Soleil シリウスとレギュラスのお兄ちゃんが頑張る話   作:がらくた屋

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「リゲル。私からの最後のお願いよ」

両手で俺の頬を押さえ、茶色い瞳に薄らと涙を浮かべながら彼女はうつくしく微笑んだ。
今日のベラトリックスに負けないくらい、とてもきれいだって思った。

「あなたの知らないものに対する理解を、どうか諦めてしまわないで。あなたの優しい心の声を聞いてあげて」
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第十二話 分点

文句のつけようもない快晴が広がる中。レストレンジ家の家紋が彫られた仰々しい白いアーチを背に、ウェディングドレスをまとったベラトリックスが相変わらずの気取った表情で微笑んで見せた。

 

「ベラ姉様とっても素敵!」

 

周囲から祝福の合図として無数の薔薇が飛び交う中、金色の髪に青い絹リボンを結んだナルシッサが頬を紅潮させながら姉へ手を振っている。ナルシッサの隣でアンドロメダも黙って淡く微笑んだ。

そんなナルシッサ達を俺は隣の丸テーブルから頬杖を突きながらぼんやりと眺めている。

 

「すごい、ベラ姉様本当に綺麗ですね!」

 

上等な一張羅を身に付けて同じテーブルに付いているレギュラスも従姉妹の見慣れない姿に少しはしゃいでいる。隣に座るシリウスはそんな弟と対照的に、ベラトリックスがナルシッサと話している様子を顔をしかめながら見つめていた。こいつは昔からベラトリックスとはとことん相性が悪い。

 

「そうか? 見た目だけ飾っても中身は性悪のままだろ」

「兄さんったら。ね、兄様はベラトリックス姉様のことどう思いますか?」

 

シリウスのぼやきが聞こえていたらしいベラが、新郎そっちのけでシリウスと揉め始める。ベラが杖を取り出したら二人の仲裁に入ろうと考えていた所でレギュラスに話題を振られ、改めてじっくりと歳上の従姉妹について考える羽目になった。

どう、って今更言われてもなあ……ああ、まあ、うん。

 

「いや、まあ、普通にベラはすげえ美人だとは思うぞ?」

 

これで下級生を泣かせたりとかしてなければもっと良いけど。余計な補足は口にせず、素直にその輝かんばかりの容姿を褒めるとレギュラスは口をぽかんと開けたまま静止した。

ナルシッサはなぜか嬉しそうな歓声を上げて口元を両手で押さえるし、シリウスの胸倉を掴んでいたベラトリックスも、花で飾り付けられたその髪を掴もうとしていたシリウスまで俺を凝視したまま動かない。

 

「え? え。なに? なんだ」

「やっぱり! リゲル、あなたやっぱりベラ姉様が好きだったのね!!」

 

俺の困惑に被せるように真っ赤な頬をしたままナルシッサが叫んだ。おい、待て何でそうなる!!

 

「兄貴こんな奴がタイプだったの!?」

「こんな、とは何だいこのチビ!! 薔薇の代わりに打ち上げてやろうか!」

「危ないわよベラ、下ろしてあげて!」

「兄さん、兄さん!!」

 

この世の終わりみたいな顔をするシリウスの胸倉を掴んで思いっきり揺さぶるベラトリックス。逆上したシリウスがベラの顔へと蹴りを入れようとする。アンドロメダが慌ててシリウスの救出にかかり、レギュラスが今にも泣き出しそうな顔をし始めた。

やばいやばい。たのしいはずの祝いの席が数秒で地獄になった。

 

「ベラ、愚弟が失礼なことを言って悪かった。どうかその辺で勘弁してやってくれ。シリウス! いい加減足を下ろせ。男がレディの服を汚すんじゃない」

 

二人の間へと強引に割って入るとようやく渋々と言った表情でベラトリックスはシリウスを無造作に離した。皺くちゃになったシリウスの一張羅をアンドロメダが直してやっている。俺はシリウスがなおもベラに舌を出そうとするのを、頭に手を置いて押さえつけながら再度詫びた。

