またしても何も知らない元一般鍛冶屋VS拗らせ旧友VS全てを見ている薬師 作:ただのにわᑕᗩᖇ
「・・・おや」
「んあ?急になんだよ」
たまたま見えた■■の後ろ姿に突撃して、主に私が話しかけては■■が相槌を打ち、時に適当にあしらい、或いは言い返す。そんなありふれた日常の景色。
ただ一つ、違ったのは
「また背が伸びた!」
「・・・ちっ、図体ばかりデカくなりやがって」
辟易としたような顔で舌打ちを零す■■。当然
「後で身長体重その他測って教えろ。鍛冶屋として身体に合わん装備で死なれちゃ目覚めが悪い」
今も、ほら。
こうして何かと理由を付けては武具を手入れしたり作ったりしてくれる。
こういう優しさに、つい甘えてしまうのだ。
「うむ、全く変わっとらんな!」
「えぇ・・・?でも師匠、確かに■■の背を追い越したんですよ」
にこやかに言い張つ師匠に思わず反論する。
「彼奴も短命種では結構いい歳だからな、骨の劣化やらなんやらで背が縮んどるのだろうな」
「・・・いい歳、ですか」
身体の劣化、老化。『死』程でなくとも一般的な
しかしそう言われてみれば、気付けば■■の長髪に混ざる白髪が本来の深緑よりも量が多くなったのはいつからだったか。
「師匠、殊俗の民の寿命ってご存知ないですよね」
「さては馬鹿にしとるな舐めてるのか悪餓鬼・・・まぁ何となくしか知らなんだが」
「知らないんじゃないですか」「張るぞ貴様」と言葉を交わしながらスマホで調べ、師匠が覗き込み、絶句した。
殊俗の民の寿命が想像よりもずっと短い事をこの時初めて知ったし、師匠も■■が思っていたより歳だった事を知って衝撃を受けていたようだったから。
「この菓子美味いな!どこのだ?」
「師匠、大福頬張りながら喋ると喉に詰まらせますよ」
「我を年寄り扱いとはいい度胸よな馬鹿弟子」
「
だから少しでも長く、悔いのないように。できるだけ同じ時を過ごそうと思うのは、きっと何もおかしくはないはずだ。
今は私以外誰も来ないこの場所が、
俺の生まれは仙舟ではない、他の惑星や宇宙に存在する団体と交流がある程度の
元から仙舟同盟という『巡狩』の
前世の記憶は気づいた時からあったが、薄ぼんやりとした白昼夢、あるいは後ろに続く自分という存在の延長線程度の認識だった。
近所の道場には変な爺さんがいた。
郊外や少し遠くの山に刃だけで1mはありそうな長刀一本で入り込み魔物や獣を間引いては、あとの時間を嵐だろうと吹雪だろうとひたすら素振りに費やすちょっとした地元の有名人。
初めて見たその剣筋に、俺は見蕩れていた。
その辺の木材を
実感もなければろくな思い出もない前世の事とは言えそこそこいい歳まで生きていたはずの俺は、どうやら己の想像以上に
最初はただ振ってるだけで楽しかった。
振ってるうちに「あれ?爺さんの振り方と比べて汚くね?」と思って教本や爺さんの振り方を参考にして思考錯誤してる時間はもどかしくも少しづつ上達していく感覚に病みつきになった。
だが、そこからは少しづつ楽しさよりも焦りが強くなってくる。
何故なら腕を上げれば上げるほど、爺さんの
行き詰まって、
「ほう、悪くない動きだな」
話しかけられた時は驚きすぎて手から木刀が滑って吹っ飛ばしてしまった。それを見て笑いだしたあの爺さんを睨んだ俺は悪くないと思う。
「・・・あんだけ綺麗な太刀筋で振り続けるアンタが言うなよ、嫌味か」
「はん、これでも何十年と振り続けてきたのだ。例えいくら盗み見されようがたかが一年足らずで抜かれるほど甘い鍛え方はしていない」
「・・・いつから気付いてたんだよ」
「最初からだが。隠れていたつもりだろうがああも気配と視線があからさまではなぁ」
「意味わかんねぇんだけど・・・流石は達人サマ」
カカカッ、と笑う規格外の好々爺相手にもはや睨む気力すら失っていた。正直、ここでダラダラと話しているくらいなら一回でも多く刀を振っていたかった。そうでないと
