教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

17 / 35
17話 剣

 その日を境に、シードとイリューフェの間に横たわる溝は、次第に埋めようのない深さへと広がっていった。

 かつて親しげに交わしていた言葉は影を潜め、今では任務に関する事務的な言葉だけが行き交う冷たい関係へと変わり果てていた。

 

 その冷たさに耐えきれず、イリューフェは彼の背を追いかけることすらできず、ただ黙々と命令に従うほか選択肢を持たない自分に打ちひしがれていた。

 

 涙を隠して送り続ける無力な日々。

 

 シードの心に触れることは、もはや叶わない。

 そして、彼の内に渦巻く禁忌の力を目の当たりにするたびに、イリューフェの胸は締め付けられるような痛みに襲われていた。

 

 

   * * *

 

 

「異教徒の制圧任務において、お前が死霊術を用いたとの報告を受けた。それは真実か?」

 

 荘厳な玉座の前、シードは教皇レグナの喚問を受けていた。

 

 威圧感を放つ金の瞳が彼を鋭く見据えている。その場に立ち込める空気は重い。

 シードは顔を上げず、跪いたまま冷静な口調で答える。

 

「間違いありません」

 

 彼の声音にためらいはなかった。

 そしてその態度には、一切の後悔も隠蔽の意図も感じられない。

 

「禁忌と知らぬわけではあるまい?」

 

 教皇が再び問いかけるが、その声音の奥に興味深げな色が滲む。

 普通であれば、こうした告白は即座に粛清を意味するものだが――

 

「承知しています。いかなる処分も受ける所存です」

 

 シードの声は平坦で、まるで罰への恐れすらない。

 ただあるのは、自らの行動への、揺るぎない決意と確信。

 

 沈黙が二人の間を漂う。シードは跪いたまま答えを待っていた。

 重々しい緊張感に包まれる中、教皇は不気味に口角を上げる。

 

 不意に、高らかな笑いが静寂を破った。

 

「はっはっは……愚直なまでに正直だな。面白い」

 

 レグナは玉座から立ち上がり、その手を広げながら仰々しく宣言する。

 

「臆することなく禁忌に手を染め、それをもって教国のために戦う。お前はまさに最高の『剣』だ!」

 

 金の瞳は狂気を帯びて爛々と輝き、高らかな声が空間に響き渡る。

 

「この地を守り、神の御名のもとに繁栄を築くためには、時に血を流すことが必要だ。『死は再生の礎となる』……ロスリエスの教えに従い、不信心者どもを浄化するのだ! お前の力を、私のために振るうがいい!」

 

 熱を帯びた教皇の演説が静寂を切り裂き、荘厳な間に濃密な空気が充満していく。

 シードはその狂気を孕んだ言葉を受けても微動だにせず、ただ一言だけ答えた。

 

「仰せのままに」

 

 彼の言葉に感情はなかった。ただ命令を受け入れる機械のようだった。

 

 

   * * *

 

 

 教皇の間を後にしたシードを待っていたのは、イリューフェだった。

 廊下の薄暗がりの中彼女はその場に立ち尽くし、決意とも焦燥とも取れる色を浮かべている。

 

「猊下。話がある。わしの部屋まで来るんじゃ」

 

「……話?」

 

 シードは眉をひそめたが、彼女は言葉を重ねることなく彼の手を引いた。

 振り払うこともできるはずの手をそのままに、彼は半ば引きずられるようにして彼女の部屋へと消えていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。