兄弟とて人間といえるか。少なくとも鬼どもの扱いを見るに、妖の仲間ではなさそうだが。であれば何か、と問われたところで、童子丸には答えようとてなかった。
何だろう。自分たちは、何だろう。
「……帰るか」
長く立ち尽くした後、そうつぶやいたが。応えは返ってこなかった。隣には誰もいなかった。
尾花丸が、消えていた。
「えっ」
えっ。思わずもう一度つぶやいて、童子丸は目を瞬かせた。そんなはずはなかった、弟が目の届かぬ所に行ったことなど、せいぜい厠に行くときぐらいだ――木の下だの廃堂だの、その夜その夜の野天の暮らしだ。実際には野っ原で垂れ流すことが多かったが――。
童子丸と離れてしまえば。もう、尾花丸が見える者はいないのだから。尾花丸と話せる者は、この世のどこにもいないのだから。だから兄は弟を離さなかった。弟は兄から離れなかった。
それが、いない。
口にこそ出しはしなかったが、あわわ、あわわと辺りを見回す。辻から辻、路地から路地へと視線を走らす。――どこだ、いったいどこに行った、物陰で小便でもしているのか――。
「あ」
いた。いてはいけない所に、いた。
百の鬼の列の中に、見慣れた狐顔がいた。鬼どもに交じり、唄い、騒ぎ、踊っていた。