かつて凡人だった男の成り上がり生活   作:飢堕天

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7話

 夕暮れ時。空は茜に染まり、遠くの街並みもその柔らかな色に包まれていた。沈みゆく太陽が最後の意地を張るように、建物の輪郭を際立たせてゆく。

 しかし、その美しさとは裏腹に、俺の胸の内は重く沈んでいた。

 ホームへ続く道を、足を引きずるようにして歩く。

 

「......はぁ、らしくないことをした」

 

 ぽつりと、誰に聞かせるでもなく、独り言が漏れる。

 

 ギルドでのやり取りが思い出される。

 エイナさんに見せた、制御できなかった態度。

 その場では抑えきれなかったが、今となっては冷静に考えるほどに後悔が胸を締めつける。

 

 (なんで俺はあんな態度を取ってしまったんだ......)

 (......別にわざわざ自己主張をせずとも適当に話を合わせておけば、それであの場は事足りたはずだ......)

 (同情でも誘いたかったのか?まるで、誰かに慰めてほしいみたいに......)

 

 自己嫌悪がじわりと広がる。

 心の深層に潜んでいた黒が、感情の表面を侵食していく。

 弱さをさらけ出した瞬間の自分に、吐き気を覚えるほどの嫌悪感が押し寄せる。

 

 (何もかもが中途半端。優柔不断で、臆病で……)

 

 

 (ほんと、全部が中途半端だ。優柔不断で、臆病で、何もかもが......)

 (心の何処かでは誰かに救ってもらいたいと願う癖に、誰かに寄り掛かるのが怖くて仕方ない。だから、孤独を選んでしまう)

 (そんな醜い自分の本性に触れるたび、吐き気がするほどの自己嫌悪に襲われる)

 

 考えれば考えるほど、気分が沈んでいく。

 一度、負のスパイラルと化した思考をリセットするために、深呼吸をした。

 

 「——すぅー......はぁー......」

 

 (......よし、いったん落ち着こう)

 (過ぎた過去をいつまでもくよくよと考えていても仕方ない。今はとりあえず、未来のことを考えよう)

 

 気持ちを整理しながら、今後の動きについて思考を巡らせる。

 

 (これから俺がやるべきことは大きく分けて二つ——)

 (まず、一つ目は魔力運用が可能かどうかの確認。これは、ダンジョンでも考えていたように、治癒能力や【アバドン】なしでの自己強化など、現状の俺に必要な要素の獲得。これが主な理由だ)

 (次に、二つ目は戦闘技術の向上。これに関しては、俺一人ではどうしようもない。だから、誰かに師事しようと考えている。とはいえ、構成員が俺一人しかいないヘスティアファミリア二伝手はない。そして、当然だが他派閥には頼めない。となれば、選択肢は二つ。まず、一つ目がどのファミリアにも属していない者に頼る。二つ目がファミリアには名義だけの所属で、冒険者としては現役を退いた者。前者に関してはあてがないが、後者に関しては一人、心当たりがある。とはいえ、引き受けてくれるかは分からない。だが、まずは話を持ち掛けないことには始まらない、か......)

 (とりあえずは、明日のダンジョン探索が終わった帰りに寄りますか)

 

 明日のダンジョン探索後、寄るべき場所を心に刻みながら、俺はふと顔を上げた。

 

 目の前には、朽ち果てた石造りの建物が夕暮れに浮かんでいた。教会の名残を残しながらも、今では人の気配のない廃墟——俺の帰る場所。

 

 気づけば、自然とここまで歩いていたらしい。考え事に夢中になっていたせいか、足が無意識に帰路を選んでいたんだろう。

 

 半壊の扉を押し開けて中へ入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。すぐに地下へと続く階段を降りていく。足元が徐々に明るくなるにつれて、どこかほっとしたような気持ちが胸に広がっていく。

 

 「あっ、おかえりっ、ソラ君!」

 

