弁護士「鉄平さんは、法律上はザコですね」

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※この作品を読むと、『祟殺し編』と『皆殺し編』がかなり味気ないものとなります。それを了承していただける方のみ、お読みください。


鉄退し編

また、呼び鈴が鳴った。

 

鉄平は、気怠げに玄関へとノロノロと向かう。ーー沙都子の学校の教師だの、児童相談所からの何とかだの、電話でも直々のお出ましでも本当にしつこい奴らだと思う。

 

今度は何だ、と思いながら玄関のドアノブを開ける。

すると、ワイシャツをネクタイで締めた若い男がにこやかに挨拶をする。ワイシャツの胸元には、天秤を表したバッジが日光で煌めいていた。

若い男の背後には、彼が乗ってきたと思われる車があった。見える限りの車の窓は全開である。

「どうも、私、園崎法律相談事務所から参りました弁護士の園崎と申します」

「そ、園崎?」

 

鉄平は、『弁護士』の肩書きよりも『園崎』の名前の方に慄いた。雛見沢でも興宮でも知らない者はいない、ここらの地域を牛耳る圧倒的な名家。蒸発する前の愛人の律子も『園崎』に雇われていた。ーー鉄平は思わず佇まいを整えた。

 

しかし、弁護士の次の言葉でまた鉄平は露骨に顔をしかめた。

「今日は、北条沙都子さんの件で伺いました」

「なんじゃい! また沙都子のことかいな! あいつもよっぽど大人にモテるんやのう! ……沙都子は今は風邪じゃ! 風邪で熱出しとるんや! 今は会えん!」

 

しかし鉄平の怒鳴り声に、弁護士は全く怯まない。

「いえ、沙都子さんの件とは申し上げましたが、私が用があるのは、あなたの方なんです、北条鉄平さん」

「なんや……『園崎』がわしに何の用じゃい!」

『園崎』と『青二才の男』に、鉄平は言葉を正すか一瞬迷ったが、結局はいつも舎弟に対するようなガミガミとした口調を選んだ。

 

最初に、弁護士は突拍子もないことを訊いてきた。

「あなたは、沙都子さんと養子縁組をされましたか?」

「あん? なんじゃいそれ?」

「養子縁組をご存知ではありませんか?」

鉄平はカチンときた。オツムが良くないと自覚しているからこそ、この明らかな若造にバカにされると腹が立つのであった。

「知っとるわ! このボケ! そんなのは常識じゃがのう!」

「なるほど。それで、質問に戻りますが、沙都子さんはあなたの養子ですか?」

 

鉄平は苛立たしげに答える。

「ああん? だから、なんだっちゅうね!」

「いえ、とても重要な質問ですからお答えください」

「なんで、お前なんぞにそんなことを答えにゃならんねん!」

「実は、あなたが沙都子さんをいじめているのではないか、という匿名の報せを受けまして……」

 

鉄平はついに怒りを爆発させる。

「なんじゃい、おめえ!! 何の証拠もないのに、わしがかわいい姪をいじめていると言いがかりをつける気かいな!! ああん!?」

 

たいてい鉄平がここまで凄めば相手は怯んでくれるのだが、目の前の若い男は全然動じなかった。こんな脅しは、日常茶飯事で恐怖に値しないと言わんばかりの表情である。

「それを確かめに私はここに参ったのです。しかしながら、ひとまず私の質問に答えてくださると幸いです。あなたは沙都子さんを養子にされましたか?」

「あんたもしつこいなあ~!! ……しとらん、しとらん! なんでアイツをわしの子供にするっちゅうんや!!」

「そうですか、ありがとうございます。では、次の質問ですが、」

「なんじゃ、まだあるんかいな!」

 

鉄平の不満そうな声を、弁護士はあっさりと受け流す。

「質問はあと2つだけです。……あなたは、沙都子さんの未成年後見人ですか?」

鉄平は、首をかしげる。

「みせ……なんじゃい、それ?」

「未成年後見人です。あなたはこれにあたりませんか?」

「知らん知らん。そんなもん聞いたことがない」

 

