教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

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11話 力

 シードが目を覚ました時、そこは見知らぬ部屋だった。

 硬いベッドに横たわる自分を認識するまで、思考はぼんやりと霞んでいた。

 

 頭の奥にこびりついた鈍い痛み、倦怠感、そして不快な眩暈が、まだ身体を支配していた。

 精神を掻き乱された余韻が残っているのか。目を閉じたまま深く息をつくが、重い頭痛がそれを許さない。

 

 意識がない間、どれだけ時間が経過したのか――。

 彼はゆっくりと身体を起こした。不自然に衣服が乱れているが、何かを奪われたような形跡はない。

 

 周囲を見回してみると、窓はなく、薄暗い部屋の中にある唯一の光源は、出口と思しき扉の隙間から差し込むわずかな灯りだけだ。

 

 ――その時だった。

 

 シードは、ベッドの上に自分以外の「気配」があることに気づいた。

 反射的に飛び退く彼の耳に、低く囁くような声が響いた。

 

「目が覚めたの?」

 

 ――ファレムだ。

 

 暗闇の中から女の声が届き、薄明かりの中でシルエットがゆっくりと動く。

 徐々に目が慣れてくるにつれ、彼女の妖艶な姿が浮かび上がっていく。

 

 長い薄桃色の髪が肩から背へと流れ、その身体は一糸纏わぬ裸身。

 

 シードは瞬間的に後ずさった。だが、ファレムはその反応すら楽しむかのように、笑みを浮かべながら身体を起こした。

 

「もう一度、抱いてくれる?」

 

 甘美な響きを持つその言葉には魔力が込められていた。

 シードの心に静かに侵入し、精神を再び支配しようとする。

 

 一瞬、鼓動が乱れる。だが、彼の銀の瞳が冷たい光を宿した。

 

「……来たりて彼の者を割き穿て。雷獣の咬傷――」

 

 低く呪文を紡ぐ声が部屋に響いた瞬間、空間に蒼い閃光が奔る。

 

 雷鳴が鼓膜を振るわせ、部屋を青白い光が満たす中、稲妻は二本の鋭い刃となり、ファレムの身体に十字を刻んだ。

 

「っ……!」

 

 彼女の胸に焼けたような痕が浮かび、焦げた肉の匂いが充満する。

 ファレムは傷口を押さえながらベッドに沈み込んだが、紫色の目はなおも狂気に似た光を宿していた。

 

「……現代語魔術の最上位……雷獣の咬傷……ふふっ、あなたほどの若さで……素晴らしいわ……」

 

 息絶える直前まで、彼女は何かに感嘆するような声を漏らした。

 その言葉を最後に、ファレムは動かなくなった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 強大な魔術の余韻が頭に響き、思わず床に手をつく。

 

 シードは胸を押さえ、荒い呼吸を整えながらゆっくりと立ち上がった。

 頭痛と眩暈は未だ収まらないが、ファレムの身元を確かめるため、彼は魔法で小さな光を灯し、薄暗い部屋を調べ始めた。

 

 

   * * *

 

 

「アヴェルスの紋章は見つからない。ただの不信心者か……?」

 

 床に散らばるファレムの持ち物を漁る中で、彼の指先が何か固いものに触れた。

 取り上げてみると、それは血の滲む革で装飾された一冊の魔術書だった。

 

「これは……」

 

 興味を引かれるままページをめくる彼の手が、一瞬止まる。

 その書には禁呪――死霊術についての詳細が記されていた。

 

 ロスリエス教国において、死霊術は異教徒の象徴であり、厳しく禁じられた魔術である。

 本来ならば、即座に焼き払うべきものだ。

 

 だが、シードはその判断に迷いを覚えた。

 魔術書に記された知識の片鱗が、彼の探究心を刺激してやまなかった。

 

「……これが力の一端だというのか」

 

 彼の銀の瞳が昏く輝く。

 

 今回の戦いで彼が迷ったのは、感情の揺らぎが原因だった。

 だが、そんな迷いを捨て、ただ力を求めることこそが正しいのではないか――そう思わずにはいられなかった。

 

 彼は魔術書を懐に収め、ベッドに横たわる女の死体を冷たい目で見下ろす。

 

「そうだ……何を迷う必要がある。僕が手にすべきは力。これが僕の生き方だ」

 

 呟く声はまるで虚無に吸い込まれていくようだった。

 

 女の死体に背を向け、シードは部屋の扉に向かって歩き出した。

 足元に広がる影が、彼の後ろ姿をより一層暗く塗りつぶす。

 

 魔術書を抱えた手には、薄い震えが伝わっている。

 それが不安か、興奮か、自分でもわからない。

 

 ただ一つ確かなのは、力を追い求める道に足を踏み入れた瞬間――その一歩が後戻りのできない選択だったということだった。

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