努めて無視しようと前に向き直り、振りかぶって、そのまま振り下ろそうとして。
「足捌きはいい、だが肘に力を入れすぎだ」
「え?」
「いや、正しくは力を抜こうと意識しすぎた結果却って
「何も考えず握っていればいい、貸してみろ」と後ろに回り込んだ爺さんは、木刀と呼ぶのも烏滸がましい棒切れを握る俺の手の上から握る。
物語でしか知らない、硬くて枝みたいに細いくせに"厚い"、剣士の手だった。
「こうして、こうだ」と言葉少なに俺の後ろからそのまま棒切れを振るう。
俺の剣とはまるで違った。全ての動作が桁違いに速いくせに、風切り音すらしなかった。まるでその空間が棒切れの動きに気付いていないみたいだった。
「とりあえず、まずはこの動きを目指してみろ」
「・・・やってやるよ」
挑発的にニヤリと笑う
「なぁ先生、なんで
「俺のは剣術などという高尚なものではなくただの棒振りよ」と言い張る
その一つが、意外と趣味人であった事。
いわゆる剣豪、あるいは剣鬼と呼ばれるような存在は鍛錬以外に全く興味が無いものだと思っていた。正確には師匠が剣鬼である事には間違いはない。だがそれと同じくらい、どこか"余裕"があるようにみえた。
山に入るなり街の警備隊や軍人ですら手を焼くと聞かされていた魔物を片手間で斬り捨て、或いはごく稀に気まぐれで俺に相手をさせて仕事はさっさと終わらせてしまう。
あとの時間はひたすら素振り、かと思えばそのまま川釣り(漁協券発行済*1)し始めたり、小屋で月を肴に酒を飲みながら詩を
剣の鍛錬も欠かさずしているが、その生活はただ道を極めようとしているだけの人間には見えない。
短くはあるが同じ時間を過ごしていて、名声やら強さやらにさほど興味のない人だということは分かっている。
それなのに、剣筋に染み付き漏れ出るその執念は紛れもなく本物で。
目の前の男の在り方と剣とがあまりにも乖離しすぎていて、知れば知るほど人物像が掴めなくなっていた。
「笑うなよ」と念を押す先生に「笑わねぇよ」と返して答えを待った。どんな理由であっても笑えるとも思えなかったし、笑ったらいけないと思ったから。
「燕を斬り落としたくてな」
「・・・ツバメ?」
老人の口から出た単語を思わず反芻する。
もしこの老人のいったツバメが俺の知る、軒下に巣を作って雛を育てる渡り鳥の燕なのだとしたら、もう鍛える必要がないのではなかろうか。
確かに奴らは速いが、
「言っておくがただの燕でないぞ、なにせ奴らは瞬間移動や分身をさも当然のように使ってくるんだからな」
「それは最早燕じゃねぇよ、TSUBAMEだよ」
どっちかと言うと
それと同時に、
これは人の道じゃない。人間の生き方ではない。
燕を斬る。
そう思わされる程度には俺は爺さんの剣の
今この瞬間だって、ほら。照れくさそうに笑う爺さんの目はしかし、目の前を見ているようで、どこか遙か遠くにある
ふと、自身の手に視線を落とす。
───果たして、己にその生き方は出来るのか。
(いいや、無理だ)
己の内で即答する。若いだの経験不足だの才能だの、そういう問題ではない。
その剣に憧れるには、自分という人間はあまりに弱すぎて、そしてどうしようもない程に人間的すぎた。
今の自分では必ず何処かで
視界が僅かに滲む。
ほんの好奇心のつもりだった。
それがたった一言二言交わしただけで、ろくに人生経験も積んでいない若造ですら感じ取れる程の狂気を滲ませた目に、勝手に現実を見せつけられ、今まさに折れようとしている。
最後の意地で泣くことも泣き顔を晒すこともないよう必死に堪えているが、目の前の師をさぞ困らせている事だろう。
そんな自分が何よりも情けなくて、不甲斐なくて。
なによりも。
───悔しい
───悔しい、悔しい!
───悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!
