赤い弓兵は新エリー都に降り立つ 作:相川
十四分街、共生ホロウ
エミヤがこの世界に訪れてから、もう一ヶ月が過ぎようとしている。喫茶店の店員としての収入と、インターノットを利用してちょっとしたホロウ護衛業のような仕事を熟すことで、彼自身の収入もバカにならないほどの物となっている。
今では皮肉屋で現実主義者な部分が顔を出しているが、生来備わったお人好しさは誤魔化せず、依頼の際には契約以上の色々な面倒ごとに巻き込まれることもしばしば。しかしまあ、依頼人からの評価は軒並み高く、インターノットで『アーチャー』の名は着々と広まっていた。
彼がそのような事業を始めようと決心したのは、パエトーンや邪兎屋と言った顔見知りにその武力を売りにしてはどうかと言われたからだ。
できる限り早めに兄妹の世話にならないようにと思っていたエミヤとしては、収入源が増えること自体に否やは無かった。
そうして収入もかなり入ってきたことで、エミヤはそろそろアパートの一室くらいなら契約できる資金を確立していた。
プロキシ兄妹に甘えて生活してきたが、そろそろ自立するべきだろう。そう、真面目な男は思う。
今日は喫茶店の仕事も休みで、副業も依頼が入っていない。プロキシ兄妹の表の稼業を手伝おうにも本日は定休日らしく、ならば家事をと思ったがそれに関しては自分がほとんど終わらせてしまった。
どうにも暇を持て余してしまうので、いつものように、新エリー都を散策して知識の更新を行っていた所だった。
彼が持つスマホに着信がかかった。この都市にやってきてから購入したデニムパンツのヒップポケットから振動が伝わってくる。
それにいち早く気付いたエミヤは、この端末に着信など珍しいなと思いながらもきっちり3コール以内に応答した。
「はい、こちらエミヤ」
『アーチャー! あたしよ!』
思いのほか大きな声に、咄嗟にスマホを耳から遠ざける。着信画面から分かっていたが、この声音は間違いなくニコの物だろう。
彼女にも本名を伝えたはずなのだが、こっちの方がしっくりくるという理由で呼び方は「アーチャー」のままだ。ちなみに、アンビーには「シロウ」と呼ばれている。
まあそれは兎も角、彼女が態々電話をかけてくるなど、あまり良い予感はしない。そう思いながらも、エミヤは応答する。
「……ニコか。何か用かね。生憎、今の君の大声で私の鼓膜は――」
『そんなことはどうでもいいわ! 兎に角大変なの、アンビーとビリーが十四分街のホロウに落ちて……! あんたの力を借りたいの!』
お得意の嫌味も何のその。ガン無視したニコは捲し立てるように用件を伝えてくる。
どうにもニコは焦っている様子であり、結論が先に出すぎていた。エミヤは彼女をとりあえず落ち着かせ、改めて事情を説明してもらうことにした。
そうして話を聞いてみれば、どうやら依頼されたブツを巡って「赤牙組」という暴力団とひと悶着あったらしい。そうして色々あった末に、アンビーとビリーが十四分街で発生した共生ホロウに落ちてしまったということだった。
「キャロット」を持っていないため、このまま放置していたらエーテリアスになってしまう危険性がある。ここで貴重な従業員を失う訳にはいかないとニコは言った。
それを聞いて、エミヤは率直に思ったことを彼女に伝える。
「……些か、頼む相手を間違えているように思う。ホロウに迷い込んだ人物の捜索は私の得意とする所ではない。私よりも、リンやアキラのようなプロキシの方が適任だと思うのだが」
『プロキシには既に頼んだわよ! その上で、あんたの力があればプロキシを安全に護衛できるでしょ?』
なるほど。ニコは既に、パエトーンに対してアンビーとビリーの捜索を依頼しており、現在はホロウに向かっている最中らしい。
だとしたら、これも無用な心配だ。
そこまで説明されれば納得するしかない。
尤も、それを受けるか否かはエミヤの選択次第なのだが、彼にはニコたちに対して多大な恩がある。この世界に降り立った日に、ホロウから脱出する手助けをしてくれ、兄妹との顔合わせの場を作ってくれた。それだけで返しきれない恩である。
まあ元より、頼まれごとを拒否する性格でないのがエミヤという男だ。
しかし、まだ疑問もある。
パエトーンの護衛であればニコ一人でも十分だろう。だというのに彼女はエミヤに依頼してきた。その違和感を解消するため、少し質問をする。
「君は来ないのかね?」
『あたしだって、できることなら行きたかったけど、今は怪我をしてるの。プロキシにも休んでるよう言われたし……』
「そう言うことなら仕方あるまい。承知した。君たちには恩もある。微力ながら、護衛くらいは熟してみせるさ」
『本当!? 助かるわ!』
特に拒否する理由もないので、素直に首を縦に振れば電話の向こうから喜びに満ちた声が聞こえてくる。
損得勘定にシビアな面もあれば、人情に厚い面もある。
今回だって、エミヤが邪兎屋に恩があることを盾に半ば脅しのように頼むこともできただろうに、真正面から純粋に頼み込むとは。
こういう所が、彼女がなんだかんだで人脈に恵まれる所以なのだろう。
そんなことを考えながらも、エミヤは次に行動するべきことを並行して考えていた。
「それで、私はどこへ行けばいいのかね?」
『それに関しては今から座標を送るわ。そこであたしたちと合流して、ホロウに入ったプロキシを護衛してくれればいいから。なるべく早く来て頂戴!』