 階段を下りきった先、地下の部屋の中央で、黒髪を左右で結んだ小柄な少女、いや、女神——ヘスティアが、ぱっと花が咲くような笑顔で迎えてくれた。

 

 「ただいま、ヘスティア」

 

 彼女の笑顔に、自然と頬が緩む。

 装備を外し、【亜空間庫】へと仕舞い込んでから、台所へ行って手を洗う。

 

 「ソラ君っ、今日の夕飯はじゃが丸君だぜっ!」

 

 まるで自慢げに宣言するように、ヘスティアは胸を張って言った。

 テーブルの上には、丸い揚げ物が山のように積み上げられている。

 

 「へぇ、今日の賄いか?」

 

 「そうさ! おばちゃんがボクの働きっぷりに感動しちゃってねっ!こんなに一杯もらったんだ!」

 

 自慢げに胸を張るヘスティア。

 その勢いで、豊かな胸がふわりと揺れる。

 

 「そうか。さすがは我らが主神、ヘスティアだな」

 

 「えへへ~っ!」

 

 俺がからかい半分でそう言うと、彼女はまんざらでもなさそうに笑った。

 

 「さぁさぁ、ソラ君!今夜はパーティーと洒落込もうじゃないかっ!」

 

 表情をキリっと引き締め、親指を突き立ててポーズを決めるヘスティア。

 

 「——フッ。そうだな、折角だしパーティーと洒落込むか」

 

 俺もまた、彼女に親指を立てることで賛同の意を示す。

 

 ——こうして、俺たちはお互いに今日の出来事を語り合いながら、この世界に来て初めての夕食を楽しく過ごした。

 

———————————————————————————————————————————————————————————————————————

 

 夕食を終えた俺は静かな夜風を背に受けながら、人気のない場所へと足を運んだ。

 

 誰もいない広場——人工物すらない開けた空間。月明かりに照らされた石畳だけが、そこに広がっていた。

 風の音も遠く、まるで世界に俺一人しかいないような錯覚すら覚える。

 

 「よし、ここなら問題ないだろう」

 

 孤独と静けさに包まれたこの場所こそ、修練には最適だ。

 

 「それじゃ、早速始めるか」

 

 修練の目的は“魔力運用の検証”。

 ただ魔法を使えるかどうかではない。己の魔力を完全に把握し、自在に制御すること——それが最終目標だ。

 

 まずは、体内の魔力を知覚するところから始める。

 身体の内側に意識を集中させる。

 表皮、筋肉、骨、血管、細胞......身体を構成する要素を一つずつ連想しながら、地球にはおそらくは存在しなかった魔力と呼ばれる“内在エネルギー”を知覚するよう試みる。

 

 

 そして——

 感じる。微かに脈動する、体温とは別の熱。

 まるで血液と共に流れているようにも感じるが、全く異なる質感を持つ。濃密で、滑らかで、温かいのに圧力すらある。

 

 (......これが、おそらくは魔力)

 

 今までに感じたことのなかった未知なる体感に、されど不思議と恐怖はなかった。

 むしろ、身体の奥に灯された小さな焔に触れるような心地良ささえあった。

 

 (......ふぅ、とりあえず魔力を知覚することはできた。なら......)

 

 次は、その魔力を“操る”。

 

 全神経を集中させ、内側で揺れる魔力を静かに“導く”。

 魔力が腹部から胸部を通り、肩、そして腕へと流れ始める。

 その流れは一切の無駄がなく、意識の誘導に従って忠実に軌道を変えていく。

 血管とは違う道筋を辿っているのに、身体の構造を理解しているかのような精度。

 

 掌に魔力が収束し始めると、腕の内側でチリチリとした感覚が生まれた。

 魔力同士が微かに擦れ合い、電流のような刺激が皮膚下を走る。

 

 俺は掌を上に向け、収束した魔力を放出するイメージを描いた。

 

 ——魔法とは、魔力によって引き起こされる現象である。

 これは、俺の魔法に関する持論だ。

 まず、身体の内部に存在する魔力を外部へと放出する。その際、魔力を性質変換——例え ば、火へと性質を変換——することで現実に生じる事象。

 これこそが魔法であり、魔法とは魔力の具象化である。

 