そんな生き方は出来ない。
こんなに短い会話だけで叩きのめされた自分が、一瞬でも『一生かけても勝てる訳がない』などと思った自分が許せなかった。
「・・・なぁ先生」
「うん?」
「俺、負けねぇから」
だから、これは宣誓だ。
膝を折って負け犬になった今日の俺と、目の前の長く高い、果てなき道への宣戦布告。
「例えあんたの何十倍、何百倍の時間がかかろうが、俺は必ずあんたを超えてやる」
いきなり喧嘩を売られて虚を突かれたのか、目を見開いてキョトンとしている。正直これだけでも言ってやった甲斐があるというものだが、それだけで強くなれるなら苦労はしないと改めて睨み直す。
今の俺はあまりにも未熟で、この目の前にいる
その領域を超えるにはこの男よりも遥かに時間がかかるかもしれない。或いは一生かけても追いつけない可能性だってある。
───だからどうした。
例えどれ程の回り道、寄り道をしようが、幾度と足を止めて挫折しようが。
これまでとやる事はなんら変わらない。ただ積み重ねるのみだ。
しばらくすると声を上げて堪えきれぬとばかりに大笑いする。
「───ククッ、そうかそうか。
「・・・チッ、んな笑うこたぁねぇだろ」
未だに笑い声を漏らしながらも、ぶすくれた俺の頭を雑に撫で回す。
「せいぜいあの世で期待せず待っておいてやるさ。酒でもつまみながらな」
「・・・ハッ、抜かせ爺」
その三月後、俺は有無を言わせぬ重苦しい雰囲気を纏った先生に呼び出された。
───この一振で、我が
───しかとその目、その記憶、その魂に刻みつけ。
───見事この剣を超えてみせよ。
そして俺は、一人の男の果てを見た。
三週間後、やり切ったと言わんばかりに
俺の故郷が滅ぶ、十日前の事だった。
何故今になって昔の事を思い出したのか。
薄ぼんやりとした思考の中、手中のぐい呑みを弄ばせる。
「それでそれで〜?応星のお師匠さんってどんな方だったんですかぁ〜?」
・・・あぁそうだ。何故俺が鍛冶屋をしながら剣を振っているのかと言う話になって、そこからそれぞれの昔話になったんだったか。
景元へだる絡みしてる鏡流を見たおかげである。ありがとう、そのまま
楽しい酒の席で白けさせかねない事は言いたくないので当たり障りのない事を言って誤魔化しつつ、代わりに景元だの白珠だのに喋らせていたのだがいつの間にやら俺の番が回ってきたらしい。
普段はこれだけ思考がぼんやりするほど飲まない、というより飲まないようにしているのだが。
酒の席になればほぼ確実に酔っ払う鏡流や白珠はともかくあのわがまま坊っちゃんの丹楓が何も喋らず大きく船を漕いでいる。
意地か何かは知らんが眠らないよう踏ん張ってはいるが、どうやら今回の酒は普段のそれより度数が強めであるらしい。
「・・・懐炎将軍の事なら知ってるだろう。なんなら将軍の中でも仕事で話す機会は多い方じゃないか?」
「違いますよぅ、剣のお師匠さんですって」
「そうだぞ応星ー、仮にも剣首
「・・・剣士じゃなくて鍛冶師だ。棒振りが得意なだけのな」
「それでは稽古の度にボコボコにされてる雲騎軍の兵たちの立つ瀬がないね」
「一介の鍛冶師に剣で負ける兵の方が問題だろ」
「一介の・・・?」「鍛冶師ぃ・・・?」
「師弟そろって失礼にも程がある、キレそう」
自画自賛ではなく客観的な事実として、確かに懐炎将軍御手ずから鍛え上げられた工造司の鍛冶師としての腕は仙舟が羅浮の中でも上に位置する方だろうが、剣術の腕が鏡流と打ち合える程というのは誇張しすぎではなかろうか。反撃してもすぐ剣を差し込まれて防がれるし。そもそも雲騎軍式剣術を習った訳でもないのだし。
「・・・って、本題を忘れるところでした!聞かせてくださいよ〜、応星のお師匠様のお話!」
チッ。─誤魔化せなかったか─
「どんな人も何も、一緒にいた時間は一年もないから知ってる事も多い訳じゃないし、そもそも師匠と呼ばせて貰えずじまいでな。近所の山でモンスターを間引いては剣振ってるか釣りしてるか月見酒してる人ってだけの爺だった」
「へぇ〜、なんだか掴みどころ無さそう。今はなにをなさっていらっしゃるんです?」
「───さぁ、な。飽きもせず刀振り回してるんじゃあないか?」
一瞬、言葉が止まった。
彼女らに悪気がないことも、種属特性故に寿命に関するギャップがある事も分かっている。
ただ、酔いが回ってるせい故か、どう誤魔化すかまでは頭が回っていなかったらしい。不審がられてないだろうか。