弁護士は、口元が綻びそうになるのを抑えて尋ねる。

「ありがとうございます。では、最後の質問です。あなたは、沙都子さんを扶養するにあたって、家庭裁判所の審判を受けましたか?」

「家庭裁判所? ……知らん知らん、そんなもん。これで終わりやな。じゃあ、とっとと帰って……」

 

弁護士は口を挟む。

「いいえ、質問は3つとは申し上げましたが、それで用事が終わって帰るとまでは申し上げておりません。……あなたは沙都子さんの養親でもなければ、未成年後見人でもない、さらに沙都子さんの扶養の義務を家庭裁判所から負わされていない。ということは、」

 

 

 

「あなたには、法律上、沙都子さんと暮らす権利も義務もありません」

 

 

 

「はあっ!?」

鉄平は目玉が飛び出そうなほど仰天する。そして、大いに狼狽する。

「な、何を言うとるんや!! 沙都子は、わしの姪じゃい! わしらは家族じゃ! お前なんかに口を挟むいわれなんぞない!!」

 

弁護士は、首を振る。

「いいえ、あります。というより、もはや誰でもあなたに言えます。あなたには、沙都子さんと暮らす権利も義務も無い、と」

鉄平は、動揺を隠せない。

「い、いや、わしらは確かに親戚で……」

「民法上、そんなことはあまり関係ありません。まず、あなたは、沙都子さんを養子にしていないとおっしゃった。ということは、沙都子さんの『親』ではないことを自白したことになります」

「え、あ、」

 

「2つめの質問、沙都子さんの未成年後見人でもないとあなたはおっしゃった。これで養親でもないあなたには、沙都子さんの監護、教育、居所の指定、財産管理をする権利も義務もないことを認めたも同然となります」

「………………おのれ」

鉄平は、嵌められたと自覚した。

 

弁護士は続ける。

「そして、3つめ。あなたは、沙都子さんを扶養するにあたって、家庭裁判所の審判を経ていないとおっしゃった。民法877条2項『家庭裁判所は、特別の事情があるときは……三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。』とあります。あなたは沙都子さんの叔父で、確かに『三親等内の親族間』にはあたります。しかし、家庭裁判所の審判が下らない限り、沙都子さんを扶養する義務は生じません。だから、あなたは沙都子さんを扶養しなくても結構です。つまり、一言でまとめると、こういうことになります」

 

 

 

「あなたは、沙都子さんに対して、全くの無権原者です」

 

 

 

「なので、私が耳にした情報によりますと、あなたは無理やり沙都子さんをこの家に連れ帰り、学校にも行かせず、召使いのごとく家事をさせているそうですが、あなたにはそんなことをする権利も義務も無い! この情報に証拠があるかどうかなんてどうでもいい。少なくとも、あなたは去年から1年間、沙都子さんを放置していた。その1年の間、沙都子さんは古手梨花さんの家で、幸せに健やかに暮らしていました。その間、こんないじめの噂が立つことなんてなかった。だから、俗に言う保護者としての権利も義務も何も持たないあなたに申し上げます。とっとと沙都子さんを解放しなさい!」

 

鉄平は怒りで顔が真っ赤になった。耳の穴からは白い煙が出てきそうである。

「て、テメェ……! ふざけたことを!」

「ふざけたことをしているのは、あなたです」

鉄平は、この目の前の弁護士をぶん殴ってやろうかと思った。しかし、『園崎』の名前を思い出し、辛うじてその衝動を抑えた。

 

そして、ガハハ、と大声で笑う。

「親を両方亡くした子供を親戚が育てるのは普通じゃないかのぉ!! わしゃあ、いちいち……家庭裁判所って言いましたっけ? そんなとこの許可を得ずに子供を育てている知り合いを知ってるんやがな」

本当のところ、ソイツが家庭裁判所の審判を経たかなんて知らなかったが、鉄平は虚勢を張った。

 

「確かに家庭裁判所の審判を経ずとも親戚の子供を育てることはあります。その場合、子供は社会的に様々な不利益を被ることになりますがね。しかし、そもそもあなたは沙都子さんにとって、そういう親戚にあたりますか? 私が聞いた情報によると、あなたは1年間、沙都子さんを放置して、興宮の方で暮らしていたらしいですね。その間、誰が沙都子さんの衣食住を支えていましたか? 友人の古手さんであり、その未成年後見人の村長さんです。1年間放置して、突然親戚であることを理由に沙都子さんと暮らすのは筋が通らないでしょう」