ようやく機嫌を直してくれたベラトリックスは、新郎であるロドルファス・レストレンジを下僕のように従えながら他の親族が座るテーブルへと移動していく。一気に襲ってきた疲労感とともに勢いよく椅子に倒れ込んでから、じろりとナルシッサに視線を送った。

 

「適当言うのやめろシシー。俺がいつベラのこと好きとか言ったんだよ」

「あら。だって私聞いたんですもの」

 

俺の非難にナルシッサは白い頬を膨らませながら桜色の唇を尖らせた。

 

「あなた初めてベラ姉様に会ったとき求婚したそうじゃない。ベラ姉様から聞いたことあるのよ。忘れちゃったの?」

 

まあ、とアンドロメダが目を見張り、チキンを頬張っていたシリウスがシシーの爆弾発言で皿に食べかけを吐き出した。兄さん!? とレギュラスが非難するような声を上げる。

 

「はぁ?! な、に言ってるんだよ!」

 

やばい、やばい。自分でも分かるくらい声が裏返っている。あー、あー! くそ、クソクソクソまじで忘れてたのに最悪なこと思い出しちまった!!

仕方ねえだろ、俺確かあの時まだ4つだったんだ! あれくらいの年からしたらベラトリックスが随分大人に見えて、しかもあの時アイツはまだまともで、俺に優しくしていたからな!! 多少は悪くないと思ったというか、良い奴に見えてたんだよ!!

 

「に、兄様の顔が真っ赤……!」

「いやだ……将来あいつみたいな奴と兄貴が結婚するとか悪夢だ……」

 

レギュラスやめろ、お前まで真っ赤になってじろじろ眺めるな。シリウスは悲壮感漂う顔でぶつぶつ呟くのをよせ。今の俺は絶対にベラトリックスみたいなタイプとは結婚しない。黙ってにやにや笑うのをやめろシシー、そろそろ本気で怒るぞ!

そもそも!! そもそもの話だ!!

 

「確かにベラは黙ってりゃ美人なのは認めるが、俺はもっと上品に笑う奴の方が好きだ!!」

「アグアメンティ」

 

そこまで言い切ったところでベラトリックスの杖が振られ、頭上から突然降ってきた大量の水によって俺は全身ずぶ濡れになってしまった。

 

***

 

「これで大方乾いたかしら」

「助かった。ありがとな、ドロメダ」

 

レストレンジ家の裏庭でドロメダに杖を振ってもらいながらぐしょぬれになったドレスローブを乾かす。ついでに髪も適当に絞っていたら「ちゃんと乾かしなさい」という小言と共に優しく温風を当てられた。

 

「もういいの?」

「おう。十分だ」

 

まだ少し湿っているローブの裾がドロメダは気になっているようだが俺は構わずベンチから腰を上げる。裾を払っているとドロメダも杖を仕舞って立ち上がった。

 

ホグワーツではどうしても人の目がある。やっと二人きりで話せる機会が巡ってきたのにそれを無駄にするつもりはなかった。ドロメダも同じ気持ちだったのだろう。わざとベラを怒らせてずぶ濡れになり、テーブルを離れつつ彼女に目配せをしたら、何も言わずについてきたのだから。

 

「テッド・トンクス」

 

低い声で呟いた俺のたった一言で、アンドロメダの暖かな茶色い瞳が僅かに揺れた。きゅっと唇を引き結んだまま言葉の続きを待つように俺を見詰める。自分でもそうと気付かないうちにため息がこぼれた。

 

「まさかあんなに行儀作法にうるさいあんたが、マグル生まれを選ぶとは思わなかった。……なあ、本気なのか?」

「…………ええ。私の卒業を待ってもらって、一緒になるつもり」

 

なら、あと三か月もない。

分かっている。何年も顔を合わせて来た従姉妹のことだ。彼女が遊び半分で誰かと交際することは考えられなかった。

 

それでもその静かな肯定に喉が詰まる。

マグル生まれと共に生きる道を選ぶ。それは、つまり――。

 

