宮殿内にひっそりと佇むイリューフェの部屋は、修道女らしい質素さと清潔感に満ちていた。
装飾のない木製の家具や、シンプルなラグ、布で覆われた小さなベッドが並ぶ空間には、彼女の人柄を映し出すような温かみが感じられる。
しかし、そこに差し込む薄い月明かりは冷たく、二人の間に横たわる深い溝をさらに際立たせていた。
イリューフェは扉を静かに閉めると、部屋の中央で足を止め、振り返った。
彼女の青い瞳がシードを正面から捉える。
「シード殿。おぬしは……もう戻れぬところまで来てしもうたんか?」
抑えきれない怒りと悲しみが込められた声で問いかける。
彼女の視線は微かな涙で潤みながら、彼の虚ろな銀の瞳をまっすぐに見据えていた。
「戻れぬ、とは?」
シードは冷たく問い返した。
その声には感情の欠片も見られず、昏い銀の瞳は虚無そのものを映し出しているかのようだった。
「……おぬしの手は、既に血と闇に染まりきっておる。それでもわしは信じておるんじゃ……」
イリューフェの声が震える。
「おぬしは、こんな冷たい化け物になりたかったわけではないと……!」
その言葉に、シードは無言で応じた。
彼の銀の瞳には何の感情も宿らない。しかし、その奥で何かが僅かに揺らめいたように見えた。
「わしらはいつだって、おぬしの隣におる。死んだアダンも、わしも……おぬしの力になりたいだけじゃ。それなのに、おぬしはどんどん遠くに行ってしまう……」
彼女の声が途切れる。
小さな肩が震え、堪えきれない想いがその言葉の裏に潜む。
そしてイリューフェは、震える手で彼の手を掴んだ。
小さな手の温もりが、シードの冷たい指先に伝わる。
「シード殿……感情を殺してでも守りたいものがあるなら、それをわしにも教えてくれ……!」
彼女の声は、涙を隠しきれないまま訴えかけるようだった。
シードはその手の震えと温もりを感じながら、ふと目を伏せた。
「……感情に流されれば、それは剣としての役目を果たせなくなる。僕に必要なのは、迷いなく振るえる『力』だけだ」
――冷たく、硬い答え。
彼の声に色濃く表れる、拒絶の壁。
イリューフェの顔に、一瞬痛みの色が走った。
彼女は唇を強く噛み、目を伏せた。
彼の冷たさに傷つきながらも、それでも彼を諦めきれない自分に苛立っているかのようだった。
握りしめていた手から力が抜け、彼女はそっとシードの手を放す。
「……そうか。それが……おぬしの答えか……」
その呟きは、悲しみの重みを帯びて闇に溶けていく。
イリューフェの小さな声が部屋の静寂に消えると、シードは無言で背を向けた。
温もりの感触がまだ残る指先を閉じたまま、彼は扉を開ける。
薄い月光が差し込む廊下へと一歩踏み出した彼の影は、どこまでも細長く伸び、冷たい石畳に吸い込まれていった。