 

鉄平は、「あ~、う~」と数秒唸ったあと、こう言った。

「そうや。出稼ぎに行ってたんや。それで金が貯まったからこうして雛見沢に帰ってきて、もういっぺん、沙都子と暮らそうと……」

「ほう。では、沙都子さんに仕送りはされていたんですよね? 送金はどこの銀行口座からどこの銀行口座へと行われたのですか? 私、調べられますよ。また、古手さんや村長さんに『自分は1年間、出稼ぎに行くから、その間、姪の面倒を見てください』とでも頼みましたか? 私の調査では、そんな話を誰かからも伺っていませんが」

「う……」

適当に言ったデマカセだったために、鉄平はもちろん答えに窮した。

 

弁護士はニヤリと笑う。

「これが裁判でしたら、あなたはこの時点で負けです。あなたは、1年間も誰に頼むこともなく、未成年で身寄りの無い姪御さんを放置していた。ならば、その間、面倒を見てくださった古手さんや村長さんが、これからも沙都子さんの面倒を見続けると言った場合に、勝てるはずがありません。……しかし、いいでしょう。法的に見れば、古手さんもその未成年後見人の公由村長も、沙都子さんに対して無権原なのは、あなたと変わりありません。ですので、沙都子さんに決めていただきましょうか。あなたと、古手さんや村長さんの所、どちらの元で暮らしたいかを選んでいただくということでどうでしょうか?」

 

鉄平はこの提案にほくそ笑んだ。彼には、脅しや暴力で沙都子を征服できている自信があったからだ。

しかし、その自信も呆気なく打ち砕かれることになる。

“友情”によって。

 

「それでは、今はひとまず沙都子さんの意思を確認しましょうか。……………北条沙都子さん!! 玄関までいらっしゃってください!!」

弁護士は、鉄平の肩越しに大声で家の中へと叫んだ。

 

鉄平は、しめたとばかりに大いに嘲笑う。

「はん、このダラズ!! 沙都子は熱を出して寝込んでいるって言うたやないか! それに、沙都子がおどれみたいな赤の他人の声で出て来るもんか………………ああっ!?」

そして、鉄平は、口を大きく開けて驚愕する。

 

突然、弁護士の乗ってきた車のドアが次々に開いて、少年少女たちが何人も飛び出してきたからだ。

 

真っ先に駆けつけた前原圭一が家の中に必死の声で叫ぶ。

「沙都子! お前はもうこの家にいる必要は無いんだ! 弁護士さんが証明してくれた。叔父だからって言っても、お前が縛られる必要はないんだよ!」

 

竜宮レナも圭一に続く。

「沙都子ちゃーん!! 出て来て! お願い! もういいんだよ、もう我慢しなくていいんだから!」

 

園崎魅音も遠慮なく叫ぶ。

「沙都子! ウチの弁護士が、コイツは保護者でも何でもなく、ただの沙都子の家に居座る不法占拠者だって教えてくれた! あんたには、このおっさんを追い払う権利があるんだよ!」

 

園崎詩音も必死の声で叫ぶ。

「沙都子! ねーねーも来ましたよ! もうあなたは解放されたんですから、こんなろくでなしの脅迫に屈しないで出て来てください! 大丈夫! ねーねーがコイツからちゃんとあなたを守りますから!」

 

そして、最後に古手梨花が決死の声で叫ぶ。

「沙都子! 沙都子は十分によく頑張りましたのです! でも、もういいのですよ! こんなただの叔父からのいじめに耐えることを悟史だって望んでいるはずがないのです! あなたが笑顔で元気に悟史の帰りを待っていた方が、悟史は絶対に喜びますですよ! だから、出て来て! また一緒に暮らしましょうです!」

 

鉄平は怒鳴りつけようとした。しかし、全員、自分より一人一人は体躯に劣る少年少女とはいえ、これだけ大勢の人間が来ると、鉄平も弱気になる。

「な、なんじゃい、おどれらは……? ウチの沙都子にヘンなことを言うな」

と尻すぼみの声で言うのが精いっぱいであった。

 