 ——掌から外へと放出する魔力の性質を変換するイメージを行う。

 イメージするは“雷”——。

 雷を選んだのはただの好みという理由だけではない。以前、落雷を直接食らったことがった。その体験が、イメージを鮮明にする。

 

 ——集中。

 魔力を雷へと変換するイメージを明確に構築。

 空を裂く一閃。光速に近い衝撃。

 その性質——直進性、瞬発力、超高温、振動、閃光、破壊的衝撃波——雷の特性であるそれらを細かく分解し、それぞれの要素を魔力に重ねていく。

 

 魔力は高周波のように振動し始め、掌の周囲から空気が静電気でピリつき始める。

 青白い光が浮かび上がり、次第にバチバチと音を立てた。

 

 そして——

 

 バチバチッ!

 

 青白い雷光が走る。

 放出された魔力が雷へと変質したのだ。

 

 「ははっ、成功だ!」

 

 拳を握りしめた瞬間、その集中の途切れに呼応するように雷光は霧散して消えた。

 

 「......なるほど。集中が途切れると魔力は形を維持できなくなるのか」

 

 この発見は大きい。

 魔法はただ魔力を性質変換するだけではなく、性質の維持——つまり、“連続的な意志”が求められる技術なのだ。

 

 その後、火、水、風、土、闇、光の各属性を試す。

 どれも地球時代に培った自然現象のイメージと空想法則に基づき、問題なく発動はできた。

 だが——威力はどれも低すぎた。

 

 (......まぁ、威力は後で鍛えればいい。今は発動可能な基礎があること自体が収穫だ)

 

 属性魔法の検証を終えた俺は、次なる課題へ移る。

 それは“無属性魔法”に分類されるであろう『身体強化魔法』だ。

 

 無属性魔法に関しても、属性魔法の時と同じ要領で魔力を操作する。

 だが、属性魔法と違う点は魔力を外部に放出して性質を変換するのではなく、内部で循環する点だ。

 

 

 ——イメージしろ。

 魔力を肉体の内側へと浸透させる。

 皮膚、筋肉、骨、血管、細胞——肉体を構成する全ての要素に、魔力による補強のコーティングを施すイメージ。

 

 

 ——感じる。魔力が身体全体に行き渡っている感覚。

 全身に活力が満ちていく。

 

 「......試しにジャンプしてみるか」

 

 膝を折り、重心を落とす。足腰に力を込めて、勢いよく上空へ向かって飛ぶ。

 

 「うおぉっ」

 

 重力に逆らったかのような感覚を覚える。

 本来なら到達することなどできない高さまで届いた。

 これまで、飛び跳ねるだけでは決して感じることのなかった浮遊感。

 

 「......よしっ、成功だ」

 

 

 完全ではない。

 魔力の消費にはムラがあり、強化倍率も低い。

 だが、【アバドン】に頼らずに自己強化に成功したこの事実は——更なる可能性へと繋がった。

 

 

 「......まだ、精神力は余裕がある。なら、次は治癒魔法を試すか」

 

 身体強化魔法を成功させた俺は、次いで治癒魔法の習得を試みる。

 重要度でいえば、身体強化魔法よりも治癒魔法の方が上だ。

 

 (ソロでダンジョンに挑む俺には、回復手段はポーションしかない。だが、貧乏ファミリアの団員である俺にはポーションは高すぎる)

 

 ダンジョン探索で生計を立てる俺にとって、回復手段の確保は生死に直結する課題。

 自力で治癒が可能になれば、探索の自由度も、金銭の運用も桁違いに変わってくる。

 だからこそ、今ここで、治癒魔法の可能性を確かめる必要がある——。

 

 「よし、それじゃ、まずは傷をつけるか」

 

 【亜空間庫】から一振りの剣を取り出す。刃に月光が反射し、鋭く輝いた。

 俺は迷いなく、右腕に浅い切り傷を入れる。チクリとした痛みが走る。

 