そこで通話は途切れた。そして、ノータイムでニコが現在いるであろう座標が送られてくる。
十四分街の一角。ヤヌス区にある共生ホロウのすぐ近く。そこに、ニコとパエトーンはいるらしい。
◇
『エミヤさんが来てくれるなら百人力だね!』
『ああ。この一ヶ月で、彼の実力は身に染みて実感している。彼がいるなら、アンビーとビリーの捜索も容易く終わるだろうね』
ニコと通信を繋いでいるパエトーン兄妹はそのようなことを話している。
十四分街にあるホロウに従業員が落ちたから助けてくれと懇願してきたニコに対して、からかいならがらも首を縦に振った彼ら。
ホロウ内の探索だけならイアスだけでも十分だろう。しかし、念には念をと言うことでニコはエミヤにも救援を要請したのだ。
ニコが純粋に頼れる相手が彼やパエトーンくらいしかいないという悲しい理由もあったが。
「……よし。アーチャーの端末に座標を送ったし、あとはあいつが来るのを待つだけよ」
ホロウの前で、ニコは言う。
待っている間にリンはイアスとの同期を完了させ、準備は万端だ。
そして待っていればあっという間に赤い弓兵はやってきた。
「待たせたかね?」
「うおっ!? ……は、早いわね。まだ五分しか経ってないわよ……」
「なに。偶然近くにいたのでな。運が良かったと思いたまえ」
英霊の身体能力を活用し、なるべく早くというニコの要望に真面目に応えたエミヤ。
赤い外套に黒いボディアーマーという、いつもの姿となった「アーチャー」がそこにはいた。
『エミヤさん! 来てくれたんだ』
「リンか。ボンプと感覚を共有するという技術は、いつ見ても不思議な物だ」
パエトーンの仕事に付き合ったこともあるエミヤは、彼らがボンプと感覚を共有することでホロウ内部を探索するという手段を取っていることも知っていた。
そのため驚くことは無いのだが、やはりこうもタイムラグなしにまるで自身の体のように別の肉体を操れるなんて、下手な魔術より魔術らしい。
科学技術が発展した世界だが、それでも彼らが持つ技術が異質であることには変わりない。
彼が持つ魔術で「解析」したこともあった。だが、あくまでボンプの構造しか分からず、感覚を同期するという肝心のシステム自体は分からずじまい。
「さて、さっさと済ませてしまおう」
『それもそうだね』
そうして、彼らはホロウの内部に足を踏み入れた。
黒いドームに足を踏み入れれば、それだけで景色は一変する。先ほどまで路地裏にいたはずが、一歩踏み出しただけで崩壊した文明都市に様変わり。
こうも奇妙な空間異常を引き起こすなど、このひと月で慣れはしたがやはり何らかの魔術的な要因が絡んでいるのではないかと勘繰ってしまう。
前を歩くボンプの案内に従って、アーチャーは周囲の警戒に勤しむ。
干将・莫耶を投影し、両手に持つことでいつでも戦闘に入れるように準備を整えた。
その光景を見ていたリンは、そう言えばとアーチャーに対して疑問を投げかけた。
『前から聞きたかったんだけど、エミヤさんの持つ武器ってどこから出てるの?』
無意識のうちに投影魔術を使用していたアーチャーは、そういえばこの世界には魔術は存在していないのだったなと少し反省する。前の世界でこんなことをしたら神秘の秘匿という大原則を守れと、他の魔術師から大目玉を喰らっていた所であった。
しかし、この世界に魔術は無く、エーテルの運用によるちょっとした超能力じみた力はあるのだ。あまり不自然には思われまい。
「なに。ちょっとした技術だとも。この世界にもエーテル操作技術に長けた者はいるのだろう? そのような物だと思ってくれればいい」
『……エミヤさんが元居た世界って、本当に「ホロウ」が存在しないだけの世界だったのか少し疑問に思うことがあるよ』
とはいえ、リンやアキラに対しては誤魔化しきれなかったようだ。それもそのはず、出会ったその日になんて事の無い科学文明社会の世界だと説明しているからだ。
ぶっちゃけ、アーチャーとしては神秘も薄れたこの世界で、彼の力について明かしたところであまり問題はないと思っているが、それはそれとして、まあ魔術師として自身の力の秘匿くらいは義務だと思っている節もある。
彼が真に魔術師と呼べるかは定かではないが、かつての養父の教えが少しは残っているのだろう。
そのため、詳しく聞かれたら答えることも吝かではないが、そうでもない限り自分から明かそうという気もない。というスタンスとなっている。
『それに、エミヤさんってインターノットじゃ「アーチャー」って名前で活動してるけど、あんまり弓を使ってないよね』
「弓は護衛には向かないのでな。剣よりも得意であることは変わりないが、依頼人の傍にいなければならない都合上、弓よりも剣の方が適しているというだけにすぎん」
そうして会話を続けていれば、なんてことなくアンビーとビリーを発見できた。
エーテリアスに襲われていた彼らに対して、ボンプのリンは持ち込んだ煙幕を使用した。
そうしてエーテリアスたちの視界を奪ったその隙に、物陰に隠れていたパエトーンが二人を呼ぶことで合流することに成功する。
アンビーとビリーはボンプを見て最初は何事かと思っていたが、すぐに思い当たる節があったようで安堵の表情を浮かべた。
「スカーフの、喋るボンプ」
「おおおっ! もしや――」
『パエトーン!』