ラナスの中央大陸北部、水源豊かな広大な土地に広がるロスリエス教国。
この大国は「死と再生」を司る神、ロスリエスを崇拝する民と共に繁栄を築いていた。
教国を治めるのは教皇レグナ・アンブロゼ・クロウディート。その教えは至極単純でありながらも深遠であった――「死は再生の礎となる」。
その言葉の通り、民は死を恐れるのではなく、それを糧として新たな命が生まれる循環の中に希望を見出していた。
ロスリエス――昆虫のような薄羽を二対持ち、黒いトカゲの姿をした小さな神。
その名を冠するこの神は、ラナスの守護者である女神ラナスオルのような神威を持つ絶対的存在ではなく、彼女の被造物に過ぎなかった。
しかし、精霊を統べる王として人々を導き、時に庇護する存在でもあった。
* * *
教国の安定は二つの大きな組織によって支えられていた。
教皇直属の司法機関「大司教団」と、教皇の右腕として戦場を駆ける少数精鋭の戦闘部隊「枢機卿団」。
その枢機卿団を率いるのが若き指導者、シードであった。
類稀な魔術の才を持って生まれた彼は、教皇レグナの息子でありながら、父親との間に「親」と「子」のような温かい関係は存在しなかった。
彼の幼少期に繰り返されたのは、「感情を殺し理性を優先せよ」という教え。
「余計な感情は国を弱体化させる」「力だけが全てを制する」。
その冷たい信条を父から叩き込まれたシードは、それを受け入れた。元より感情が希薄だった彼は、何の疑問も抱くことなく、ただ機械的に従った。
彼にとっての父は絶対的な指揮官、己の役割は命令を遂行する歯車――それ以上でも以下でもなかった。
* * *
黄金の装飾が施された荘厳な玉座に、ロスリエス教国の教皇が静かに座している。
黒髪は純白のミトラから肩へと流れ、冷たい金色の瞳が広間を睥睨していた。
教皇レグナ――教国にその名を知らぬ者はいない。
白と黒を基調とした
彼が発する一言一言が、教国全体を動かす原動力であった。
「シード、戻ったか。責務は果たせたか?」
厳格な声が玉座から響いた。
「……はい、教皇聖下」
シードは黒の法衣に身を包み、広間の中心で跪く。
「教国領内に巣食う水竜一匹の確認及び討伐を完了しました。死体は――」
「……そうか。もうよい。下がれ」
シードの報告を遮るように、教皇は手を軽く振った。
「……ですが、父上」
シードが口を開きかけると、冷たい金色の瞳が彼を鋭く射抜いた。
「お前はただ私の命令に従えば良い。余計な詮索は無用だ」
短く冷徹な一言に、シードは押し黙るしかなかった。
静かに頭を下げ、広間を後にする。
* * *
「……あの水竜は本来この地に生息するものではないはずだ」
自室へ戻ったシードは、窓辺に立ち外の街並みを眺める。空は夕刻を告げる陽光に染まり、まもなく夜の帳が下りようとしていた。
どこか違和感を覚える討伐任務――その理由を考えながら、小さくため息を漏らした。
水竜の存在、そしてその討伐を命じた父の意図がどうにも腑に落ちない。
その疑念を胸に抱えながらも、彼は理性でそれを押し込めるしかなかった。
「猊下? 入るぞえ」
軽いノックの音と共に、金髪の少女が扉から顔を覗かせた。
波のかかった髪が揺れ、青い瞳が彼をじっと見つめていた。