「ベラはともかく、シシーはどうするつもりだよ。あんたら仲良しだっただろうが」

「……シシーにはルシウスがいるわ」

 

ぎゅっと握りしめた手の平に、爪が痛いほど食い込んだ。

 

「……血を分けた家族よりも、ぽっと出のマグル生まれを選ぶのか?」

「リゲル、」

 

俺の皮肉交じりの口調にアンドロメダの顔が歪む。今まで見たことが無い程に苦し気な表情をする彼女を見て、喉の奥から苦い味がこみ上げて来る。

 

「俺は……悪いけど、俺は賛成できない。だって、相手はずっとマグルの世界で生きて来たんだろ? 純血の魔法使いに囲まれて生きて来た俺達とは違う世界の人間だ。一緒になったところで戸惑うことも多いだろ。後悔だってするかもしれない」

 

実の姉じゃない。でも、従姉妹だ。小さい頃から何かと一緒に過ごす機会があった。6人でクリスマスを過ごしたこともあった仲だ。シリウスもレギュラスも、姉妹で一番朗らかで優しいアンドロメダにはよく懐いていた。

でも、もう会えなくなる。アンドロメダがマグル生まれを選んだら、俺たちやシシーが訪ねていくことも手紙を出すことも不可能だ。

 

「……ええ、そうね」

「っ、なあ、本当に分かってるのかよ!? マグル生まれを選べばブラック家からは抹消される。あんたは俺達一族にとって居ない者となってしまうんだぞ?!」

 

たとえ従姉妹だったとしても俺達ブラック家の家系図から名前が消えた途端、ドロメダは誰の冠婚葬祭にも呼ばれることは無く、1クヌートの財産も分与されることはない。

俺の追及にもアンドロメダは黙って優しく微笑んだまま何も言わない。

 

止めろよ。何でそんな顔で笑うんだよ。

どうしてそんな、何もかも飲み込んだ顔をして。とっくに全て覚悟を決めているとでも言う様に笑えるんだよ!! 

 

「もしもこの先あんたに何かがあっても俺達は助けてやるどころか、気付いてやることだって出来ないんだぞ!? あんたは本当にそれでいいのかよ!?」

「リゲル」

 

俺のほとんど絶叫に近い糾弾は柔らかく遮られた。

白く腱が浮かび上がるほどきつく握られた拳をドロメダが両手でそっと包み込む。爪痕が残るほどきつく握っていた指は、彼女によって優しく開かされた。

ドロメダはそのまま俺に向かって微笑みながら片手を伸ばしてきた。彼女の瞳に映る今の俺は、きっとくしゃくしゃになった顔をしているんだろう。

彼女の温かい指がそのまま何度も優しく頬を撫でる。

 

「……あなたって本当に小さい頃から変わっていないわね。人前では気取って格好つけで、だけど本当はとても家族思いで優しい子のままだわ」

「ドロメダ……」

「そうね、きっとあなたの言う通り。たくさん戸惑うことだらけだし、後悔することもあるかもしれない。それでも私は決めたのよ。ずっと彼と共に同じ景色を見たいと思ったの。ねえリゲル。私ね、一緒に笑って年をとりたい人に出会えたの」

 

そんな出会いって、とっても素敵じゃない? そう言ってドロメダが目を細めながら笑った。

 

そうやって笑うのを見ると、やっぱり姉妹だ。ベラトリックスに似ているなって思う。

 

姉とよく似た容姿で、でも姉とは真逆の道を歩むドロメダが俺には分からない。

なあ、苦労も困難も目に見えているのに、それでも構わないと言えるほどのマグルなのか? 

魔法界でのマグル出身者はまだまだ地位が低いのに。しかもこれから間違いなく、マグル生まれは差別され、迫害される未来が待っている。それでもとあんたが選ぶほどの、何をアイツは持っているんだ?