ここで、弁護士が笑顔で釘を刺す。

「ですから、鉄平さん。あなたは、沙都子さんにとって、養親でもなく、未成年後見人でもなく、扶養義務者でもない。何の権原もないただの親戚に過ぎないんですってば。沙都子さんがあなたと一緒に暮らしたくないと言うのなら、彼女には別に帰る家もありますし、あなたに彼女を引き留める権利も義務もありません」

「な、なにおぅ……」

鉄平は、怒りのあまり握った拳がワナワナと震えた。

 

そうしている内に、家の奥からフラフラとした足取りで沙都子が出て来た。

「沙都子! テメェッ!」

鉄平の叫び声に沙都子は身を竦ませたが、すぐに弁護士が腰を屈めて、安心させる言葉をかける。

「沙都子さん、初めまして。弁護士の園崎です。今しがた、この人はあなたの俗に言う保護者ではないことを証明しました。もうあなたは以前のように古手さんと一緒に暮らしても構いません。そして、この人の言うことに従う必要も全然ないのですよ」

 

しかし、沙都子は、ブンブンと大きく首を振る。

「ダメですわ! 皆さんの気持ちはとてもありがたいのですけれど……私がこの家を離れたら、叔父さまはにーにーの部屋を荒らしますわ!」

 

圭一が訊ねる。

「それはどういう意味だ、沙都子?」

「圭一さん……だって、この人、私の父と母の通帳を探している。私がこの家を離れたら、にーにーの部屋が荒らされてしまいますわ!」

 

しかし、弁護士は笑顔を崩さない。

「大丈夫ですよ、沙都子さん。この叔父さんには、あなたのご両親の遺産に触れる権利は指一本ありませんから」

「え? それはどういう意味ですの?」

 

「民法887条及び889条1項で、相続の開始時に被相続人の子供や孫といった直系卑属が亡くなっていない限り、被相続人の兄弟姉妹は相続人になれないんです。だから、ご両親の相続が始まった時、あなたとお兄さんの悟史くんが存命でしたから、叔父さんがあなた方のご両親の遺産に手を出すことはできません。もっと正確に言えば、この人はあなたのお父さまの弟にあたるので、あなたのお父さまの遺産にですけどね」

 

すると、カネに敏感な鉄平が口を挟んでくる。

「おいゴラ! なーに、テキトウなことぬかしとんじゃ、おどれは! 3年前にコイツらの親どもが死んだ後、銀行員がウチに来て、死んだ俺の妻にコイツらの親の通帳を渡しとったぞ!」

 

すると、弁護士はここに来てから、初めて驚きの表情を浮かべた。

「それはそれは………………その銀行員のあり得ないミスですね。通常は相続人であるかどうかや、親権者や未成年後見人だと確認を取らなければ、銀行側は、財産管理権の無い人間に未成年者の亡き両親の通帳を渡すはずがないのですが……わかりました。これに関しては、後で銀行に確認を取りましょう。通帳と印鑑はどこにありますか?」

 

沙都子は頷く。

「今取ってきますわ」

そして、パタパタと駆け出していく。

するとすぐさま、鉄平が大声で怒鳴りつける。

「おい、沙都子ッ!! テメエ、通帳がどこにあるのかは知らねぇって何度も言ってたじゃねえか!! 今までウソついてやがったな!!」

 

烈火のごとく怒った鉄平が、沙都子を追いかけようとすると、レナと魅音と詩音の3人が鉄平のハデなアロハシャツを強く掴んで引き留めた。

 

レナがツララのように鋭く尖った眼差しを向ける。

「“単なる叔父さん”が、どうして悟史くんと沙都子ちゃんのお金のことでそんなに怒るのかな? かな?」

 

魅音も鬼のように険しい目を向ける。

「まさか、悟史と沙都子のお金を盗もうと思っていたんじゃないだろうね?」

 

詩音が、恐ろしい笑顔で告げる。

「そんなことしたら、警察に通報しなきゃですね。私、警察に知り合いがいますので、重々ご注意を」

 

