教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

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16話 禁呪

 月のない夜、処刑場は深い闇に包まれていた。

 

 冷たい湿気を孕む風が重苦しい空気を運び、どこか錆びた鉄のような臭いが鼻を刺す。

 死の気配が支配する中、シードは一人佇んでいた。

 

 黒い法衣を纏った彼の指先には、魔法の灯りが僅かに揺らめいている。

 光は絞首台を浮かび上がらせ、その場に刻まれた無数の「死」の記憶を映し出しているようだった。

 

 シードは静かに目を閉じると、低く呪文を紡ぎ始めた。

 

(くし)(あまね)く宿怨の魂魄よ。死霊の慟哭を(もっ)て此に跪け――」

 

 呪文の声に呼応するように、処刑場の空気がざわめく。

 

 風の精霊たちはその場から消え去り、生暖かい風が闇を裂いて彼の法衣をはためかせる。

 それと同時に、死者たちの気配がじわじわと集まり始めた。

 

 白く淡い光を放つ霊たちが、実体を持たぬ身体を揺らめかせ、呻き声のような叫びをあげる。

 彼の周囲に集まった亡霊たちは、ひしめきながらも支配者に跪いた。

 

 ――その中でひときわ強い霊気を放つ魂が一つあった。

 

「……アダン」

 

 シードはその名を口にする。

 従者であり、共に戦場を駆けた仲間。そして、罪を犯し処刑された亡者の一人。

 

 その名に応じるように、魂は一際大きな亡霊の姿を形取った。

 彼の白い姿が震えるたび、空気が重く歪むようだった。

 

「げ……い……か……」

 

 魂の声は低く冷たい威圧を帯び、シードの耳に直接響くように届く。

 彼はその声に眉一つ動かさない。ただ、銀の瞳を細め、相手の意思を探ろうとしていた。

 

「どう……して……」

 

 その亡霊――アダンの声には、微かな抵抗の意思が込められていた。

 彼はかつて忠誠を誓った主に跪くことを、今は拒んでいるようだった。

 

「抵抗するのか」

 

 シードの声には感情の欠片すらなかった。

 もはや彼にとって死者は、ただ力として従わせる存在に過ぎない。

 

 亡霊の拒絶の意志を感じ取りながらも、彼はためらうことなく魔力を解き放つ。

 銀色の瞳が冷酷な光を放ち、魂を拘束する呪縛の魔術が実体なき亡霊を絡め取った。

 

 アダンの霊体は、もがきながらも逃れる術はなかった。

 

「ばか……や……ろう……」

 

 それが、彼の最後の言葉だった。

 

 呻きにも似たその声が闇に溶けると同時に、魂はシードの掌に吸い込まれた。

 彼の背後には、無数の亡霊たちが陽炎のように揺らめいている。

 

 冷たい銀の瞳がそれらを見下ろす。

 そこにはもはや、一欠片の感情も宿っていなかった。

 

 死者さえも道具とし、ただ力を追い求める――それが今の彼の在り方だった。

 

 

   * * *

 

 

 シードは処刑場から戻り、自室の机に座っていた。

 その手には、ファレムから奪い取った血で装飾された不気味な魔術書が握られている。

 

 彼はしばらくそれを見つめると、ふと笑みを漏らす。

 

「これはもう必要ない……」

 

 彼は指先に小さな炎を灯し、その魔術書を躊躇なく焼き始めた。

 知識を貪り尽くしたその本は、もはや紙切れに過ぎない。

 

 紙の焦げる匂いが部屋を満たし、文字が黒い煙となって消えていく。

 

 魔術書が灰になるのを見届けると、彼は窓辺で月のない夜空を見上げた。

 その銀色の瞳には、冷酷な光と、どこまでも果てのない昏い欲望が渦巻いていた。

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