 

分からない。分からないけど、ドロメダが選んだという事はそう言う事なんだ。

たとえ俺達との決別が待っているとしても。

その事実が心に重くのしかかって――そのあまりの重さに顔を上げることが出来なくなった。

 

「……ごめん、あんたを祝ってやりたいのに、おめでとうって言ってやれない。どうしても、どうしたって……俺には分からないよ、ドロメダ」

 

あんたの言う事を理解してやりたい、あんたの選択を尊重してやりたい。あんたの未来を祝福してやりたいよ。でも、出来ない。

俺達の繋がりを絶ってでも、それを選ぶあんたを俺は笑って見送ってやれない。幸せになって欲しい。幸せを願いたい。でも、俺には祝福することが出来ない。

 

「分からなくても良いの。いいのよ」

 

俺は涙なんて少しも浮かべていないのに、小さい子をあやすようにアンドロメダは抱き寄せながら背中をそっと叩いた。

 

「リゲル。私からの最後のお願いよ」

 

両手で俺の頬を押さえ、茶色い瞳に薄らと涙を浮かべながら彼女はうつくしく微笑んだ。

今日のベラトリックスに負けないくらい、とてもきれいだって思った。

 

「あなたの知らないものに対する理解を、どうか諦めてしまわないで。あなたの優しい心の声を聞いてあげて」

「ドロメダ……、っ……ねえさん」

 

人一倍行儀作法にうるさく厳しくて、それでも優しく包み込んでくれる年上の彼女をまるで本当の姉のように慕ったこともあった。大好きな俺の従姉妹であった人は、一筋の涙を流しながらそっと俺の頬に唇を落とした。

 

「リゲル、私の大事な可愛い弟。どうか……どうか、あなたが笑顔でありますように。あなたの幸福を心から祈ってるわ」

 

 

***

 

知らせを聞いて険しい顔をする両親に俺がやります、と名乗りを上げると二人は揃って顔を曇らせた。

 

「リゲル……」

「まだ貴方のやるべき事ではないのですよ」

「いいえ母上、この家にとって必要な事ですので。俺にやらせてください」

 

父上は言葉を探すように言い淀み、母上はそっと気遣わし気に俺の肩へと手を添える。杖を握り直して俺が微笑んで見せると、母上は微かに眉を潜めたまま軽く俺の頭を抱きしめて離した。

 

「……リゲル、お前も分かっているだろうが、シリウスやレギュラスにはきっとまだ――」

「大丈夫ですよ、分かっています。父上」

 

いつものゆっくりとした喋り方ながらも緊張の滲む声色に俺は首を振った。今から俺が行う事はきっとシリウスには責められる。レギュラスを傷つけてしまう。それでも、これはやらねばならないのだと分かっていた。

 

だって、俺はこの家の後継となるのだから。

 

 

「兄貴、いやだ!! やめろよ、やめてくれ! 俺はいやだ!!」

「いいか、二度は言わない。さっさとその手を離せ」

 

2階奥の廊下から聞こえて来るシリウスの悲壮な懇願は屋敷中に響き渡り、玄関先に飾っている花々まで震わせた。

長兄の腰へとしがみつき、全体重を掛けて足を踏ん張りながらシリウスは声の限りわめいた。リゲルは冷たい声で応じながら弟の手を振り解き、家系図が描かれたタペストリーに向かって淡々と足を進める。

 

レギュラスはそんな兄たちの姿をただ真っ青な顔で茫然と眺め、クリーチャーにしがみつきながら廊下の隅で震えることしか出来なかった。クリーチャーはおろおろしながらそんなレギュラスの腕を擦っていた。

何度兄に腕を解かれてもシリウスはあきらめない。遂には追い縋るように兄のローブを掴み、それでも邪険に振り払われると長男の広い背中を両の拳で何度も叩いた。その顔は今にも泣きそうなほどに歪んでいる。

 

「やめてよ! やめてくれってば!! なあ兄ちゃん!! なんでドロメダの名前を焼くんだよ!? 俺達の従姉妹だろ?! 兄ちゃんもずっと仲良くしてたじゃないか!!」

 