「あれ?里帰りとかお師匠への顔見せはしてないんですか?」
「まぁ、確かにこっちに来てからは一度も帰省はしちゃいないが。まぁなんだかんだ
だが言われてみれば確かに、滅んでからは一度も母星へと立ち寄った事はなかった。心身共に余裕がなかったり、仕事があったりと何かと理由をつけては頭の隅に追いやり、或いはそれすら忘れる程に忙殺されていた気がする。
・・・我ながら薄情というかなんというか。多くもないが珍しくもない、
これを機に、一度息抜きの旅行も兼ねて生まれた町の片付けくらいはしてやらないとバチが当たるというものだ。
「あっ、そうだ!その時は五人で行こっ!皆で旅行したい!」
「ふむ。言われてみればそういった事は一度もしていなかったな。ならば白珠、今度我と温泉にでも行くか?源泉かけ流しの」
「えー、なら私は海でバーベキューがしたいです。びーびーきゅー」
「余は海など見飽いひゃ・・・余は山できやんぷ、なるものをしょもーすゔっぷ」
「飲みすぎだろ御曹司サマらしくもねぇ、無理してないで歯ァ磨いて寝ろ」
・・・旅行、か。
星と星が繋がるこの広い銀河の中、こうして誰かと言葉を交わせるという事実がどれ程の幸運の上に成り立つのか、それを既に俺は
ましてや俺は殊俗の民。間違いなく俺は友である
自分で言うのもどうかとは思うし言ったら絶対めんどくさいから口にはしないが、この四人とは戦場で共に果てても良いと迷わず言える程度には仲がいいと思っている。誰か一人でも先立たれたら俺は間違いなく悲しみの淵に沈むし、きっと彼らも俺が死んだら悲しんでくれるのだろう。
可能ならば生涯末永く付き合っていきたいとも願っていて。恐らく向こうもそうだろう、と思う。
だが、そうはいかない。俺は百年単位で生きる事は出来ないし、例え
例えば俺が、人生の最も暗い時代に。かつて見た最も美しい太刀筋を
美しい記憶というのは、ただそこにあるだけで、やがて人が喪失の悲しみから立ち上がらる為の手を差し伸べてくれる。その時間に個人差はあれど、そうして人は前を見据えて、小さくも一歩ずつ。また歩いていくのだ。
その数が多ければ多いほど痛みは強くなり、されども背を押し、立ち上がらせてくれる手も多くなると信じている。
ならば確かに、冥土の土産話も兼ねて今のうちに一度くらいはそういった思い出を作っておくのもまた一興だろう。
・・・まぁそうなる前に出張だ交換研修だなんだに
コイツらならなんだかんだ言いつつも手伝おうとしてくれるだろうが、流石に腐りきってるだろう無数の骸や白骨などの片付けを手伝わせる訳にもいくまい。
白珠が文字通り滝のような涙を流し顔をくしゃくしゃにして「ごめ゙ん゙な゙ざい゙ぃ゙ぃ゙い゙」と喚きながら突撃し、俺の工造司制服を色んな液体でぐちゃぐちゃにする三週間前の話である。
今になって、何故思い出すのか。
『なぁ、景元』
『もし俺が先にくたばったら、丹楓が
君は多分、私達の中で一番仲間の事を見ていた。
『ほれ、アイツいっつも澄ました顔してるけど構ってちゃんの寂しがり屋だろ?自惚れる訳じゃないが、俺たちの内一人でも死んだら何も出来なくなるか
『あんましそういう想像は浮かばないが、万が一お前らに何かあったとして、残った誰かが馬鹿をやろうとしたら。そん時は俺がこの老体に鞭打って止める』
『でもほら。白珠は武力行使に移るまで時間はかかるし、鏡流もあれでなんだかんだ身内には甘いし加減もド下手くそだからな』
だから、と。彼は申し訳なさそうな、困った様な笑みを浮かべながら告げた。
『だからこそ、あいつらを上手く慰められるのはお前だと思ってる』
『普段は絶対に調子づかせるだけだから言わねぇけどさ。俺が、或いは他の誰かが死んだとして、どれ程傷ついても、一番冷静に物事を見据えられて成すべき事を成せるのはお前だと思うからさ』
『まぁ種族的にも先にくたばるのは俺だし。だからもしその時は───』
その時は、彼の言葉に被せるようにしてやめてくれと言って最後まで聞かなかったし、聞きたくもなかったけれど。
それでも丹楓は、最後まで葛藤したものの。普段から応星自身が言い聞かせていた故か踏み止まり、私も友を傷つけなくて済むと安堵した。
安堵、してしまった。
応星と私はそれぞれ一つずつ、見落としていたのだ。
応星は、
私は、その想いの丈を。
故に、これは必然だったのだ。
「・・・す、まない、応星、わた、し、は───」