SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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[枢機を欠かす]

混沌を齎した典との邂逅の後。怖いほどに大人しくなった典と別れた私達は多少の遅延を経て、ようやく香霖堂の前へと辿り着いた。

 

辿り着いた、のだが....

 

「....あの、椛さん?そろそろ....」

 

「....」

 

躊躇いながらも、私は椛に声を掛ける。香りは既に抜けた筈なのだが、彼女は私から離れようとはしない。まるでマーキングでもするように、密着を続けていた。流石に、このまま香霖堂に入るのは宜しくない。

 

「....あの女狐と二人きりにならないって約束するなら離れてもいいけど」

 

「ん"ん"」

 

どうやら典の"誘い"が尾を引いていたらしい。とはいえそれは、言われずとも遵守すべきだろう。彼女からは....破滅の気配がする。

 

「....約束します」

 

「よろしい」

 

思いの外簡単に柔らかさが離れ、空白が私の周囲を支配する。微かな淋しさを振り払い、私は香霖堂の扉を開いた。

 

「お邪魔します」

 

「しまーす」

 

「やあ、いらっしゃい」

 

私とルーミアの挨拶に、お馴染みと言えるまでになった声が返報する。霖之助さんはカウンターに立っていた....門前の交渉が聞こえていなければいいのだが。

 

「しかし、あまり痴話喧嘩を他所の家の前でやるものじゃないよ」

 

「....」

 

なぜだか目の前が暗くなったような気がする。ルーミアの能力のせいだろうか。

 

「す、すみません.....ええと。更に面倒を掛けさせるのは偲びないのですが、実は今回の訪問には明確な理由がありまして....」

 

「今日は仕事でもないし、客人として来た様子でもない。ふむ....魔理沙絡みの面倒事かい?」

 

「凄い、なんで分かったんです?」

 

「面倒事は彼女の別名だよ」

 

溜息をつく霖之助さんの姿には、なんというか、哀愁がある。基本的に彼女はトラブルメーカーらしい。

 

「ええと、霖之助さんに迷惑を掛けるつもりはありません。ただ、ちょっと魔理沙さんを探す必要がありまして、彼女の家の場所を教えてくれませんか?」

 

「....ああ、なるほど」

 

彼は何か得心がいったかのように頷く。

 

「それは別に構わないが、家に向かう必要はないだろう」

 

「それは....何故です?」

 

「彼女は少し前までここに居たからね」

 

「ここに?それは....少しタイミングが悪かったですね」

 

どうやら入れ違いになっていたらしい。とはいえ、霖之助さんから足跡を辿れるのは僥倖だ。

 

「魔理沙さんが向かった先について見当は付きますか?霖之助さんの口ぶりからして、家に向かった訳ではなさそうですが」

 

「ああ、おおよそ見当が付く。というのも、彼女にしては珍しく今回は鑑定を依頼されてね。小さな地図を鑑定したんだが、その用途が.....問題だったんだ」

 

「問題?」

 

「僕の能力が言うに、その地図の用途は一つ....」

 

()()()()()()()()()()()()だ」

 

「──!」

 

「幻想郷を引き裂く!?」

 

「怒りの日?」

 

私達の会話と見て黙っていた二人が、それぞれに反応する。幻想郷を引き裂く。確かに、あの地図はそのような事が出来るだろう。だとしても、"出来る"ことと、"用途である"ことは別だ。それはつまり....あの地図が元々、幻想郷を攻撃するためのものであるという自白に等しい。

 

「おっと、あまり僕の能力を過信するものじゃないよ。こういう時は大抵、能力が不完全な形で発現しているんだ。前なんかは、外の世界の遊具を世界を支配してしまえるような強大なアイテムであると誤認した事もあって──」

 

滔々と語り続けていた彼は、途中で私を見る。恐らくは気楽の対極にある私の顔を。

 

「.....いや」

 

「"君"が来るという事は、あながち出鱈目でもないかもしれないな」

 

「....この場合、魔理沙さんが何処へ向かうのか、分かりますか?」

 

「手癖に難もあるが、あの娘はそのような話を聞いて放っておくほど薄情でもないよ。そう、"仮に"差し出したそれが盗品であるとすれば、彼女は自分に降りかかるリスクを無視してそれを返品するだろう。つまり君か、その雇い主にね」

 

直接的な情報を与えられなかったにも関わらず、彼は現状を完璧に推測し終えていたらしい。流石の洞察力だが、今は驚いている場合ではない。

 

「情報提供、感謝します」

 

紅魔館が盗人をどう扱うかは分からないが....仮に事情を知らない住民との戦闘に発展すれば、不味いことになる。彼女に追いつかなければ。

 

 

 

・・・

 

 

 

風が肌を撫でるとは言い難い速度で吹き付ける。自分よりも遥かに華奢なルーミアに抱えられ、私は空を飛んでいた。魔理沙が空から、それも一直線に紅魔館へ向かうであろうと予想してのものだが.....

 

「.....こういう時は空を飛べない自分の情けなさを痛感しますね....」

 

「弱点は一つくらいあったほうが箔が付くよ」

 

「妖怪の理論だなぁ」

 

周囲の景色が移り変わる中で、できることはそう思い至らなかった。紅魔館への転移も考えたが、事前準備の余裕はなく、距離も遠すぎる上に....血が不足している。フランは明らかな手加減をしていたが、失った血の量は無視できるものではない。

 

最も素早く、極めて優秀な認知能力を持つ椛に先行してもらっている以上、必然的に私はルーミアとの会話に集中していた。

 

「私は妖怪だから、当然」

 

「....まあ、弱点があった方が魅力的に映る、というのは理解出来ますね。ルーミアさんの場合は日光とかでしょうか?」

 

「博麗の頭が素敵な巫女も追加していいよ」

 

「それは恐らく、あらゆる妖怪の弱点ですね....」

 

「あとは....」

 

不意に、私を抱き締める力が強くなる。妖怪の膂力は、人体には少し酷だ。

 

「天戸も」

 

「....えっと、待遇改善が必要であれば全力で取り組みますよ」

 

「今のままでいい」

 

ボディロックでもされるのかと焦ったが、そういう訳ではないらしい。苦痛とも快感ともつかない中二階の中で、彼女は囁く。

 

「今のままがいい」

 

「....」

 

感情が混じり合い、ルーミアの瞳は光無き黒色を呈していた。吸い込まれそうになる視線を反らす....時折、彼女が何を考えているのか、よく分からなくなる....