アンドロメダがテッド・トンクスというマグル出身の魔法使いと駆け落ちしたのは彼女が卒業してすぐのこと。四年生を終えたリゲルが夏休みを迎えた直後のことであった。その知らせは光よりも早く親戚中に伝わり、ベラトリックスは激昂してナルシッサは泣き崩れた。

 

もちろんシリウスとレギュラスも動揺した。アンドロメダは彼らにも姉の様に優しく接してくれていたからだ。特にシリウスはベラトリックスの意地悪から庇ってくれたアンドロメダのことが大好きで、親戚の中では一番懐いていた。レギュラスも彼女の優しい笑顔が好きだった。

だけど、たとえ従姉妹だろうとマグルと駆け落ちしたならば最早ブラック家に名を連ねておくことは出来ない。

知らせを聞いて顔を歪める両親とは対照的に、何の感情も浮かんでいない瞳と落ち着き払った声で長男はそう告げた。

 

「兄貴も、父さん達もどうして……! ただマグル生まれと結婚しただけなんだろ!?」

「マグル生まれと結婚したからだ!!」

 

長男の一喝にビクッとシリウスの肩が震えた。いつも陽気で優しい兄が初めて声を荒げた姿にレギュラスの心臓も凍り付いた。ひゅっ、と自分自身の喉から間の抜けた空気が漏れる音がする。

 

レギュラスにとって七つも年の離れた長男は第二の父の様な存在だ。もう一人の兄であるシリウスも、ここ二、三年はリゲルに反抗的な態度をとっていたがそれと同じだけよく引っ付いていた。

両親からの信頼も厚く正にブラック家に相応しいと、非の打ち所がない素晴らしい後継だと親戚中が口を揃えてリゲルを褒めそやすのが誇らしかった。

 

父の様に何でも出来て優秀で、弟の目から見ても誰より抜きんでて格好良い大好きな兄。

いつも遊んでくれて自分達を笑って抱き締め、甘えれば思う存分髪を撫でてくれた自慢の兄。

兄はシリウスと並んで、レギュラスにとって世界一の存在だった。

 

その兄がこんなにも怒りを露わにしている。憤っている。アンドロメダに対してだろうか。シリウスに対してだろうか。

身をすくませたシリウスを振り払った兄は苛烈な目をしながらタペストリーへと杖を向け、インセンディオの呪文を唱える。

真新しい焼け痕が焦げ付いたタペストリーを背に、全身から沸々とした怒りをほとばしらせながら、氷のような目で長男はシリウスを見下ろした。

 

「俺達という純血の一族にマグルの雑多な血を迎えるわけにはいかない。その家のやつらに俺達の名誉が汚されたらどうする」

 

――高貴なる由緒正しきブラック家。

――“純血よ、永遠なれ”。

 

リゲルの振った杖先がタペストリーに掲げられているブラック家の家訓を浮き上がらせた。床に尻餅をついたままのシリウスは淡々とした口調で言葉を紡ぐ兄を茫然と見上げていたが、不意に眉間に皺を寄せると声を張り上げる。

 

「……っ、なにが純血だよ! なにが名誉だ!? それは親戚を消してまで守りたいものか! 俺達の血がそんなに偉いのかよ!?」

「あぁそうだ、“俺達”が守るべきものだから言っているんだ!!」

 

彫刻のように整った顔を怒りで歪めながら兄はシリウスに負けないくらいの声量で吠えた。術者の激情を反映して、杖先からバチバチッと赤い火花が弾け飛ぶ。その剣幕にシリウスは僅かに怯んだように息を呑む。

 

「いいか、シリウス!! 俺達は“ブラック家”なんだ」

 

たとえお前がどれだけ礼儀作法が嫌いでも、格式ばったパーティーが嫌でもお前がお前である限りこの名はついて回る。たとえお前自身がそう望まなくても、人はお前を“ブラック”だとみるんだ。

莫大な富と名声を手にした家。望めば魔法界を牛耳ることもできる家。

それが俺達の家だ。それがこの名の重みだ。

 

「立場には責任が伴う! 名を背負うには覚悟がいるんだ!」

 