「う……くそ……」

悟史と沙都子の死んだ両親の相続人でもなければ、養親でも未成年後見人でもないために悟史と沙都子の財産を管理する権限がない鉄平は、もはや身動きが取れなかった。

 

間もなく、沙都子が走って戻ってくる。

「持って来ましたわ!」

沙都子は、通帳と印鑑を弁護士に手渡した。

 

「沙都子……おどれ、どこに通帳を……」

「私のカバンの中の教科書の間ですわ。私がこの1年、ずっと梨花と生活していたのをお忘れでして? 父と母のお金を、私とにーにーの大切なお金を、あんたなんかに渡したくなかったんですわ!!」

「貴様ァッ!!」

沙都子は、これだけ仲間が駆けつけてくれたら、もはや怒れる鉄平でも恐れる必要がなくなった。いつもの調子を取り戻しつつあった。

 

鉄平が沙都子を睨みつけていていると、梨花は沙都子を庇うように前に立ってくれた。

その間に弁護士が通帳をペラペラとめくっていく。

「……鉄平さん。あなた、こんなに悟史くんと沙都子さんのご両親の遺産を引き出していたんですか?」

悟史と沙都子の両親が事故死したのは3年前だと、弁護士は頭に入れていた。個人の情報なので金額はこの場では言いふらさないが、3年前から去年までの間に多額のお金が引き出されている。それ以降の引き出しは生活費と思しき額で微々たるものであった。

 

鉄平があわてふためいて言う。

「そ、それは違う。俺の妻がずっと管理しよって、俺には全然手をつけさせなかった」

「弁護士さん、叔母さまがずっと通帳とハンコを管理していたのは、さすがに事実ですわよ」

 

だが、弁護士は動じない。

「なるほど。しかし、民法890条1項より、『被相続人の配偶者は、常に相続人とな』ります。ですので、奥さんが去年亡くなられた以上、あなたが相続の開始を知った時から3ヶ月以内に相続放棄をされていない限り、悟史くんと沙都子さんの準共有する奥さんに対する不当利得返還請求権を、鉄平さんは相続することになりますよ」

 

圭一が訊ねる。

「不当利得返還請求権って何ですか?」

「民法703条に規定されている『法律上の原因なく他人の財産または労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は…これを返還する義務を負う』ことです。不当利得とは、この場合は、亡くなられた鉄平さんの奥さんが、なんら法律上の正当な根拠も無いのに、悟史くんと沙都子さんの財産を勝手に着服したことによって、悟史くんと沙都子さんに損害をもたらしたことを意味します。さらに言えば、亡くなられた奥さんがお二人のご両親の銀行口座から引き出したお金を、奥さんを相続した鉄平さんがお二人に返す義務を負う、ということです」

 

こう解説すると、鉄平の顔は真っ青になった。

「お、俺が、この俺が、ガキどもに金を返さなきゃいけないのか!?」

 

弁護士は、ふっと笑う。

「まあ、家庭裁判所のことも全然知らないあなたが相続放棄をされたとは思わないので、悟史くんと沙都子さんは、その権利をあなたに対して有しているでしょう。ですが、今回の場合、銀行側が、相続人でもなく養親でもなく未成年後見人でもない、要するに悟史くんと沙都子さんの財産に手を付ける資格を持たないあなた方ご夫婦に、ご両親の遺産を渡すというあり得ない過失を犯しました。すると、民法478条の要件不充足につき、銀行側に、あなたの奥さんが引き出したお金を、悟史くんと沙都子さんに再弁済してもらうのが筋でしょう。銀行の方が資力は確実ですし、逃げませんし」

 

すると、鉄平は笑顔を浮かべる。

「なら、銀行がカネを払って、わしはカネを払わなくてもいいってことか?」

 

もちろん、弁護士は笑顔で首を振る。

「いいえ。銀行側がお二人に再弁済した後、次に銀行側は、あなたの奥さんが引き出したお金の分を、あなたに対して不当利得返還請求をすることになるでしょう」

 