 

「天戸の負けね」

 

「目の逸らしたら負けのゲームやってました?」

 

「代償は両腕両足」

 

「ネタ切れのまま突き進んだ世界線の遊戯王かな?」

 

「....」

 

「....えっ、冗談ですよね?」

 

この場において沈黙ほど恐ろしいものはない。しかし、真相は大声によって覆い隠される。

 

「魔理沙、確保ー!!」

 

必然的に私達の視線がそちらへ向かう。汗の滲む椛の隣には、バツの悪そうな顔をした魔理沙が浮いていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「いや、悪かった。流石にな」

 

空中でルーミアに抱えられたまま話をする訳にもいかない。地上に下りて一息を付いた私達に対して、魔理沙が真っ先に口にしたのは謝罪だった。

 

「....魔理沙さんが本気で謝っている場面に遭遇するとは思いませんでした」

 

「明日は空が落ちてくるかも」

 

「私は杞人だって安心できる誠実な人間だぜ」

 

「妖怪の山に詫びを入れに来るなら信じてやってもいいけどね」

 

「残念ながら妖怪退治は人間の基本的欲求の一つでな」

 

しかし、謝罪したとてこの態度は崩さないのだから凄まじい。言葉で表現するなら"盗人猛々しい"となるのだが、こと彼女の言動として見ると、安心感すら感じてしまうのが不思議だ。

 

「まあ、普通に駄目なので紅魔館には連行していきますからね」

 

「なんだ、私が貧血で死ぬ所が見たいのか?」

 

「もしもそうなりそうだったら、私が責任を持って魔理沙さんを逃しますよ」

 

「....」

 

「ちょっと」

 

なぜか獣耳をピクピクと動かし、椛が私と魔理沙の合間に立つ。その愛らしい耳の動作についつい目を奪われてしまうが....あまり機嫌が良さそうには見えない。

 

「まずは天戸の言ってた"地図"の回収が先、でしょ?」

 

「それは....その通りですね。魔理沙さん、地図を渡して下さい」

 

「ちぇっ、死ぬ前に物を返すなんて霧雨家の恥だな」

 

「それは世間一般における誉れですよ」

 

魔理沙が懐を漁り、ポーチを漁り....遂にはどこからか取り出したバックを漁り始める。暫くして、魔理沙が頭を掻く。

 

「....あの地図の箱、何処行った?」

 

「....」

 

凄まじく嫌な予感がする。探しても見つからないとなると、まさか....

 

「ちょっと、ふざけてる場合じゃないのは分かってるわよね!?」

 

「待て、本気で地図が何処にも....」

 

「.....天狗が捕まっても隠し事を続ける相手をどうするか分かってる?」

 

「ち、違う....私は....くそっ....」

 

魔理沙はあからさまに焦り、動揺していた。彼女はバックをひっくり返して漁り始めるが、箱が出てくる事はない。私は彼女の顔を見つめるが....虚飾は感じられない。

 

「ふむ、無くしてしまったのなら仕方ありませんね」

 

「おいおい、待てってば!私をどうしようと情報なんて一つも出てきやしないぜ!」

 

「──ああ、いえ、逆です。魔理沙さん、あなたを解放するので捜査に協力してくれませんか?」

 

「....はぁ?」

 

「ちょっ....本気!?」

 

魔理沙と椛の視線がこちらに突き刺さる。細部は違えど、二人から感じるのは驚愕と困惑だ。ルーミアだけが、静かにこちらを見ていた。

 

「危なくないの?」

 

「状況と彼女の性格を総合するに、魔理沙さんがこの場で嘘を吐く可能性はまずありません。金や蒐集癖の為に幻想郷を危機に晒すことはない、というのが私や霖之助さんの認識です」

 

「そっか」

 

「....まぁ、それに。魔理沙さんには返し切れないだけの借りを背負わされていますから。こうした時に返しておかないと、一生尻に敷かれることに羽目になっちゃいますよ」

 

「お前....」

 

魔女の帽子が傾き、その顔を覆い隠す。何故だか椛はそんな彼女にジトリとした視線を向け、魔理沙はその視線を弾くように忌々しげに手をそよぐ。なにか彼女らの間で通じ合っているのだろうか?だとすれば二人の相性は思ったより良いのかもしれない。

 

「....協力はしてやるさ。私は誠実だからな」

 

「感謝します」

 

彼女が協力してくれるのは有り難い限りだが....あくまでもそれは始まりに過ぎない。問題はここからだ。

 

「....さて、重要なのはその先です。つまり懸念すべきことは魔理沙さんが嘘を吐いているか否かではなく、別にあります」

 

「別?」

 

「単に彼女が木箱を落としただけであれば、それも良いでしょう。私としてはそれを願ってやまないのですが....」

 

もう一つ、厄介な可能性がある。魔理沙ほど抜け目のない盗人が、これほど重要なオブジェクトを無くすなど、ありえるのだろうか?

 

「──何者かが魔理沙さんから地図を盗んだ可能性。それを考えない訳にはいきません」

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