マグルと婚姻するということは、このイギリスの純血達の中では異端中の異端だ。しかも特に、今の世の中では。

貴族社会で異端になるということは、多数から格好の的となり爪弾きにされ、付けこまれるという事だ。血族関係になったマグルのことなんて、彼らにとっては良いカモだ。

 

「俺達と違う価値観や常識で生きてきただろう彼らが、今の風潮の世の中で、俺達たちの中で、対等に渡り合えると思うか!? 答えは否だ!! 俺達がマグルの生活も常識も知らないように、きっと彼らも心から俺達を理解することなんてできない!!」

 

声を張り上げる兄が、一段ときつく杖を握りこむのが見えた。

 

「だから俺達一族は、マグルが血縁となるのを認めるわけにはいかない! 周りからもそれ相応とみられる相手が求められるんだ!!」

 

まだ8歳になったばかりのレギュラスには長兄の言っている事は難しくて、半分ほどしか分からなかった。しかし元々聡明なシリウスには言わんとすることが伝わったのだろう。

目を見張り血の気が失せた唇を震わせ、薄っすらと目に涙すら浮かべながら彼は兄へと声を荒げた。

 

「……っ、ふざけてる……そんなの、ぜったいにふざけてる!! 理解できない、って。兄貴は……兄貴はマグルと喋ったことすら無いくせに!! やってもない事を決めつけて、ただ家のルールだからって理由で従姉妹を消すあんたのことも、腐ったルールを守ってるこんな家も大嫌いだ!!」

「っ、兄さんっ!!」

 

兄へと吐き捨ててからシリウスは乱暴に顔を拭って駆け出す。レギュラスの呼び止めに返事もせずに階段を上って姿を消した。騒々しい扉の開閉音が遠くで聞こえたかと思うと廊下には沈黙が降りる。

 

 

 

「…………マグルと結婚しただけ、か。本当にな。お前の言う通りだよ、シリウス」

 

深々としたため息と共に乾いた笑い声が聞こえた。ずるずるとタペストリーにもたれ掛かりながら床へしゃがみ込んだ兄は、うなだれながら片手でぐしゃりと前髪を掴む。

低く呻きながら伏せられたその顔には、誰よりも深い苦悩や葛藤が刻まれているように見えてレギュラスはたまらず傍へとしゃがんでそっと囁いた。

 

「兄様」

「レギュラス。さっきは、怖がらせてごめんな」

 

兄の微笑は弱弱しいながらもいつもの見慣れた優しい笑い方であった。しかし、何故かレギュラスには、大好きな兄が笑っているのに泣いている様に見えた。

謝罪と共に頭を撫でる手に黙って首を横に振る。兄はふっと笑ってレギュラスを抱きしめた。

 

ホグワーツに行ってからの兄は少しだけ変わった。父と一緒に出掛ける回数が増え、そして時々少し難しい顔で黙って考え込むことが増えた。レギュラスやシリウスを見つめる時、今の様に何だか遠くを見るような目をすることがある。

兄が何を見ているのかがレギュラスには分からなかった。それが少しだけ寂しくて、悲しい。

顔を上げて兄の美しい瞳をじっと見つめた。リゲルの目は自分やシリウスとは違って深い青色をしている。

お前たちの目は夜の星みたいに輝くんだな、とリゲルはよく褒めてくれるけれどレギュラスは長男の静かな海底のような色が大好きだった。どんな風が地上で吹き荒れていても落ち着いている深海の色。

 

「兄様は……シリウス兄さんのこと嫌いになっちゃったんですか?」

 

その言葉に兄は一瞬顔を歪めた。先ほどよりも力を込めてレギュラスを抱き寄せると小さな肩口へと顎を乗せ、弟の丸い頭を抱え込みながら声を震わせる。

 

「違うよ、レジー。お前の事も、シリウスのことも何があろうとぜったいに嫌いになんてならない。俺はいつだってお前たちを愛してる。……お前らは大切な宝物なんだ。これから先何があっても、それだけは忘れないでくれ」

 

 




次回 第十二話 覆水
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