鉄平の顔はこれ以上無いほど醜く歪み、地団駄を踏んでわめいた。

「わしらを訪ねてきた銀行のヤツが通帳を渡したから、あの女はどう使ってもいいと思ったんやで!? それなのに、なんでわしが銀行に払わにゃいかんのじゃ!?」 

「この場合の銀行側の過失は、悟史くんと沙都子さんの財産に対するものであって、あなた方ご夫婦に対するものではありません。悟史くんと沙都子さんに再弁済すれば、銀行側の過失は帳消しとなります。となると、銀行側は、お二人の財産管理権の無いあなたの亡くなられた奥さんに対して、ご両親の通帳を誤って渡してしまった。だから、亡くなられた奥さんが銀行口座から引き出した分を、奥さんを相続したあなたが返してください、とこういう風になるんですね。それもかなりの金額を」

 

真っ青な顔になった鉄平は、2、3歩後退し、尻もちをつき座り込んでしまった。

 

お察しのとおり、鉄平が雛見沢に戻ってきた目的の1つは、悟史と沙都子の両親の遺産をふんだくることであった。

それなのに、逆に自分の死んだ妻のせいで不当利得返還義務を背負ってしまい、自分が得たカネはないのに、返さなければいけないカネがかなり増えた。もしも鉄平が沙都子を連れ戻さなければ、こうはならなかっただろうが。

 

自分を苦しめてきた憎き敵の不様な姿に沙都子は、拍子抜けした。何度かまばたきをしても、叔父が尻もちをついている姿は変わらない。

ーーこんなに弱かったんですの、と目を丸くするほどであった。

 

そんな沙都子に、弁護士がにこやかに訊ねる。

「ところで、沙都子さん。ここは誰のお家ですか?」

「え? ええと、私とにーにーのお家ですわ」

「それはつまり、あなたのご両親からの遺産と考えてよろしいですね?」

「……ええ、そうですわ」

沙都子は、弁護士が何を訊きたいのかわからず、困惑気味であったが、正直にうなずいた。

 

「民法887条1項『被相続人の子は、相続人となる。』。民法887条及び民法889条1項により、あなたの叔父夫婦は、あなた方のご両親の相続人ではないというのは、先ほど確認したとおりです。ところで失踪されたお兄さまと、この家はどうするのか、あなたの物にするとか、お兄さまの物にするとかいう遺産分割協議はされましたか?」

「いいえ。そんなことはしてませんわ」

「ふむ。ということは、民法900条4号本文で『子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。』とあるので、この家はあなたと悟史くんが共有していることになります。ですので、沙都子さん、あなたにはこの家の2分の1の共有持分権がありますよ」

「はあ、そうなんですの」

沙都子は、弁護士が何を言いたいのか、まだよくわからなかった。

 

「民法249条1項本文『各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる。』とあります。そして、共有というのは、所有権の一形態ですから、無権利者が不法占有している際には、その持分権に応じて単独で妨害排除請求をすることができます。長くなりましたが、つまり、こういうことです。ーー沙都子さんは、あなたに対してもこの家に対しても無権原の鉄平さんに、『ここは私たちの家だから、出て行け』と言うことが可能なんです」

 

話の雲行きが怪しいと感じた鉄平は、沙都子にすがりつくように言う。

「さ、沙都子……! ま、まさか叔父さんにそんな酷いこと言わないよな……?」

鉄平は、精いっぱいの愛想笑いを浮かべた。何しろ雛見沢にある前に妻と住んでいたちっちゃな家の方は、そもそも鍵すら持っていないのだ。

 

しかし、この男が家主の一人である沙都子にそんな甘えが許されるほど親切なことをしただろうか?

梨花と楽しく暮らしていたところを強引に連れ戻して、学校を休ませてまで1年間ほったらかしにしていたこの家を掃除させた。

大きな買い物袋4つに、酒瓶や酒のつまみ、タバコを大量にぎっちり詰め込むほど購入させ、重たい荷物をほうほうの体で運んで帰ってきた沙都子に、かけっぱなしの熱燗のガスのせいで酒を台無しになったと怒鳴りつけた。

麻雀仲間たちの前で犬のように四つん這いで歩けと命じた。

そして何より、事あるごとに、服で隠せるところも隠せないところも殴ったり蹴ったりした!