 「......ふぅ」

 

 微かな血が滲む傷口を見つめながら、左手を翳す。

 目を閉じ、深く息を吸い込む。体内の魔力に意識を沈める。

 

 ——イメージしろ。

 魔力を傷口に送り込む。皮膚の奥へ、血管へ、細胞へ——

 傷口付近の細胞に魔力を浸透させ、細胞を活性化させるようイメージする。

 自然治癒力を魔力によって限界以上まで引き上げる。

 

 それは、まるで自分の身体を顕微鏡でのぞき込むような精密さを必要とする行為だった。

 

 魔力の流れは極めて繊細だ。

 気流のように揺らぎ、意識が少しでも逸れればすぐに乱れる。

 俺は魔力を“編み直す”ような感覚で流れを修正し、傷口へ導いていく。

 

 魔力を送り込んでからしばらくの時間が経過した......。

 俺は雑念を捨て、傷を治すことに全神経を注ぐ——。

 

 すると——ようやく変化が始まる。

 まず、血小板が魔力に反応して活性化し、傷口の断面に集まり始める。

 集まった血小板が血栓を形成し、止血が完了する。同時に、魔力による免疫細胞の活性化により、異物や細菌の排除を開始。

 その直後、今度は皮膚細胞や筋繊維の基になる幹細胞が呼応するように、魔力に導かれて分裂と増殖を始める。

 徐々に肉の断面が埋まっていき、真新しい赤みを帯びた細胞群が規則的に並び、まるで絹のように滑らかな組織を再構築していく。

 皮膚の表面にまで及ぶと、色素細胞もまた活性化され、徐々に元の肌色を取り戻す。

 

 魔力の光がふっと揺らぎ、引いていく頃には——

 先ほどまであった傷口には、まだ微かに薄っすらとだが傷跡は残っている。

 しかし、流れていた血は止まり、切り裂かれた断面は完全に塞がっていた。

 その状態は、魔力による治癒魔法が成功したことを知らせるものだった——。

 

 「——よしっ!」

 

 拳を握りしめる。心の奥に熱が灯る。

 自分の力で“治癒”を成し遂げたという事実に俺は喜びをあらわにした。

 

 とはいえ、治癒完了までに相応の時間がかかった。

 戦闘中に使うには致命的に遅く、重商ならなおさら無力。

 

 (それでも、魔法として治癒が可能だというこの事実——それは計り知れない価値がある)

 

 ポーションが不要になる可能性。

 経費削減。探索効率の向上。戦術の幅。

 この魔法一つで、俺の未来が何倍にも広がる。

 

 

 

 「さてと……あらかた試したかった魔法は、確認できたな。今日はもう、ここまでにしておこう」

 

 精神力の消耗は限界に近い。

 頭の芯がズキズキと鈍く痛み、体全体が重くなってきている。

 

 「身体に倦怠感も出てきたな……さすがに疲れた」

 

 俺は剣を【亜空間庫】へ戻し、ゆっくりと広場を後にする。

 石畳の感触が足裏からじんわりと伝わってくる。

 空には雲が流れ、星々が瞬いていた。

 

 

 

 (……だが、この程度で精神が疲弊するのは課題だな)

 

 基本的に【アビリティ】は、その項目に基づいた行動をすれば伸びる。

 例えば、【魔力】でいえば、魔法を使った分だけ上昇する。

 

 (なら、今後は寝る前に魔法を使い倒して、限界を押し広げるか)

 

 歩きながら今日の訓練を振り返る。

 

 身体強化魔法。治癒魔法。

 そのいずれも、既存の【魔法】とは異なる“体系外”のアプローチだった。

 

 他者の模倣ではない。

 誰かに教わった技術でもない。

 【神の恩恵】によって得た能力でもない。

 ——明確な理論と、体感をもとに生み出した独自の魔法技術。

 

 その始まりは、この小さな夜の修練にあった——。

 

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