 

そんな害虫以下の、しかも保護者でも何でもないただの親戚の男をこの家に留め置く理由は、あるはずがなかった。

 

だから、沙都子はこう叫んだ。

「出て行って! ここは私とにーにーのお家なのよ! あんたなんかが居て良いスペースなんて1ミリもありませんわ! 私の共有持分権に基づいて、あんたなんか出て行けーーー!!」

「よく言ったぞ、沙都子!!」

圭一は、即座に拍手喝采した。

 

鉄平は唸るような声で叫ぶ。

「沙都子ぉ~~!! 貴様ぁ!!」

しかし、弁護士が間髪を入れずに言う。

「おっと、ここで警察のご厄介になることをいたしますか? それとも姪御さんへ損害賠償を支払うことになるようなことをしたいのですか? ここで暴れるのは、百害あって一利無しです。さあ、刑法130条の不退去罪にあたる前に、とっとと出て行ってください」

 

「貴様、貴様さえいなければ……!」

鉄平は、せめてもの抵抗としてこの若造の弁護士を睨みつけたが、弁護士の忠告どおり暴れることはしなかった。こっちは1人なのに、向こうは7人。一人一人は弱そうだが、集団戦となると勝てる見込みは薄かった。目撃者の数から考えても、まさしく百害あって一利無しの結果になるだろう。

 

そして、この弁護士の言うとおりにするのは大いに癇にさわるが、鉄平は撤退せざるを得なかった。

 

鉄平は、自分のバイクに乗って、逃げるように雛見沢を後にした。悟史と沙都子の両親の遺産の分のカネで自分のカネが増えるどころか、自分の死んだ妻の余計な不当利得返還義務だけ背負って帰ることとなった。鉄平にとって、損だけ被った里帰りである。もちろん、もう二度と雛見沢に帰ることもないだろう。

 

圭一たちは、沙都子を案じたり、救出できたことを大いに喜び、歓喜の輪をつくった。沙都子が鉄平の虐待から「よく頑張ったね」とか、「勇気ある出て行けの言葉は凄かった」と口々に褒めたたえた。

 

そんな圭一たちを微笑みながら、鉄平のバイクのナンバープレートを手帳にメモした後、少し遠くから離れたところで見守っていた弁護士の元に梨花が近づく。

「どうしましたか、古手さん?」

「み~、こんなにあっさりと鉄平が出て行くとは思わなかったです」

梨花は、『鉄平が現れる=この世界はお終い』だと何度も経験したからである。こうもあっさり撃退できるなんて、夢にも思わなかった。

「それは、鉄平さんは法律上ただのザコでしたからね。簡単に勝てますよ。でも、皆さんの呼びかけがなければ、沙都子さんは出て来ることはありませんでしたし、銀行口座のことも知ることはできなかった。だから、私一人のおかげではありませんよ」

「それはつまり、大部分は自分のおかげだと言っているようなものなのです」

「そりゃそうですよ、だって私は弁護士なんですから」

弁護士はおどけた風にそう言って、胸元の弁護士バッジを指し示した。

 

梨花も思わず笑みを浮かべる。

そして、今度ループすることがあったら、悟史が叔母を殺す前に、魅音を介してこの弁護士に相談してみようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




蛇足1. 物語的に蛇足になるので今回は書かなかったが、弁護士なら、沙都子に未成年後見人を付けた方がいいとアドバイスするだろう。

未成年後見人は、未成年者を監護及び教育する権利を持ち、未成年者の財産を代表し、さらに財産管理権をも有している。だから、鉄平が来ても容易に対抗できた。

沙都子は鉄平が来なければ、梨花の家で暮らしているから、その未成年後見人たる公由村長が沙都子の未成年後見人になるのが1番話が早い。しかし、公由家は園崎家と関係が深く、園崎家と北条家はダム戦争で激しく対立していたから、公由村長が沙都子の未成年後見人になることに難色を示すかもしれない。その辺りを梨花がなんとか園崎家の当主お魎を拝み倒して説得し、村長を沙都子の未成年後見人にしないと、村長も沙都子に対して無権原者だから、色々と沙都子の将来に不利益が生じる。
だから、何としてでも梨花は沙都子に未成年後見人をつける努力をした方が良い。

ちなみにこの弁護士も園崎家の人間だから、お魎には意見ができないし、雛見沢に住んでいないから沙都子の未成年後見人になるのは難しいだろう。

入江も梨花と沙都子と離れて暮らしているから、未成年後見人には選ばれにくいかもしれない。もし入江が未成年後見人に選任されず、入江の申立の際に、家庭裁判所が、沙都子に親権者がいないで友人の梨花の家に身を寄せているといういびつな状況に気が付くと、児童相談所が沙都子を一時保護し、その後、児童養護施設に送ることになる可能性もある。それは、梨花の望む結果ではないだろう。

したがって、梨花は、沙都子の未成年後見人を村長としないと、今の沙都子との生活が壊れてしまう可能性が常につきまとう。……もっとも、『ひぐらしのなく頃に』は、昭和58年6月で物語が終わるから、読者はそんな心配をしなくてもいいんだけれど。



蛇足2.
「民法の何条だかは知らないけれど、未成年者は親権に服さないといけないと決められている。つまり、子である限り誰にでも親権者がいるんだよ。いや、いないといけないんだよ。」
魅音はこういう知識にも深いようであった。 そして、その知識が一応間違っていないことを児童相談所の相談員のおばさんも頷いて示した。
「それは民法の818条ですね。」
「それってのはつまり、沙都子の両親が亡くなったときに自動的に叔父叔母の夫婦にスライドするものなのか。」
「うん、基本的には近い親族に決まる。沙都子には叔父叔母夫婦しか親類がいないようだったからね。 もちろん沙都子たちは望めば、他の人が親権者になることもあったのかもしれないけれど。」

以上は『ひぐらしのなく頃に 皆殺し編』における、最初に圭一たちが児童相談所を訪れた時のやり取りである。まあ、法的には完全に間違っている。

①未成年者を養子とするには、家庭裁判所の許可を得なければならない(民法798条本文)。
②未成年者に対して最後に親権を行う者は、遺言で、未成年後見人を指定することができる(民法839条1項本文)。
③…家庭裁判所は…未成年後見人を選任する(民法840条1項前段)。
④家庭裁判所は、特別の事情があるときは…三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる(民法877条2項)。

以上のとおり、家庭裁判所の介在無しに、基本的には養親も、未成年後見人も、扶養義務者も決まらない。例外は、最後の親権者が遺言で未成年後見人を指定した場合であるが、沙都子の両親は共に事故死したため、遺言を書く時間は無く、またそのような記述も見受けられなかった。

「…沙都子の両親が亡くなったときに自動的に(親権者が)叔父叔母の夫婦にスライドするものなのか。」
「うん、基本的には近い親族に決まる。沙都子には叔父叔母夫婦しか親類がいないようだったからね。…」

だから、この説明はあり得ない。いずれにしても、家庭裁判所が基本的には介入する。これは昭和58年の民法でも変わらない。
実務上は、確かに家庭裁判所の介在を経由しなくとも、親戚が親戚の子供を育てることは可能だが、この場合は無権原となり、子供に関するありとあらゆることに対抗できなくなる。親権などという重大な権利義務が自動的にスライドするなんてことは絶対にあり得ない。

ここまでくると、原作者が物語の進行上、家庭裁判所の存在を疎ましく思って(鉄平が①~④のいずれにもなれるはずがないと考えて)、わざと民法の規定を捻じ曲げて解釈したように読み取れるのだが。

蛇足3.仮に原作の『皆殺し編』の「両親が死んだ場合、近い親戚に自動的に親権がスライドする」というトンデモ民法を尊重するならば、鉄平は沙都子の親権者となるから、今度は刑法218条の保護責任者遺棄等の罪にあたる。沙都子をすぐに梨花または村長が保護したとはいえ、鉄平が1年間も沙都子を遺棄したという事実ですぐさま警察は動けた。特に大石はベテラン刑事で、梨花と沙都子の2人暮らしについてもよく知っていたのだから、「鉄平が雛見沢に帰る→即逮捕→鉄平問題の解決」となってしまう。すると、今度は「大石は何をやっていたのだ」とツッコミが入る結果となる。
いやぁ、法律というのは鬱陶しいね(笑)。私も原作が法律の話を持ち出さなかったら、こんなツッコミはしなかったよ。


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